聖夜祭
聖国の地を踏んでから三日後。今日は、十二月三十一日。この島で三日間にかけて行われてきた聖夜祭が最も盛り上がる日。
この日に、想いを告げると決めてきた。
馬車から降りた私は冷たい空気を胸に吸い込み、高鳴る心臓を鎮めようとする。
いよいよだ。
ふぅー、と息を吐き出すと、白い靄が口から零れて、周囲に離散した。
リアス王国よりも南方に位置するこの島ではあまり雪が降らないらしいが、それでも海風の影響なのか、気温は低い。
「ペトラ」
「っ!?」
リーンハルト様の低い声が耳をくすぐる。私は反射的に耳を押さえて飛び退いた。
「な、な、何を、して」
「これを」
リーンハルト様はすっと馬車から若緑色のマフラーを取り出すと、私の首に巻き付ける。
「贈り物だ。少し早いが今渡しておいた方がいいと思って」
「あ、ありがとうございます」
「······驚かせるつもりはなかった。最近は慣れてきたのだと思っていたのだが······」
「すみません」
「謝らなくていい。責めてるんじゃない。······むしろ可愛いと思っている」
「かわっ!?」
私の反応を楽しんでいるのか、リーンハルト様は愉快げに微笑む。
そんなリーンハルト様の余裕綽々とした表情を見ていると何だか悔しくなってくる。
最近では私からもスキンシップをするようになったし、リーンハルト様に慣れてきてはいるけれど、それでも私はリーンハルト様のようにスマートじゃない。
何だか、私だけが翻弄されているみたいで嫌だ。
リーンハルト様も、私の十分の一くらいは恥じらいがあってもいいだろうに。
「拗ねるな」
「む」
どうやらそんな風に考えて内心不貞腐れていたのが、顔に出てしまっていたらしい。軽く頬を人差し指でつつかれる。
「からかってる訳じゃない、本気で思っている」
「······貴方はまたそういうことを平気でおっしゃる······」
赤い頬を隠すようにマフラーに顔を埋める。
肌触りが良く、デザインもシンプルで自分好みなマフラーだ。若緑色なのも嬉しい。この色は、リーンハルト様の目を思い出させる。
「大切にしますね」
私がはにかみながらそう言うと、リーンハルト様は満足げに目を細めた。その視線がやけに甘ったるくて、ますます恥ずかしくなってしまう。
でも、この気恥ずかしさが、今の私にはもう嫌ではなくなっていた。数ヵ月前までは自分が自分でなくなってしまうような、嬉しさと戸惑いがごちゃ混ぜになってしまうような感覚を確かに恐れていたはずなのに、今ではもう、自分が滅茶苦茶になってもいいと思っている。
好きな人の色を身に付けてデートをするなんて、人目を憚らずイチャつくバカップルだと公言しているようなものだ。そんな風に、浮わつく私を冷静に客観視する私が頭の中にいる癖に、心が弾むのを止められない。
私は、本当にこの人が好きなんだな、と改めて実感した。
「リーンハルト様、私も貴方に渡したい物があるのです」
聖夜祭では貴族も平民も遊んだり、ご馳走を食べたりして過ごすのは変わらないが、貴族の場合、それに加えて家族や恋人、友人に手紙や贈り物をするのが慣例となっている。特に渡す時間に決まりがある訳ではないが、この聖夜祭は日が落ちてからが本番だからか、夜に贈り物を渡すことが多い。
私も、それに倣って夜にリーンハルト様に贈り物をするつもりである。
「今夜、渡しますから、楽しみにしておいてください」
「分かった。楽しみにしている」
私はそっと小型の手持ち鞄の中にある小さな小箱の感触を確かめた。
中には、金の指輪が入っている。
今夜、私はリーンハルト様に想いを告げると同時に、この指輪をリーンハルト様に渡すつもりだ。
この世界では結婚指輪という概念がない。結婚式では新郎新婦が書類にサインをし、司教の前で結婚の誓いを立てるだけで終わってしまう。
