衝撃の事実
「················································」
······その顔は何なんだ。
カスパル様は苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情を浮かべて黙りこくっている。
「············言いたくない、です」
「どうしても、ですか?」
「······言っても、あいつのこと嫌わないでいてくれます?」
「······多分大丈夫です」
そこまで念押しされると、少し不安になるが、今までリーンハルト様が私を大切にしてくれた日々を思えば、そう簡単に冷めることはないと思う。
「あれは······何年前だったかな、確か十年前、たまたま、休暇中に学園外でリーンハルトの姿を見つけたから、声をかけようと思ったんです。でも、それだとつまらないから驚かせようと思って、こっそり後をつけたんですよ」
カスパル様は私から顔を背け、グラスの中にある黄金色の液体にじっと視線を落としながら、淡々と語り出した。
「そして、あいつはある場所で立ち止まりました。趣のある、大きい邸宅。でも、あいつは正門をくぐることはなく、塀に顔を近づけていました。そこには隙間があって、邸宅の庭が外から覗き込めるようになっていたんです」
「つまり覗き見?リーンハルト様が?」
「ええ。流石に俺も驚いて、そのときに声をかけたんです。そのときの俺は一体何を見てるのか気になって、一緒に覗いたんですけど······そこには、年端もいかない女の子が祖母と思われる人物と共にお茶会をしていました」
「それって······私、ですよね」
カスパル様は、「はい」と答えて大きく息を吐いた。
「で、そのあと何でこんなことをしてるのかと理由を問いただしたら、女の子が目的だと吐きましてね。『一目惚れだった』と。面識はあるのかと聞いたら『まだ話したこともない』と」
「······それっていつの話でしたっけ?」
「十年前です」
「つまり······リーンハルト様が十五歳で、私が······八歳のとき」
「······はい」
カスパル様が重々しく頷く。
それってつまり幼女趣······う゛んん!!いや、そんな犯罪者みたいな言い方は良くない!!リーンハルト様は私の恩人!!旦那様!!······でも、ちょっとこれは······うん、フォローし切れないかも。覗き見もしてるし······。よく通報されなかったなと思ったが、この世界には携帯電話が存在しないことを思い出した。そうでなくとも目撃されたら怪しまれそうではあるが。
「俺は止めたんですよ、『十八の女に一目惚れするなら分かるが、八歳の女の子に一目惚れするのはヤバい』って。でも、あいつ、俺の言うことまともに聞きやしない······無理矢理にでも娼館に連れてってあいつの異常性癖を直そうと目論んだこともありましたが失敗に終わりました······」
カスパル様は遠い目を浮かべる。きっと今まで苦労してきたのだろう。リーンハルト様が人の話を聞かないというのは私にも覚えがある。
「リーンハルトは貴女のことを色々調べていたみたいでしたよ。年齢とか家族構成とか。控えめに言ってどん引きましたよね。しかもあいつ、いつの間にか実家の実権を握って、バルバト家に資金援助したり、誰を結婚相手に選んでも文句を言わせない下地を作ったりして、そのまま婚約するのかなと思っていたら『彼女の幸せを思うなら、僕みたいな人でなしじゃなくて、ちゃんとした男と結婚するべきじゃないか』とか抜かして正式に婚約を申し込もうとはしないし······」
「えぇ······」
えぇ······(困惑)。
情報が頭の中でごちゃごちゃして纏まらない。
え~と、つまり何?
十年前、リーンハルト様(十五歳)は私(八歳)に一目惚れして、私と結婚できる根回しをしておきながら、私がリーンハルト様以外の人と結婚することを望んで、結局私と結婚したと?
ど う し て そ う な っ た。
「貴女を妻にしたいがために努力していたのは知っていたから『お前あの娘のこと好きなんじゃないのかよ?』って聞いたら『愛しているからこそ幸せになって欲しい』って。『お前が幸せにしたらいいじゃないか』って言ったら『僕にはできない』の一点張りで。その癖、別の相手を探す素振りもなく、バルバト家への資金援助は続けてるので、貴女に未練があるのが丸分かりで。何がしたいのか全く分かりませんでした。学園卒業後数年間はそんな感じで、もうあいつ結婚する気ないんじゃないかって思っていたら、いきなり結婚するし、本当に訳が分からない」
「それは······そうですね」
何というか、あまりにも奇妙な話だ。
今はリーンハルト様の幼女趣味疑惑にどん引きする場面なのだろうが、リーンハルト様の頓珍漢な行動が意味不明過ぎてそっちの方が気になってしまっている。
貴方私と結婚したいのかしたくないのかどっちだよ。
私は突然結婚を申し込まれたとばかり思っていたが、カスパル様の話を聞いてしまった今は「何をモダモダしてるんだ」としか思わない。側で見ていたカスパル様も同じようなことを思っただろう。この国の成人年齢かつ結婚可能年齢は十六歳で、今の私が十八歳だから、この人二年も私に求婚するかどうか迷ってたってことでしょ?私のことが好きなのに。私が成人するまではともかく、成人してからもそこまでウダウダ悩むのはどうしてなんだ。
私はある疑問を口に出す。
「そこまでウダウダしていたリーンハルト様に私との結婚を決意させたのは何だったんでしょうか?」
「さあ?やっぱり惚れた女を他の男に預けたくないと思ったんじゃないですか?あいつ、悩むときはとことん悩むけど、一度決心してからの行動が異常なまでに速いから。貴女との結婚もどうせ唐突に決心して急行したに違いありませんよ」
カスパル様は一拍置いて、言葉を続ける。
「何かしらのきっかけで、貴女への『自分以外の人と結ばれるべき』という思い込みがなくなって、長年抑圧されていた貴女への想いが暴走したんでしょう。事前に顔合わせする時間も惜しんで既成事実を作ろうとしたんじゃないですかねぇ。······だから、貴女がリーンハルトを忘れてしまったなんてことはないと思いますから安心してください」
「そうですか······」
私がリーンハルト様と過去に交流があったとかそんな事実はなかった訳ですね。
リーンハルト様が過去に私(幼女)一方的に一目惚れして、迷走して、今の溺愛に落ち着いたと。
······そっちの方が衝撃の事実なのですが。
「まあ、どんなに一途に想っていても、貴女に惚れた経緯はヤバいし、回りくどくて面倒だし、それをおくびにも出さず、急に結婚を進めるのは普通におかしいと思いますけどね。貴方はそんな彼にどん引きする権利はありますよ。俺の話であいつが破局するのは見たくないから、嫌いにはならないで欲しいけれど」
······べつに、嫌いませんよ。
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