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カスパル

 騎士が病に倒れた王女を救うために、妖精に会いに行き、王女の病を治して貰おうと懇願する。妖精は、王女の病を治すことと引き換えに、騎士に三つの課題を出した。どれも困難なものだったが騎士は見事その課題をこなし、妖精は願いを聞き入れる。最後に騎士と王女は結ばれた。


 演劇の内容をざっくりと説明するとこんなものだった。

 王道のストーリーだが、とても面白かったと思う。この世界の文明は近世くらい?なので、当然技術的に照明や映像の演出は使われていない。その分、役者の演技が力強く伝わってきて、ストーリーや役者たちに感情移入することができた。


 さっき観終えたばかりなのに、もう一度見たくなってしまっている。


「面白かったか」

「はい、とても!!」

「それは良かった。もしお前が『つまらなかった』と言ったら劇作家に文句を言いに行くつもりだった」

「それはいくら何でも横暴なのでは······」

「横暴でも何でもないさ。僕はあいつの支援者(パトロン)なんだから」




「その支援者(パトロン)様と奥様にご挨拶したいのだが、よろしいか?」




 突然会話に割り込んできた男の声に驚いて振り返ると、一人の若い青年がドアの前に立っていた。オレンジ色の髪に、エメラルド色の瞳を持つ、活発な雰囲気の男だ。


「久しぶりだな、リーンハルト」


 手を上げて、気安くリーンハルト様に話しかける男。飄々としながらも、確かにリーンハルト様への親しみや信頼を感じる素振りだ。


「失せろ」


 しかし、リーンハルト様はバッサリとそれを斬り捨ててしまった。中々に辛辣である。


「ペトラ、帰ろうか」

「え!?」

「おいおいおいちょっと待てや!!」


 ドアの前にいる青年を押し退けてテラス席から去ろうとするリーンハルト様を青年は腕を掴んで引き留める。


「それが親友に対する態度か!?」

「親友······?」

「おい!!流石に傷つくぞ!!」

「ペトラ、行こう」

「おい!!嫁さんを紹介しろって!!」

「嫌だ。ペトラが減ったらどうする」

「減らねえよ!?」

「減りませんよ!?」


 青年と私が同時に叫ぶ。リーンハルト様は青年から私を庇うように私の前に立った。


「なんで隠すんだよ!!」

「お前は見境がないから」

「親友の妻に手ぇ出す程落ちぶれてねぇわ!!!!」

「気を付けろペトラ。コイツは本当に見境がない。男女問わず手を付ける」

「それは······そうだけど!!」


 そうなんかい。

 彼に抱いていた同情の思いがちょっとだけ減った。


「何でここにいるんだ。ドアの前にいた護衛はどうした?」

「顔見知りだしすんなり通して貰えたよ。つーか、お前!!どうして俺を結婚式に招待しなかったんだ!?旅行から帰ってきたら親友がいつの間にか結婚してて俺がどれだけ驚いたと思ってやがる!?」

「······」


 リーンハルト様が少し罰の悪そうな顔をする。流石に申し訳ないと感じているのだろうか。


「リーンハルト様、私、ご挨拶がしたいです」

「············気を付けろ」

「お前どこまでも失礼だな」


 私の言葉に、渋々リーンハルト様が私の前から移動する。青年はそんなリーンハルト様の態度に文句を言ったが、すぐに取り直して私に笑顔で向き合った。


「はじめまして、カスパルと申します。姓名は劇作家になる際に捨てましたのでありません。今日の劇の脚本と演出の監督を務めさせていただきました」

「はじめまして。ペトラ・ディルガーと申します。リーンハルト様の友人にご挨拶できてとても嬉しいです」

「······」


 リーンハルト様が、「こいつは友人ではない」と言いたげな表情で私を見る。

 でも、リーンハルト様。貴方たちはちゃんと友達だと思いますよ。

 この一ヶ月リーンハルト様の様子を観察していたが、彼は私以外の人にはパーソナルスペースが広いし、無愛想だ。使用人は勿論、仕事の関係で訪れる客人に対しても、必要最低限度の業務的な会話ばかりで、私的な会話をすることはほとんどない。


 こんな風にリーンハルト様に絡む人がいるなんて今までいなかった。きっと、ここまで馴れ馴れしい振る舞いをリーンハルト様が許すくらいには、親しいのだと思う。


「演劇、とても素敵でした。まさか演技だけではなく、歌や踊りもあるなんて知りませんでした」

「お気に召していただいたようで、実に光栄です。『伝統的な舞台ではないから』と言う理由でこのような演出を好まない方もいるのですが、私は、演劇とはもっと自由で観客を楽しませるものであるべきだと考えているんですよ」


 この舞台は、現代日本で言うところの、ミュージカルの原型のような感じだった。まだ歌や踊りのパートが少ないし、音響も不十分だけど、いつの日か、彼がこの世界でミュージカルを作り出すのかもしれない。


「もういいだろ」

「嫉妬か?」

「そうだが?」

「開き直るな。お前って奴は本当に極端なんだから······」


 私の肩に手を置いて、そのまま外へ向かおうとするリーンハルト様を呆れた顔で眺めながら、カスパル様は会話を続けた。


「お前、本当にこの娘と結婚したんだな」

「文句でもあるのか?」

「いや、ないよ。おめでとう。ただ結婚式に呼ばなかったことは一生恨むね」

「······そもそも結婚なんて新郎と新婦と司教がいれば足りるだろう······何で世の中の人間は集まって騒ぎ立てようとするんだ·····」

「祝い事を祝わないでどうするんだよ?それに、こういうときにこそ金を使わなきゃ、貴族に生まれた意味がないぞ?」

「ペトラの結婚式でもある以上、相応の金をかけた。ただ人を最低限しか呼ばなかっただけだ」

「その最低限に俺を含めろっての」


 カスパル様はリーンハルト様を軽く小突く。


 私の結婚式には貴族が沢山賓客として出席していたはずだが······?あれで最低限?公爵様はやっぱり格が違うんだなあ······。

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