最初は、ただ想いを告げるだけのつもりだった。しかし、どうやってリーンハルト様に想いを伝えるか、どうやったら彼に私の想いを信じて貰えるだろうかと考える内に、私たちがきちんと夫婦であるという印が分かりやすくあればいいなと思ってしまったのだ。
私とお揃いの指輪がリーンハルト様の指に嵌まっている。そんなの、想像するだけでも口元が弛んでしまうくらい気分がいい。
そんなことをリーンハルト様を酒で潰した直後に考えた私は、こっそり寝ているリーンハルト様の左手の薬指のサイズを計っていたのだ。
冷静に考えると、結婚指輪の概念を知らないリーンハルト様に結婚指輪を贈っても意味が無いような気もする。しかし、そのときだいぶ酒に酔っていた私にはそれ以外の方法が考えられなかった。結局、酒が抜け冷静になっても結婚指輪への憧れを捨てられず、用意してしまったのだから、仕方がない。
女が男に結婚指輪を渡してはならないという道理がある訳でもないし、それに、リーンハルト様から散々愛を囁かれているのだから私だってプロポーズくらいしないと釣り合わないだろう。いや、まあ結婚は既にしているのだけれど。
この世界では女性は恋愛に対して基本的に控えめで受動的だ。告白どころかプロポーズする女なんて聞いたこともない。
それでも、こうすると決めたのだ。
恥ずかしくても、変だと思われてもいい。
リーンハルト様に「愛しています」と伝えると決めたのだ。
今は黄昏時。街中に飾られている色鮮やかな蝋燭にはまだ灯りが灯されてはいないが、間も無く灯りが灯されるだろう。
聖夜祭は眠らない。一晩中至る所に蝋燭が立てられ、街中を照らす。
そして、今日は聖夜祭の最終日であるから一層明るい夜になることだろう。
さらに、日付が変わるその瞬間には花火が打ち上がるのだ。
この、花火をリーンハルト様と共に見ながら、プロポーズする予定である。少し気どり過ぎかもしれないけれど、こんな絶好のシチュエーションを利用しない手はない。
「今日は護衛がいないから、僕から離れないように」
「はい」
今日の私たちはお忍びというやつだ。ここに来るまでに乗ってきた馬車は目立たないものにしてあるし、護衛もいない。
流石に護衛たちの前でリーンハルト様にプロポーズをするのは無理だと思ったので、リーンハルト様にお願いして、最終日の聖夜祭では二人きりで回りたいと懇願したのだ。
リーンハルト様は少し迷ったが、最終的に頷いた。聖国の聖夜祭は火事やスリなどを防ぐためにいつも以上に警備隊が巡回をしているので、治安が悪い訳ではないから、と。
それでも、リーンハルト様は決して側から離れないことを繰り返し私に言い聞かせた。そこは私も異存はないため同意した。かなりの無理を言っている自覚はある。そのくらいの条件ならば許容範囲内だ。
また、いくら治安が悪くはないとは言っても丸腰で出歩くのは危ないからと、リーンハルト様は今夜は帯剣姿である。
「剣を持ってるリーンハルト様って新鮮です」
「······そうだな」
リーンハルト様には優秀な護衛がいるので普段は剣を持ち歩かない。しかし、彼が剣を腰に下げている様は見慣れない姿のはずなのに、しっくりきた。
「リーンハルト様は剣を習っていたのですか?」
「······昔は。だが、当主である僕が剣を使うこと機会なんてほとんどないだろう?こうして剣を持ち歩くのは久しぶりだ」
それもそうか、と私は思った。家督を継げない貴族の次男以降の男児や、代々騎士を排出している騎士の名家でもなければ、剣なんて使わない。
「だが、お前を守るくらいのことはできるだろうから、安心してくれ」
リーンハルト様は私を安心させるように微笑むと、エスコートの手を差し出した。
私も微笑み返しながら彼の手を取る。
このときの私は、暗雲が空に立ち込めたことに気が付いていなかったのだ。
誤字脱字報告、感想、評価等気軽にしてくださると嬉しいです。




