番外編 ティア×クルーレス クルーレスside
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「う〜〜〜。行きたくない…」
先日、僕とティアは結婚した。セレーネと違い、身内だけの結婚式だったがやっと結婚を認めてもらえた。それなのに騎士団に一日中いるせいで中々妻との時間が取れていない。
平民で孤児だった僕が侯爵家を継ぐなんて誰が予想できるか。僕も予想していなかった。
幸い、義父は僕の出自を知っても「身分より才」の精神を貫き通したのでアルバート子爵家に養子として迎えられてから寝食を忘れて努力した。多分、自分の人生で一番。
「全く…お姉様にしばかれますわよ」
「うっ…それは嫌だ」
セレーネはアレクセイと結婚してから更に剣の腕を上げた。ウチの隊長もほぼ毎日ヒヤリとしているらしい。新人騎士達からは畏怖の念、同僚騎士達からは忌避の視線、一切変わらない先輩騎士達。
セレーネは新人には少々キツいかもしれない。戦闘以外では可愛い一面もあるが訓練所では常に強面。
本人曰く、「女は女ってだけで舐められる」とのこと。
先輩はセレーネが強いことを知っているから女だからとかそんなこと関係なく接しているが、新人はそうもいかない。
一度舐めてかかった新人が訓練所でボコボコにされていた。それからだ。セレーネに後輩が近づかなくなったのは。
同僚も目が合っただけで逃げる始末だ。
そんな僕はセレーネが唯一背中を預けられる騎士と認められている。そのポジションは絶対に奪われたくない。
「よし!今度こそ行こう!」
玄関でひらひらと手を振ってくれるティアを背に、騎士団本部に向かった。
「おはよう御座います」
「遅かったな。まだティアと一緒にいたいんだってごねたんだろ?」
「うっ…」
図星だ。黙りこくっていると呆れたようなため息が聞こえた。
「まあ、ティアからも頼まれているし、今日は早く上がって良い。可愛いティアのだめだ」
憐れんでいるんだ。でも僕1人の我儘で早上がりするわけにもいかない。
ティアが「姉に会ってくる」と言った時があったから頼んでいたのは本当だろう。それを出して僕が確実に早く帰れるようにしてくれた。
「ありがとう」
「お前に拗ねられると面倒だしティアに寂しい思いをさせたくないからな」
声色はそのままだがニヤニヤしているので絶対揶揄われてる。自分より3つも年下の彼女に。僕はもう22だぞっ!情けねぇ…。
「私は少し用事があるから新人教育は任せた!」
そう言い残したセレーネは一瞬で消えてしまった。
「新人教育かぁ…」
「セレーネの相棒」だと思われているので僕も自然と怖がられてしまう。セレーネが怖いと感じるのもわからなくはない。
だが、素のセレーネがアレクセイにメロメロだったり先輩に林檎飴を強請っているってのを知っているせいか、恐怖心が湧かないのだ。
「はぁ〜……」
今日もまた怖がられてしまった…。ただ1人を除いて。
新人の中で唯一セレーネと目を合わせて会話ができる人物がいた。女性騎士に憧れており、セレーネに直談判して個別に特訓して貰っているそうだ。
セレーネ本人も「ただの人間に怖気付く男共よりよっぽど良い」と言っていたので少なからず好意は抱いているだろう。
彼女に最近あったことといえば……。
毎年開催の新人だけが出る演習大会で優勝したことだろうか。
「勝ったら一つお願いを聞いてあげる」と言ったセレーネに、優勝トロフィー持った彼女は「お願いできる数を増やして欲しい」と言っていた。確かに願いとしては一つだが…そういうことじゃない感が凄い。
「これからも個別指導を続けて欲しい」
「先輩とお揃いの物が欲しい」
それが彼女のお願いだった。個別指導は続ける予定だったようなのでこの間、休みをとって王都に2人で行っていた。
自分にベタ惚れであることがわかっているアレクセイは特に何も言わなかった。
帰ってきた2人は短剣を持っていた。お互い、短剣は使わないので鑑賞用とのこと。
常に身に付けている物の殆どはアレクセイとお揃いか色違い。仲が良ろしくて何より。お互い恐ろしいくらいにモテるので牽制目的でもあるような気もするが。
「クルーレス様」
幻聴まで聞こえるなんて…末期か。
「クルーレス様」
再び名を呼ばれた。今度はゆっくり顔を上げる。
「ティア……?」
そこには、いるはずのない妻がバスケットを抱いて立っていた。
「はい、貴方の妻のティアですわ。お姉様にクルーレス様のところに行ってほしいとお願いされましたので参りました。手ぶらも何ですので、お弁当を作って来ましたわ。お昼に食べてくださいね」
