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女嫌いの小公爵

 思わず出したその言葉は、声量が大きくなってしまったような気がする。

 私は発言内容だけでなく、その声で目立ってしまったのではないかと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。


 リーンハルト様は、ピタっと固まって動かなくなり、カスパル様と夫人はそんなリーンハルト様を眺めて、「お前本当に面白い」とか「まあだからと言って勘違いするのはねえ」とか言って笑ったり呆れたりしていた。


「リーンハルト様······リーンハルト様?」

「······」


 声をかけても反応がない。じっと、ある一点を見つめて動かなくなってしまったリーンハルト様の顔面の前で手を振る。すると、ようやく彼は我に返った。


「······すまない、動揺した」

「顔色が悪いですよ、リーンハルト様」

「······お前が浮気する姿を想像してしまって······」

「水でも取りに行きましょうか?」


 顔面蒼白のリーンハルト様は弱々しく首を横に振った。

 想像だけでここまでのダメージとは。この人私のこと好きすぎない?


 リーンハルト様は私の肩を掴んでいた手を離す。


「すまない。······痛くなかったか?」

「平気です」

「痴話喧嘩は終わりか?」

「昔から貴方思い込みが強いから」

「······少し風に当たってくる。ペトラ、ここにいてくれ」

「あ、はい······本当に大丈夫ですか?」

「······ああ」


 リーンハルト様はふらふらとバルコニーへ向かう。

 友人にからかわれて居たたまれなくなったのだろうか。それにしては、何と言うか、背中から悲壮感が漂い過ぎるような気がするが。


「大丈夫でしょうか······?」

「気にしなくていいと思うわ。昔から突飛なことをする男だったし。貴女が私に口説いたのを見て嫉妬しただけでしょ」

「ち、違います!!そんなつもりじゃ!!」

「分かっているわよ。リーンハルト一筋なんでしよ。私だって夫一筋だし」


 夫人は茶目っ気たっぷりな笑顔で私をからかう。

 あうう。こんな風にリーンハルト様への想いを告げるつもりではなかったのに······。


「本気で口説かれているとは最初から思っていなかったわよ。そんな雰囲気じゃなかったし。ただ、夫と同じことを言われて、思い出しちゃっただけ······『惜しい』ではなく、『美しい』と真っ直ぐに伝えてくれたのは貴女で二人目だわ」


 夫人は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。彼女はエーベルリアス公爵夫人であると同時にエーベルリアス公爵代理だ。若くして亡くなった夫の代わりにまだ幼い子供と家を守っている。


 私は彼女のことを絶世の美女だと思うが、淡い色の髪ではないため、この国の美醜感覚では彼女は「惜しい」と見なされるのだろう。

 そう思うと、何だか悔しかった。絶対にこの人の方は綺麗なのに、髪の色ぐらいでそうでないと見なされてしまう。

 いや、そもそも人の外見に対して「惜しい」って何だよ。ムカつくな。

 

「俺は本気かと一瞬思いましたけどね。目の前で親友が知り合いに寝取られるなんて修羅場は流石にこれが初めてです」

「寝取るつもりはありません」


 カスパル様の言葉に食いぎみで否定する。


 この国ではカスパル様みたいな両性愛者や同性愛者がまあまあいるし、そこまで強い偏見に晒されている訳ではない。しかし、同性婚は認められていないため、貴族は性的指向に関わらず、社会的体裁や後継のために異性間で結婚することとなる。性的指向に合わない相手と結婚するはめになった貴族たちは、同性の愛人と憚らず関係を持つことも珍しくないのだ。


 私はしないよ?絶対にしないよ?

 浮気駄目絶対。同性でも異性でも。

 リーンハルト様を裏切る真似はしません。


 まあ、政略結婚が当たり前の世界だから、浮気やら愛人やらに寛容なのは分かるよ。でもどうしたってそういうの、不幸やトラブルの原因になると思う。隠し子とか性病とか。そういうリスク考えると、浮気とか絶対楽しめないし、何より、結婚相手にも愛人相手にも不誠実だよね、と考えてしまう。


