5,久しぶりの戦闘訓練
今までのことを家族に話してから3日、私は登校と登城を止めた。
お父様曰く、国王は渋い顔をしながらも水晶で脅したら承諾したとのこと。
「はぁー、やることがない。暇だ」
今までは学園の授業の予習、復習、魔法に妃教育など睡眠を削ってこなしていたためか、いざやることがなくなると暇で仕方ない。
「じゃあ町に降りる?それかまた昔みたいに勝負する?」
「勝負で」
長らく剣でも魔法でも勝負をしていなかったので腕が鈍っていないか不安だ。
「訓練場で待ってるね」
「わかった」
私はそれだけ言うと動きやすい服に着替えた。白い半袖シャツにサスペンダーの短パン。少年のような格好だがもともと女性の中では高い方だが男性の中では身長が低い方だ。
いつも令嬢らしく伸ばしている髪はこれを機に思い切ってバッサリ切ってウルフカットにして煩わしい化粧も止めたので体型も相まって見た目はほぼ少し髪が長いだけの少年だ。
結界が張られた訓練場に着くとロルフが人の姿で剣だけ持って立っていた。相変わらずのイケメンだ。
「剣召喚」
それだけ言うと亜空間から禍々しいオーラを放つ剣が現れる。これは黒竜とか関係なく私が持つ特殊能力、まあ亜空間に物をしまうだけの能力だ。
あとは幻影魔法。これは私が今まで傷を隠すために使っていた魔法で、その名の通り幻を見せる。傷のない私の幻を見せて隠し通してきたのだ。
黒竜の加護があって使えるのはまああるがそれは後ほど。
「よろしくお願いします」
2人で礼をする。これは従者とか主とか関係なく礼儀だと思っている。
地面を蹴る音が聞こえた。ロルフが先攻だ。キンとした乾いた音が結界内に響く。
剣に加え、魔法が放たれる。久しぶりの戦闘は楽しくて仕方ない。長いこと張り替えられていなかった結界が軋んでいる。これが終わったら張り替えないと。
そう思って少し油断していた時だった。ロルフの放った魔法が目の前まで迫ってきている。頭をフル回転させて避ける方法を探したが見つからない。仕方なし。
「拒絶魔法!」
「なっ…!」
私がそう言った瞬間、目の前にあった魔法が消滅した。
そう、これこそが黒竜の加護を持つ者だけが使える魔法。今回は放たれた魔法を拒絶した。結界は外の被害を拒絶し、バークレイ領の周りは悪意を持つ者を拒絶する。そして、死を拒絶し、生をも拒絶する。
使い方を誤れば術者を殺しかねない恐ろしい魔法だ。因みに白竜の加護を受けているティアとカイリお兄様は怪我を癒やし、病を治す。また、かけられた呪いまでも浄化する。
黒竜の拒絶魔法は何かを拒絶することはできるが呪いをかけてしまう側なので浄化することはできない。呪いと言ってもバナナの皮に転ばされる確率が上がるとか食事のときに舌を噛むとかその程度だ。
怪我も四肢欠損等、病も末期限定でしか癒せない。だがティアもカイリお兄様もその辺りのことはできるので実質拒絶魔法が役に立つのは戦闘時や死者蘇生、殺人や門番代理くらいだ。
「うわっ…またくらったか。でも油断してたね。拒絶魔法を使われなければ勝てた」
「ちょっと危なかったよ。加護がなかったら従者に負けるところだった。これで986戦986勝。腕はあまり鈍ってなかったね」
ロルフは少し息が上がっている。
「今日も負けかぁ。まだ1回も勝ってない。1000戦目までには勝ちたい。魔物のプライド的に」
「ふっ…、勝たせないよ。私、身分以外は強いから」
そう、私にとって王家など蟻の子を潰すくらい容易く殺せる。が、身分がネックだ。
「怒ってるね。セイが今カイリを通して内密に動いてるところだよ。ティアバルト王国の方に移住許可を求めているみたいだ。婚約者のアリス王女もいるし、まあなんとかなるんじゃないかな」
意外と良いところまで進んでいるようで。
「王家の方は?こっちには全然情報が回ってこないんだよね」
「あー……旦那が接触してるけど進捗はよろしくないね。ハルトナイツは婚約破棄する気満々だけど国王は登校拒否と登城拒否は許可したが婚約破棄は許可していないの一点張り。お陰で旦那はカンカンだよ。
ハルイは領地ごと転移できるような巨大な転移陣をずっと描いてる。奥さんは旦那が不在の間に外政を請け負っているしティアは来年に控えていた入学を取りやめたよ。
今回のことはセレーネが望んだ通り、領民に知らせてある。それを踏まえて出ていきたい人は出ていけと言ったけど誰も出ていかなかったよ。やっぱりバークレイ領を出れば忌避の視線に晒されて影で悪口言われるのは目に見えるもんな」
「そっか」
やっぱり黒は駄目か。でも誰も出ていかなかったんだ。それだけ領主一家が慕われていたんだと思うと胸が熱くなる。
「何か私にすることある?」
戦闘訓練を除けば暇だし時間はたっぷりある。
「セレーネは僕らの側で笑っていてくれたら良いよ。セレーネはやっぱり笑ってるのが似合うから。無理して笑わなくても良いから楽しいとか嬉しいとか思ったときに笑ってくれたらそれで良い」
「何もしなくて良いってお嬢様みたい」
「本物のお嬢様でしょうが」
私は戦うことに身を置きすぎて自分が貴族であることを忘れかけたりする。年数は多くないが密度が濃い。ロルフからのツッコミももらってまるで昔に戻ったみたいだ。
明日、町に降りたい。バークレイ領の今がどんな風になっているか気になる。
ロルフにその旨を伝え夕食風呂など済ませて眠りについた。今夜も良く眠れそうだ。
今回の登場人物
・セレーネ・バークレイ(13)
・ロルフ