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エーファ・エーベルリアス

「ごきげんよう、ディルガー公爵閣下」

「!」


 不意に、柔らかい女性の声が聞こえた。見やると、美しい女性が私たちの知る男を伴ってこちらに歩み寄っている。


「エーベルリアス公爵夫人、お久しぶりです。······で?何でお前がここに?」

「この前言ったろ?高貴な女性のパートナーに選ばれたって」


 カスパル様は悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべてウインクをした。リーンハルト様がそれを呆れた眼差しで見つめる中、私は、カスパル様の隣にいる女性に目が釘つけになっていた。


 思わずため息をついてしまいそうなくらい綺麗な人だ。


 ストレートなキャラメルブラウンの髪に、長い睫毛に縁取られた月白色の瞳。鼻や口は小ぶりで形がよく、整った顔立ちをしている。何より、彼女の立ち振舞いや雰囲気は高貴でありながらも、決して他人を拒絶するのではなく、むしろ親しみやすく温かい。


 私の視線に気が付いた彼女は、私に優しく微笑みかけた。


「はじめましてディルガー夫人。私はエーファ・エーベルリアスと申します」

「······はじめましてエーベルリアス公爵夫人。私はペトラ・ディルガーと申します。お会いできて嬉しいです」


 どうしてだろう。王太子殿下に挨拶したときよりも緊張している。殿下よりもこの人が高貴だと感じてしまったからだろうか。


 現在、リアス王国に公爵家は五つ。エーベルリアス公爵家はその中でも最も古く、一番位が高い。そのため、現王朝が途絶えたら、新たな王朝として担ぎ上げられることが決まっている。王家からの降嫁が最も多いのもこの家だ。つまり、位的にも血縁的にも、最も王族に近い家。


 私は背筋をぴんと伸ばしてエーベルリアス夫人と向き合う。この人の前で粗相をしてはいけない。殿下に続きこの方からも心象を悪く思われたらまずいだろうと思ったからだ。


「じゃあ、堅苦しい挨拶は終わったことだし、今から楽にして話すわね。何をやってるのリーンハルト!!あの馬鹿が来ることは分かってたでしょう!?もっと不敬罪ギリギリの言葉を考えておきなさいよ!!」


 ······え?


「何なのよさっきのは!!あの馬鹿の勝ち誇った顔を見た!?妻を守るのは夫の役目でしょう!!もっと言ってやらないと!!空気を読まないのが貴方の長所でしょうが!!」


 さっきまでの穏やかかつ気品に満ちた雰囲気を削ぎ落とし、夫人は扇子をバシバシと手に打ちつけながら怒りをリーンハルト様にぶつける。その様子から、私はヤンキーがバットを手にバシバシと打ちつけながら脅迫する様を連想した。


 これは、一体······何?

 馬鹿って殿下のこと?

 夫人が私のために怒ってくださっているの?


「今のあいつは調子に乗らせて置かせた方がいいと判断しました。それに、無駄に会話を長引かせてあいつがペトラに興味を持つのを防ぎたかったんです」


 リーンハルト様は夫人に弁明する。夫人は少し不満げだったが「それもそうね」と引き下がった。そして、私に向かい合う。


「夫人、先程は私の兄が失礼しました。どうかお気になさらぬよう。あの馬鹿の言うことに意識を割く価値などないのですから」

「エーベルリアス夫人が謝ることではありません。それに、私は全く気にしていませんので」


 王太子殿下ですよね?そんなに貶して大丈夫ですか?