 結婚したい人が好きな相手と結婚するって結構凄いことだったんだなあ。

 前世を振り返って改めて思う。前世でも、長い人類史を見れば、結婚が家同士ではなく個人の繋がりを結ぶためのものになったのは最近のことだったけれど。


 そう考えたら、幸せな結婚をするって物凄く幸運なことじゃないのかしら。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか完全にリーンハルト様の姿が消えてしまった。さっきまで後ろ姿が見えていたのに。

 ······もしかして、私、一人でこの二人の相手をしなくてはいけないのかしら。全然お互いのことを知らないのだけれど。


「······お二人は、リーンハルト様と学生時代からの仲なんですよね?」

「そうね」

「どうやって仲良くなったのか、教えていただけませんか?」


 私たちの共通点はリーンハルト様と親しいという点だけである。リーンハルト様で会話を広げるしかない。


「私の場合はそうねぇ······馬鹿兄よりも優秀で美しくて馬鹿兄から嫌われている小公爵がいるって聞いて、興味を持って話しかけたのがきっかけだったわね」

「······そうなんですね」


 どんだけ王太子殿下のこと嫌いなんだ、この人。


「最初は、結婚相手として悪くない相手だと思ってたのよ」

「ええ!?」


 リーンハルト様と夫人が!?

 いや考えてみれば、何もおかしなことではない。王女の降嫁先としてディルガー公爵家が候補に挙がるのは当然だ。


「何度か話をして、悪い人ではないと思ったから、婚約を申し込もうかと思ったのだけれど、丁度そのとき彼が婚約してね」

「確か、ルダリアス公爵家の令嬢でしたっけ?令嬢自身の瑕疵はなく、家の横領が問題視されて婚約破棄された」

「そう。大雨によって川が氾濫した年、被害の深刻さを憂慮した王家が復興のために出した支援金を、領地や領民のためではなく、自身の私利私欲のために使ったことが明らかになったの······リーンハルトの告発で。他にも、色々と問題があったみたいで······当時のルダリアス公爵家当主は終身刑、その家族は修道院に送られて、現在のルダリアス公爵家当主は傍系の出身の者よ」


 へえー。リーンハルト様が昔、婚約者を修道院に送ったのはそんな事情が。

 少し、リーンハルト様の元婚約者が可哀想だと思った。自分の瑕疵ではなく、父親の罪の巻き添えになった彼女は、リーンハルト様のことをどう思っていたのだろう。


 もしかしたら、リーンハルト様と元婚約者は仲が良かったのかもしれない。だとしたら、彼が長い間婚約も結婚もしなかったのは、心の整理をするのに時間がかかったからだろうか。

 そんなことを想像して、私はしんみりとした。

 そうであるならば、リーンハルト様も可哀想だ。彼が間違った行動をしたとは思わないが、もし元婚約者との仲が良好であったなら、罪悪感に近いものを覚えずにはいられなかっただろうから。


「で、私は彼に婚約を申し込みに行ったのよ。そしたら、彼、何て言ったと思う?」

「何て言ったのです?」

「『流石に王女殿下との婚約破棄は骨が折れるのでやめてください』って。あと、『王女殿下は品性公正な方ですから、このままだと貴女の名誉を損なう事柄をでっちあげるしかない。そしたら貴女も困るでしょう?』とも言われたわ」

「······そうなんですか·········」


 リーンハルト様······当時王女殿下だった夫人との婚約を断ったんですか······しかもそんな言葉で······。


 しかもその言い草だと、正義感ではなく婚約破棄のために元婚約者の実家を告発したととれる。罪悪感とか一切無さそうである。私のしんみりした気持ちを返して欲しい。


「驚いたわよ。そのときまで彼のこと、正義感の強い、真面目で優秀な男だと思ってたから。まさか私を脅すなんて。しかも、『骨が折れる』だけで婚約破棄はできると言い切ったのよ、あいつ」

「その後も、何度か婚約が持ちかけられたけど、全部リーンハルトがぶっ壊した。あの顔と身分だから女は何もせずとも寄ってきたのに、徹底的に避けまくって、つけられた別名は『女嫌いの小公爵』。陰口では『不能』とか『男色家』とかも言われてたよ。まあ、そんなことを言ったやつはリーンハルトに睨まれて大変なことになったけど」


 カスパル様がケラケラと笑いながら夫人の言葉に補足説明を加える。

 大変なことって何だろう······知りたいけど知りたくない気がする。

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