ざまあとは何か
ざまあとは何か。
それは勿論、自分の尊厳を否定し、身体的、精神的、経済的損害を加えてくるクズに、身体的、精神的、経済的、社会的に傷つけ、もう二度と立ち直れなくなるくらいに踏みつけた後、その無様な姿を嘲笑うことである。
ざまあの本質は復讐、報復、制裁だ。
そう、つまり、ざまあをするためにはまず最初に私が相手に傷つけられなくてはならない。
こちらから手を出すのはタブーだ。ざまあをするのは被害者でなくてはならない。私が読んだ数多くある「ざまあ」小説の中には、わざと相手が自分を貶したり、見下したりするような状況を作り、相手をその状況に誘導してからざまあをする作品もあったけど、正直それは私の好みには合わなかった。
相手がどうしようもないクズであればある程、舐めされた辛酸が苦ければ苦い程、ざまあのカタルシスは素晴らしいものになる。
しかし、相手をわざと加害者に仕立て上げて被害者ぶったり、加害者の罪に対して罰が重すぎたりするのは、ざまあをするだけの根拠が弱くなり、ただの胸糞になってしまうと思うのだ。
こんなに長々と語って、結局何が言いたいかって?
私がリーンハルト様にざまあをすることは絶対にないってこと。
「ペトラ、寒いだろう。これを」
「ありがとうございます」
リーンハルト様が甲板の上にいた私に上着をかける。彼がスマートな気遣いができるのはいつものことだが、毎回素直に感心してしまう。
春の終わりに結婚してから、半年が経ち、冬になった。口から零れる白い息が、年の終わりが間近に迫っていることを実感させる。
その間、リーンハルト様の溺愛は変わらなかった。
何か裏があるのでは、と疑った時期もあったけれど、今では普通に彼の優しさや愛情表現を受け取れるようになっている。
こんなに優しくて私のことを大事にしてくれる人に、ざまあだなんてとんでもない。不満一つもありませんとも。むしろよくこの人にざまあしようと思ったな、私。
この人は、私を傷つけることも、裏切ることも、絶対にしないのに。
「何を見ていたんだ?」
「海を······滅多にない機会なので、目に焼き付けて置こうと思って」
「ただ波打つ水がそんなに面白いか?」
「綺麗じゃないですか!それに、次はいつ見られるか分かりませんよ?」
目の前に広がる深い青色の海原は、前世の記憶にあるものよりも、海水が澄んでいて綺麗だ。太陽の光を反射して、キラキラと輝いている海面が、青い海水と白い泡のコントラストを際立たせている。
それに、リアス王国は大部分が内陸部であり、海に面しているのはディルガー公爵領と王家の直轄地のみだ。そのため、海を見ることなく一生を終える人もこの国には少なくない。
ちなみに、海路を利用した他国との交易権は王家とディルガー公爵家が独占している。
「見たければいつでも僕の領地に行けばいいだろう」
「あ」
そうだった。リーンハルト様ってディルガー公爵閣下だった。
そして私はディルガー公爵夫人な訳で······その気になればいつでも領地に行って、海を見れる訳で······。
「そうでした······」
その事実を思い出した私は、さっきまで子供のようにはしゃいでいたのが急に恥ずかしくなった。俯きながら声を絞り出す。
「失念していました······」
気まずい~~!!
公爵夫人なのに自分の領地のこと忘れてはしゃいでいたのを、がっつりリーンハルト様に把握された~~!!
これはまずいのでは?公爵夫人の自覚が足りないと思われるのでは?
「今年は忙しくて行けなかったからな。来年の夏にでも視察に行くか」
しかし、リーンハルト様はそんな私の内心を知ってか知らずか、特に気にする素振りもなく、そんなことを言った。
「いいのですか?」
「いいも何も、お前は僕の妻だろう。僕の領地に行くことに何の障りがある?」
「いえ、べつに問題はないです!······ただ、嬉しくて」
「こんな風に、色んな所に行けるようになるなんて、一年前は想像もしてなかった······」
「······」
海鳥の鳴き声と、船が海水を掻き分ける音、冷たい潮風が肌に当たる感触。
今私を取り巻いている全ては、リーンハルト様が私をあの屋敷から連れ出してくれなければ知れなかったものだ。
もし、もしも。
リーンハルト様が、私を選ばなかったとしたら、どうなっていただろう。
私はずっとあの屋敷にいただろうか。それとも、どこかで前世の記憶を思い出して逃げ出しただろうか。
過ぎ去った可能性を考えても、答えは分からない。
不幸のままだったかもしれないし、幸福になれたのかもしれない。
ただ、絶対に今よりは幸せではなかったと断言できる。
だってそこには、リーンハルト様がいないのだから。
そう思えるくらい、私は、リーンハルト様が好きだ。
だから、私は決めたのだ。
三日後の聖夜祭で、リーンハルト様に想いを告げると。
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最近リアルが忙しくて投稿ペースが落ちてしまっていますが、絶対に完結させてみせますので、ご容赦ください。