ああ、ここに天使がいる…。
「あら、いつかのアレクセイ様のようですね。今日は甘えたい日なのですか?」
「だってあんまり一緒にいられてないじゃん。僕だって寂しかったもん」
「ええ、私も寂しかったですよ。だから、来てしまいました」
暫く黙ってティアを抱きしめていると突然扉が開いた。
「クルーレス、少しは元気出、たか…?あー。邪魔したね。ごゆっくりどうぞ」
セレーネだ。見られた。この先1週間はいじられるだろう。
「クルーレス様、お姉様はアレクセイ様のところに行きましたので暫くは戻って来ませんよ」
なぜそんなに自信があるのだ。あれか?女の勘っていう。
「そうか。それはよかった」
邪魔する者が来ないのは助かる。できれば先輩達にも来てほしくない。
お昼にななったら2人でティアの作ってくれた弁当を食べた。食べ終わったティアに騎士団の訓練を見学したいと言われたので今日はいつもより実力が出せそうだ。
「随分と楽しそうだな」
弁当の片付けをしているとセレーネの声が降ってきた。
「お姉様、私、このまま見学していきますわ」
「そうか」
あ、良くない顔。嫌な予感しかしない。
「今日は竜3人組が来てるんだよね。シサーカ、黒竜、赤竜。丁度良いから手伝ってよ。シサーカはともかく黒竜と赤竜は1人じゃ勝てない。
あんなのが一度に来るんだよ。因みにレウクルーラ団長はパスらしい」
おい。シサーカも勝てる奴少ないぞ。団長副団長クラスでも怪しいぞ。危なげなく勝てるのはセレーネだけだろ。でも…
「わかった。セレーネが半ベソかいてるのを見たい気持ちもあるが、あの場所だけは絶対に譲れないからな」
「本心ダダ漏れ。少しは隠せ。まあ、気が変わらないうちに行くぞ。ティアもおいで」
「はい、お姉様」
連れてこられたのは以前シサーカ&ロルフVSセレーネで使われた訓練場。真ん中に3人の竜が人型で立っていた。これは、圧巻だ。
「これ勝てる奴いんの?」
それなのだ。セレーネがボコボコにされるくらいの強さなんだ。
「いない。昨日は各団の団長副団長全員でかかったらしいけど惨敗だって」
……逃げたい。切実に。だって各団から2人ずつでってことは16人だろ。しかもトップクラス。それで惨敗なんて。
「怖気付いたん?ティアが来てるから誘ったんだけど」
「やる」
我ながらチョロすぎる。扱いやすいことこの上なしじゃん。
『助っ人ってクルーレスだったんだ。このペア揃うと騎士団で一番強いとか言われてるし、ただでさえ弱いんだからボク結構危ないね』
シサーカは言葉とは裏腹に、楽しそうな笑みを浮かべている。
「そんなこと言われてるんだね」
『うん。意外と昨日の人達は弱かったよ。陣形とかは取れてたし息もピッタリで、流石って感じだったけどボクも倒せなかったんだよ。
カイリとレウクルーラくらいかな。ちょっと粘ったの』
弱気になるようなこと言わんといてや。
「一瞬でノックアウトは避けたいなぁ」
セレーネも楽しそうだし。竜って滅多に人前に現れないんだよね。何でよ。
『剣に付与してるのは外しといてね。あんなので切られたらボク今度こそ死んじゃうから』
「わかってる」
結果から言えば、惨敗だった。会話をせずとも息はピッタリ合うし、お互い弱いわけでもない。ただ、僕が相手をしていた赤竜が強すぎた。
『あーあ、負けちゃった。セレーネにはいつ戦っても勝てないよね。竜のプライドズタズタ』
『セレーネも強いがお前が弱すぎるんだよ』
『あ!酷い!赤竜兄ちゃんだって人間相手にギリギリだったくせに!』
『そんなこと言うなら黒竜だって危なかっただろ』
『何で飛び火するんだよ』
何でそんな元気なの。こっちはボロボロだよ。あのセレーネも息が切れてるんだぞ。
「黒竜、強すぎ」
「赤竜、強すぎ」
僕とセレーネは顔を見合わせて笑い合った。ティアに格好良いところを見せられたかどうかは怪しいが思っていたより楽しかった。
「「明日も勝負したい!」」
僕とセレーネの声が被る。こんなところで…?
『望むところ』
『明日もかぁ。明日こそ勝とう』
『今までやった奴の誰よりも強い。勝てるまで来そうだな』
とりあえず了承してもらった。
「クルーレス様、凄かったですよ。お姉様と息ピッタリで」
「ティアぁ…疲れたぁ」
「お水飲みますか?」
「飲む」
負けたが、ティアが笑ってくれるなら良かった。だが、そのうち絶対に勝つ。
今日は久しぶりに訓練が楽しいと思えた。
今回の登場人物
・クルーレス・バークレイ(22)
・ティア・バークレイ(18)
・セレーネ・ローレンス(19)
・シサーカ
・黒竜
・赤竜