 私は不敬罪でしょっぴかれないかと不安に思い、周囲に気を配ったが、公爵家同士の会話に割り込もうとする猛者はいないようで、他の貴族たちは私たちとはだいぶ離れた場所にいた。······会話を聞かれてはないみたい。


 夫人の謝罪を受け入れながら、私はあることを思い出した。

 

 エーファ・エーベルリアス公爵夫人。彼女は国王の娘であり、アドリクス殿下の妹だ。

 数年前にエーベルリアス家に降嫁されたものの、王位継承権も持っている。


 この人、貴族の頂点どころじゃない。王族じゃねぇか。


「それで、夫人。何故こいつにエスコートを頼んだのです?」

「そんなに変なことか?」

「王女であり、エーベルリアス公爵夫人のエスコート役にしてはあまりにも釣り合わないだろう」

「こいつが一番丁度良かったのよ。貴族の男を連れ歩いたら再婚相手だと思われる。私はジーク以外の夫を持つ気はないわよ。子供もいるしね」

「そうでなくとも愛人だと噂されますよ」

「は、阿保らしい。私がこんな軽薄な男を好く訳あるか」

「お二人は俺に恨みでもあるの?」

「「全然」」

「······皆さん仲がいいんですね」


 私は三人の会話に入り込もうと、そんなことを言ってしまったが、すぐにしまった、と後悔した。この発言は嫌みに聞こえる。

 私がリーンハルト様をとられて嫉妬しているみたい。

 いや、べつに嫉妬とかそんなんじゃなくて、ただ会話に置いていかれて寂しかっただけなんだけど······こんなことを考えてしまう時点で私って幼稚な人間かもしれない。


「まあ、学生時代はお互いに利用し合っていたからね。男嫌いの私と、女嫌いのリーンハルトとで、お互いに虫除けに使ってた」


 夫人は、私の発言に気を悪くなさらなかった様子で、あっけらかんと言い放つ。


「虫除け?」

「私はそれほど美しくないけれど一応王女だから、それなりに求婚者がいて······どれも録な男じゃなかった······夫と出会う前は結婚なんてするものかと思ってた」

「美しくないなんて······夫人は私が知る中で、最も美しい女性です」


 最も美しい人かどうかは審議中。何故ならばリーンハルト様がいるから。


「「「·········」」」


 私の発言に、三人は呆気にとられた様子で固まる。シーンと静まりかえってしまった場に私は何かおかしなことを言ったかと冷や汗を流した。


「······ペトラ」

「はい」


 リーンハルト様が私の肩をガシッと掴んだ。やはり何かやらかしてしまったようだ。リーンハルト様がこんなに不機嫌な顔で私を見るなんて······。


 どうしよう?どうする?このまま、この人に嫌われたら――。




「浮気は駄目だ」




「はい?」

「浮気は駄目だペトラ」

「リーンハルト様?えっと何を言っているのか······」

「僕のことを愛さなくてもいいとは言ったが、僕以外の人を愛せとも言ってない」

「まだ貴方そんなこと言いますか」


 この期に及んでまだ「愛さなくてもいい」とか抜かしますか。

 私は「貴方をを愛せない」とは一言も言っていないのだが?······まあ、「愛している」とも言えていないけど······それはそのうち······。


「そんなこととはなんだ。浮気をするなと言ったのはお前だろ」


 そんなこと言ったっけ?

 リーンハルト様は最初から私への好感度がMAXだったから、言う機会なんてなかったように思えるのだが。

 それ以前に、この状況は何だ。


「待ってください。浮気を疑われる覚えはありません」

「今夫人を口説いただろう」

「口説いてませんよ!!」


 しかも夫人!?カスパル様ならばともかく何故夫人!?いやカスパル様のこともそういう目で見てないけど!!


「あっはははは!!」


 そんな私たちのやり取りを、カスパル様は腹を抱えて笑っているし、夫人は困ったような呆れているような表情で私たちを見ている。


「あのね、知らなかったのだろうとは思うのだけれど、『世界一』とか『私の知る限り最も』なんて枕詞(まくらことば)を付けて『美しい』と言うのは愛の言葉なのよ」


 何ですと!?

 夫人の説明を聞いた私は首をブンブンと振りかぶりながら弁明する。


「そんなつもりはありませんでした!!いえ、確かに夫人のことは美しいとは思っていますが、私はリーンハルト様一筋なので!!」

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