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話を聞かせてもらいましょうか

「馬鹿兄よりはマシだけど、あそこまで女性を避けるのは、それはそれで問題よね······有能だし身分も高いから誰も何も言わないけど。馬鹿兄よりはマシだし」


 馬鹿兄って言い過ぎでは?王太子殿下は何をやらかしなさったんです?貴女にここまで言われるなんて。


「馬鹿兄は録に政務をやらない癖に、文句ばかり言って大臣たちを困らせて、見目がいい女は誰彼構わず侍らすわ、下級貴族を見下すわで本当にいいところがないのよ。仕方がないから私が大臣たちと政務を行っているわ」


 大丈夫かこの国?

 はあ、とため息をついて、こめかみを押さえる夫人を見て、この人本当に苦労しているんだなあ、と思った。


 そんな奴さっさと廃嫡しろと言いたいが、それでも国王の唯一の息子。彼を廃嫡させるのはこの世界の常識で言えばかなり難しいのだろう。

 この人を次期女王に据えた方が絶対にいいと思うけどなあ。


「大変ですね」

「ええ、本当に。でも、財務大臣だった夫の手伝いは昔からしていたし、女だからと馬鹿にする老害どもはリーンハルトが手を回して失脚させてくれたから、それ程苦労はしてないのよ」


 ここでも活躍していましたか、リーンハルト様。貴方は人を社交界や政界から追放させるのが趣味なのか?

 いや話を聞く限り、明らかにヤバい人ばかり追放してるから、べつにリーンハルト様のことを冷徹だとは思わないけどさ。必要な処置だと思うけどさ。

 でも、それはそれとして、そんな簡単に貴族って失脚させることができるものなのだろうか?リーンハルト様凄い。


「本当に、リーンハルトには感謝してる。夫と知り合えたのも、今私が政治に携われているのも、全部、彼のおかげだから。でも······」


 夫人は何かを言いかけて、口を噤み、扇子を胸の前でぎゅっと握り締める。

 どうしたのだろう、と私が思うのと夫人が口を開くのとは同時だった。


「貴女、今、幸せ?」


 私は、その発言に面を食らった。そんなことを聞かれたのは結婚されて初めてだったからだ。


「はい」


 迷わずに答えると、夫人は肩から力を抜いて、安堵の表情を浮かべる。


「それなら良かった。リーンハルトって、ほら、リーンハルトでしょう?彼が結婚するにあたって貴女か貴女の家を脅したんじゃないかって心配で」

「そんなことはありません。大丈夫です」


 王女殿下の中でリーンハルト様はヤクザか何かなのだろうか。

 そんなことはない。バルバト家は過去数年間の資金援助の見返りに、娘を寄越せと言われただけだ。このくらいならこの世界での貴族間の結婚ではノーマルなのでセーフ。


「私は、今までの人生の中で、今が一番幸せです」


 夫人を安心させるために、念を押す。


「そう。でも、何かあったらすぐに私に言いなさい。力になるから。あと、これからは私のことを名前で呼んでくれると嬉しいわ」


 名前で呼ぶ。それは、友人関係になると言うこと。それはとても光栄だし、何より明るくて親しみやすいこの人の友人になるのが嬉しい。


「光栄です、エーファ様。私のことも是非、ペトラと」


 夫人――エーファ様は「貴女が素直で嬉しいわ」と微笑んだ。


「リーンハルト、学生時代に私を散々夜会で盾にした癖に、私のこと名前で呼ばないの。べつに変な気を起こす訳ではないのに、あそこまで頑ななのは自意識過剰だと思わない?」


 冗談めかして、そんなことを愚痴ったエーファ様に、私は何とも言えずに曖昧に微笑むことしかできなかった。




 エーファ様はその後、「ちょっと知り合いに挨拶してくるわ」と離れた場所にいる貴婦人たちの集まりに向かって行った。


 取り残されてしまったカスパル様と私は壁際に寄って飲み物を片手にリーンハルト様が帰るのを待つ。


「あいつ遅いな······」

「浮気でしょうか」

「そんな訳あるか!!」


 カスパル様は叫んだ直後、はっと我に返って「すいません。叫んで」と謝罪した。


「あいつに限ってそれはないですよ。それだけはない。あいつが王太子殿下とその取り巻きが所構わず浮名を流す度に、どんな目で彼らを見ていたか知らないからそんなことを言うんですよ。不敬罪でしょっぴかれなかったのが不思議なくらいだ」


