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人違いではないですか?

「リーンハルト様」

 結婚してから七度目の晩餐会で、私は意を決して口を開いた。

 今までは愛を囁かれる度に頭がパンクしてしまっていたが、流石に一週間も過ごしていれば慣れる。このまま流されている訳には往かないのだ。


「ペトラ、前にも言ったが、僕に『様』なんてつける必要はない。僕らは夫婦なんだから」

「前にも言いましたが、夫婦だからこそ敬うのですよ、リーンハルト様。ってそうではなくて······」


 私は、リーンハルト様の目を見つめながら尋ねた。


「······人違いでは、ありませんか?」

「?」

「リーンハルト様は私を別の誰かと間違えているのでは······?」

「何を言いたいのか分からないが······」

「ですから、リーンハルト様は私のことを私ではない誰か――例えばリーンハルト様の幼なじみの方だとか初恋の方だとかと勘違いなさっているのでは?」


 この一週間、ただ私は怖いくらいにリーンハルト様や使用人たちに甘やかされ、翻弄されていた訳ではない。混乱しながらも、自分の置かれている状況を把握するために色々調べたり、考えたりしていたのだ。


 それとなく使用人たちから話を聞いたところによると、リーンハルト様が噂通り婚約者を修道院に送り込んだり、実父である前当主を強引に隠居に追いやったのは本当らしい。


 だけれども、婚約者の実家が横領していたのを突き止めて告発したとか、前時代的なやり方を押し通して、領地経営や交易業の収入を低迷させかけていた前当主から実権を奪って家門を立て直したりとか、理由を聞けば全うな感じだ。


 それから女嫌いってのも本当だったらしい。リーンハルト様は現在、二十五歳。私より七歳も年上である。別にこのくらいの年の差結婚は貴族には珍しくないし、男性は女性ほど結婚を焦らなくてもいいから、この年で結婚するのもおかしくはないのだけれど、なんとリーンハルト様、二十五間一切浮いた話がなかったらしい。恋人はおろか、娼館から女性を買うことも一度もなかったんだとか。一時は男色家ではないかという噂までたてられ、そんな噂を軽々しく口にした不届き者を片っ端から潰した過去があるらしい。


 アセクシャルなんじゃないの、それ?私は一瞬そう思ったが、そうであるならば私をリーンハルト様が溺愛していることに説明が付かない。·········演技の可能性もなくはないがそうは見えないし·········。


 そして、私はある考えを思いついた。


「リーンハルト様が長年女性から遠ざかっていたのは心に決めていた方がいたからでは?そして、その方と私を間違えてしまっているのではないかと······」


 初めて会話をしたとき、リーンハルト様は私のことを知っているような言動をした。でも、私はリーンハルト様のことなんて知らない。昔会ったことがあるけど私が忘れてしまった可能性も考えてみたが、それもないように思われる。私の社交経験は幼少期に祖母と共に小規模のお茶会に参加したくらいだ。当然相手はお婆様のご友人。たまに私と年の近いご令嬢とお茶会をしたこともあったけど、異性はいなかった。つまり、どうしたって私とリーンハルト様が出会える訳がないのだ。


 そこで思い付いたのが、人違い。


 リーンハルト様は幼少期(あるいは少年期)にとある方に恋に落ちるが、その方の素性を知ることができない状況で別れることになってしまった。そして、その想い人を私だと勘違いしているのではないか?というもの。


 それなら初夜のときの言動に納得がいくのだ。


 あれは、自分が大切に想い続けた相手に忘れられて、傷ついた顔だった。




「······何を言い出すかと思えば············そんな訳がないだろう」

 旦那様はため息をついて言った。

「僕は、お前に、ペトラ・バルバトに、結婚の申し込みをしたんだ。勘違いや間違いな訳があるか」

「······()()()()()に、結婚相手をお求めになったのですよね?」

「違う。()()に結婚を申し込んだ。バルバト家当主は一度、妹の方を僕に差し出そうとしたが、僕が蹴って再度お前に結婚を申し込んだ」

「·········知りませんでした」


 なんと。そんな経緯があったとは。

 お父様はやっぱり妹が王太子妃に選ばれると確信しきれていないようだ。だから公爵の結婚の申し出を受けたときに私ではなく妹を嫁がせようとしたが、双方が嫌がったために結局私が嫁ぐことになったと。身代わり結婚なんて相手に失礼ではないかと危惧していたのだが、そもそも身代わりではなかったのか。


「何故妹ではなく、私を選んだのですか?」


 結局は、そこだ。それが分からない。リーンハルト様は公爵閣下であるが、妾腹の出であるために、純粋な貴族令嬢を妻に迎える必要があった。

 しかしそれは別に私でなくてもいいのだ。妹の方が可愛らしい容姿をしているし、社交的だ。方や病弱(という設定)で数年間屋敷から出た姿を見られたことがない私とは比べるまでもないはずなのに。


「お前を愛しているからだ」


 だからそれは何故!?


「愛される身に覚えがないのですが······」

「そうだろうな」

「教えてはいただけませんか?」

 じっとリーンハルト様の目を見つめながら懇願する。

 彼はしばらく私を見つめ返していたが、やがて、ふいっと目をそらした。


「······忘れているなら、それでいい」

「·········そうですか」

 もう少し食い下がろうかと思ったが、あまりしつこすぎるのも頑なにさせると思い、引き下がることにした。


「······リーンハルト様がお話ししたくないのならば、無理には聞きません。でも、言いたくなったらいつでも言ってくださいね」

 控えめな笑みを浮かべながらそう返す。正直物凄く気になるが、無理に聞き出そうとして距離を置かれたら困る。……困る?何故?別に嫌われたっていいくらいの気持ちで嫁いだのに。

 ……駄目だな。変な気持ちになっている。

 まだ一週間しか経ってない。相手のことを信用するのには早すぎる。第一、自分のことを語ろうとしない相手を信用するなんてどうかしてる。


 勘違いして、傷つくのは私でしょう?毅然としてなさい、ペトラ。

 この世界で、唯一、自分の味方になってくれるのは自分だけなんだから。

 

 他人を信用するな。他人に期待するな。

 そうでなければ、破滅する。




「······そうしてくれ」

 リーンハルト様は私の返答に、特に表情を変えることなく黙々と食事を進める。

 

 彼はあまり表情を変えない。基本的に無表情で、私にだけはときどき微笑みかける。でも、ときどき、痛みに堪えるのを必死に隠しているかのような辛そうな顔をする。


 貴方は、一体、何を考えているんですか?何を隠しているんですか?私の何を知っているのですか?


 その言葉を私はスープの具と一緒に飲み込んだ。

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