幸せな二人
朝、何となく目が覚めてしまった私は、甲板に出て、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、白い息を吐き出した。
手すりに寄りかかり、地平線を眺める。陸地はまだ見えてこない。昨日聖国を後にしたばかりなのに、聖国での出来事が随分昔のことのように思えた。
「ペトラ!」
「!」
振り返ると、リーンハルトが焦った表情を浮かべてこちらに駆け寄るのが見えた。朝起きたら私がいなかったので驚かせてしまったのだろう。
「探したぞ!」
「すみません、勝手に出てきてしまって。不安にさせてしまいましたね」
「いや、そういう訳じゃ、いや、そうなんだが、謝る必要はなくて」
しどろもどろになるリーンハルトを見ていると、何だか愛おしさが込み上げてきた。
「ふふ、あ、すみません。笑ってしまって」
「······別にいい」
リーンハルトは少し気恥ずかしそうに顔を背ける。
「······自分でも、みっともないとは分かってる」
「みっともないなんて思ってないですよ。ただ······愛されてるなあって、思っただけです」
リーンハルトは「当然だ」と言って、私の隣に立ち、私の手に指を絡ませた。
「手が冷たい」
「元からですよ。末端冷え症なんです」
「······お前は、心が温かいからな」
「迷信ですよ、それ」
「そうなのか?現にお前は優しくて、手が冷たいが」
「何の根拠にもならないでしょう、それは。それに、その理屈だと、リーンハルトが心が冷たい人になってしまいますよ」
「事実だろう」
「違います。私は貴方以上に愛情深い人を知りませんよ」
「それは僕の台詞だ」
そう言うなり、リーンハルトは私を腕の中に閉じ込める。さらさらした柔らかい髪が私の頬をくすぐった。
「······自分に都合の良い夢を見てるみたいだ。お前が、こうして、僕の腕の中にいるなんて」
「リーンハルト」
「僕を、受け入れてくれるなんて······」
私は両腕を回し、彼の髪をすきながら「夢じゃないですよ」と囁いた。
彼を長く苦しめていた孤独や絶望は、そう簡単には消えない。でも、彼が私を救ってくれたように、私が心を尽くせば、彼の心の傷もいつかは癒える日が来ると思う。
「リーンハルト、ちょっと」
私がリーンハルトの背を軽く叩くと、彼は腕の力を緩めた。
「?どうした?ペト――」
ちゅ。
私は背伸びをして彼の唇に自分の唇を押し付けた。
ペリドット色の瞳が大きく見開かれる。
「······」
「······」
············わあああぁぁ!!!!思った以上に恥ずかしいなこれ!!!!うわあぁぁ!!!!
私はばっと背を翻して逃げようとしたが、ガシッとリーンハルトに手を捕まれてしまったため逃げられなかった。
「······ペトラ」
「すみません!!すみません!!何か、えぇっと、その!!何かやりたくなっちゃって!!勢いでえいって!!すみません!!」
「·····ふは」
ぐいっと手を引っ張られて、身体をリーンハルトの方に向けさせられる。私は彼を直視することができず、真っ赤になった顔を必死にそむけていた。
「ペトラ、こっちを向け」
「~~っ」
「ペトラ」
ブンブンと首を横に振った私の頬に、温かくて大きな手が添えられる。
「動かないでくれ」
「~~!!~~!!!!」
ぎゅっと目をつぶる。そして、それとほぼ同時に唇に柔らかい感触がした。
ふに。ふに。ちゅ。
何度か唇に触れるだけのキスを繰り返して私は解放された。同時に、無意識に止めてた息を吐き出す。
「······ぷはあ」
「ははっ」
「笑わないで下さい!!」
こっちは必死なんだから!!仕方ないだろ!!喪女なんだよ!!
「こんなに僕を夢中にさせて、お前は何がしたいんだ?」
「別に何も。一生貴方の隣にいられれば、それで」
「······ああ。勿論だ、ペトラ」
リーンハルトの大きな手が私の両手を包み込む。そして、真剣な眼差しで私を射貫いた。
「僕は一生お前の側にいる。お前だけを愛すると誓う。······お前を、今度こそ幸せにすると誓う」
その言葉を聞いて、私の胸に熱が帯びる。こんなにも真っ直ぐに自分を想ってくれる人がいる。私に『側にいてくれ』と望む人がいる。きっとこの世界に、これ以上の幸せはないと思った。
「私も、一生貴方の側にいて、貴方を愛して、貴方を幸せにします」
ああ、やっと言えた。
その日、新婚旅行から帰ってきた公爵夫妻を出迎えた使用人たちは、二人の左手の薬指にお揃いの金の指輪がはめられていることに気が付いた。
そして、彼らは一生、その指輪を外すことはなかったという。
完結しました。
長らく放置していてすみません。
初投稿で色々グダグダしてしまいましたが、これにて完結です。書ききれなかった所は後で番外編として書こうと思います。
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ここまで私の拙作に付き合って下さり、ありがとうございました。