 カスパル様は必死でリーンハルト様の疑いを晴らそうと、リーンハルト様を擁護する。私は何も言わずにそれを聞きながらグラスの酒を飲み干した。その様子を見て、焦ったのかカスパル様は言葉を続ける。


「あいつは今時珍しいくらいの純愛主義者です。しかも男の!女を一度も裏切らない男は俺の知る限り、亡くなったエーベルリアス公爵閣下と、あいつくらいなものです。昔からあいつは貴女を妻にするために努力していた。あいつの努力や功績は全て貴女のためのものだ」

「そこ」


 私の発言の意味が分からないのだろう。カスパル様は困惑の表情を浮かべる。


「そこですよ」

「?そこ、とは?」

「カスパル様」


 私はカスパル様の目を見つめた。彼は成人男性として平均的な身長なので、決して背が低い訳ではないが、私は長身なので、目線が彼と丁度同じくらいの位置にある。


 少しの間だけ私に見つめられて、彼はたじろいだ。


「な、何でしょう······?」

「貴方、昔の私を知っていますよね?」


 カスパル様は平静を装うとしていたが、私の言葉に目を見開いた。私はそんな彼に畳み掛ける。


「初めてお会いしたとき、貴方、私を見て言いましたよね。『本当にこの娘と結婚したんだな』って。あれが少し気になっていたんですよ。まるで――私のことを前から知っていたみたいな言い方だったから。リーンハルト様と結婚するまで私は、社交界に出たことがなかった上に、リーンハルト様と婚約していた訳でもないのに」

「······」

「あと、さっきも。『昔からあいつは貴女を妻にするために努力していた』って。それってリーンハルト様が学生時代の頃から私を知っていたってことでしょう?······おかしいですよね、だって、私、結婚するまでリーンハルト様に会ったことがなかったんですから」

「会ったことがなかったんですか!?」


 私の言葉にカスパル様はぎょっとした顔でそう叫んだ。彼にとっても予想外のことだったらしい。


「だとしたら、あいつ、えぇ······マジか······」


 カスパル様は口を手で覆いながらブツブツとそんなことを呟く。


「あ゛~~。取り敢えず夫人、その、貴女の疑いはもっともなものなんですが、リーンハルトが貴女を裏切ることはありませんよ。俺の名にかけて誓います」

「それは知ってます。私だって本気で彼の浮気を疑った訳ではありません」

「なら、どうして」

「私が知りたいのは、どうしてリーンハルト様が私を愛しているかです」


 さっきのやり取りで確信した。

 リーンハルト様は私を知っている。過去に私と会ったことがある。でも、私はそのことを覚えていない。


「会ったこともない病弱な令嬢と結婚したがる貴族はいません。だから、リーンハルト様は私を知っていた――会ったことがあるはずなんです。私が思い出せないだけで」


 前々から抱いていた疑問だ。

 どうしてリーンハルト様が私を愛してくれるのか。

 リーンハルト様には聞けないし聞かない。問いただしても言わないだろうし、聞かないとリーンハルト様に言ってしまったから。


 でも、リーンハルト様が私を愛する理由に過去の私との交流が関係しているのなら、それを忘れたままにはしたくない。


 初夜のことを思い出す。


 私に忘れられていると知って、傷ついた顔を。そこにいることを確かめるように私を強く抱き締めた彼の体温を。側にいて欲しいと懇願した彼の掠れた声を。


 思い出さなくては、いけない。

 そうでなければ、あのときリーンハルト様が見せた、彼の傷をそのままにすることになる。


「教えてください。学生時代のリーンハルト様が私についてどんなことを言っていたか。私のために何をしたのか。そもそも、いつ、どこで会ったのか······リーンハルト様から話を聞いていたんでしょう?」

「それは······」

「私とリーンハルト様に何があったのか、思い出したいんです······話を聞かせてもらいましょうか」

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