「「青が好きなんじゃなかったの!?」」
「私は、当たり前のことを当たり前にできる人を尊敬しています。それに、当たり前だからって感謝しなくてもいいとは思っていないんです。だから、必要ないと言われようと貴方に感謝し続けますし、私にできることは貴方にして差し上げたいと思っています」
「······そうか」
リーンハルト様はまだ納得しきれていない様子だったが、私の気持ちを汲んでくださったのかそれ以上は何も言わなかった。
そして、話をしていて今更ながら気が付いたが、私とリーンハルト様には毒親持ちという共通点があるのか。······なんか嫌だな。別の話題を振ろう。
「他に好きなものはありますか?」
「······特に、思い浮かばない。基本的に僕はお前以外に興味がない」
「~~そうですか!!」
不意打ちはやめろと言ったのに······!!
「あ!でも好きな色はありますよね!ほら、青色がお好きでしょう?」
「は?」
「え?」
「······青色が好きなのは、お前だろう······?」
「いえ、別に。そこまででは······そんな顔しないでください!!」
私の言葉でサッとリーンハルト様の顔が青ざめる。元々肌白い方ではあったけど、それが更に白くなった。
その顔を見て、私はテスト終了五分前にマークシートの解答を一つずつずらしていたという失態に気が付いたときのことを思い出した。あのときの私もこんな風に血の気が引いたものだ。
「そんなまさか······いや、そうだな。確かに思い返してみれば、お前がはっきりと青色が好きだと口にしたことは一度もない······そうだった······すまない、僕はお前の好きな色も把握できない夫で······夫失格だ······」
「いえいえ!!そんなことは!!それを言うなら、私だって誤解していましたし!!」
ずーん、と項垂れるリーンハルト様を慌てて慰める。どうして彼がそんな勘違いをしたのかは分からないが、別にそこまで自分を追い詰める程のことではないと思う。
「······僕の思い込みで好みでない装飾品やドレスを贈られて困っただろう······お前は人の厚意を無下にできる人ではないから」
「いや、そんなことはありません!!なんか青系のものが多いなあとは思ってたんですけど、困ったことはありません!!どれも素敵過ぎるものばかりでした!!ほら、このドレスも耳飾りも素敵です!!凄く気に入ってます!!」
今日の私の装いは、小さいが上品にカットされたサファイアの耳飾りと、ふんだんにレースがあしらわれたコバルトブルーのドレスだ。
私はファッションセンスなんてものは持ち合わせていないし、特にこだわりもないので、基本的に侍女たちから薦められたものかリーンハルト様が選んでくださったものを着ている。
青系のドレスや耳飾りが多いことは気が付いていたが、リーンハルト様の好みなんだろうとこちらも勝手に思い込んでいた。
庭園にも青い花が沢山植えられていたし、私の部屋の調度品にも意匠に青が用いられているものが多い。
あれは、元々の屋敷の仕様ではなくて、リーンハルト様が私を迎えるにあたって用意したものだったのか。私を、喜ばせるために。
胸の奥にじんわりと熱が広がる。私はリーンハルト様を直視できなくなって、彼から視線を逸らした。
その熱を心地よく思ってしまっていることをリーンハルト様に気が付かれたくないと思った。何となく、気恥ずかしかったのだ。
「ですからそんなに落ち込まないでください。私にはこの色が一番似合うと思います。リーンハルト様のおかげで気が付くことができました。自分みたいな美人でもない男女に似合うドレスがあるなんて、結婚するまで知りませんでしたし」
「······ペトラ」
いつもより低い声だ。
そう思った瞬間、私はリーンハルト様の淡い緑色の瞳に捕らえられた。
「!?」
「よく聞け、ペトラ」
気が付くと、私はおとがいをリーンハルト様に掴まれて、視線を強制的にリーンハルト様の方に向けさせられていた。
びゃ~~~!!!!
こ、これはあれですか!?アゴクイってやつですか!?実在したのか!?てっきり少女漫画にしか存在しないものかと思っていたのに!!もしかして出発前のあれの仕返しですか!?すいませんすいません許してください調子乗りました。あ、リーンハルト様睫毛長い。
心の中が一気に騒がしくなる。ボンっと顔が沸騰したかのように赤くなったのが自分でも分かった。
「僕は、お前以上に美しい女性を知らない」
「~~~!!」
喉の奥から声にならない悲鳴が飛び出てくる。
この人は、本っ当に·········!!
「だから、自分を卑下するような言い方はするな」
「ひ、卑下すると言いますか、客観的な事実と言いますか······」
並みの男と同じぐらい高い身長に、この国では珍しい黒髪。それでいて、瞳の色はありきたりな茶色で、特に印象的でもない平均的な顔立ち。
この国では、容姿に加え、髪や目の色が淡いことも美しいことの条件とされる。女性であれば、更に華奢で可憐であることも条件として加えられる。
つまり、私はこの国では美人の条件にはどうしたって当てはまらない。醜女とまでは言われずとも、決して美人とは言えないのだ。
「······別に自身の容姿について劣等感を抱いているとかではないのですが、一般的に好まれるものでもないと理解していますので······」
前世の記憶がなければ、もっと真剣に容姿について悩んだだろうが、前世を思い出した今となってはそこまで気にしていない。背が高いのも、髪が黒いのも、私にはどうすることもできないし、前世の感覚がある分、身長や髪の色を重要だとも思えない。
まあ、人の好みはそれぞれだし、美醜の基準も時代や文化によって変わるから、この国の美醜基準を否定することもできないけど。
「ペトラ」
「~~!!」
私の解答がお気に召さなかったのだろう。不機嫌な様子を隠そうともしないリーンハルト様の顔が更に近づく。互いの鼻がくっつかんばかりの勢いだ。
「僕が、お前以上に美しい女性はいないと言っているんだ」
······眉間に皺を寄せた顔も綺麗ですね、リーンハルト様。圧倒的な"美"の暴力に、もう私は息もできません。
「二度と自分を卑下するな。それは、お前を腐らせる。分かったな?」
こくこくと首を振ってようやく解放される。彼の顔が私から離れたことで、ぷはあ、と大きく息を吐き出すことができた。
ああ、もう、本当に、どうかしてる。
自分が、こんなに人に翻弄されるなんておかしい。
自分が自分でなくなってしまうような感覚が、落ち着かなくて、恐ろしくて、どうしようもなく、愛おしかった。