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31,絶望2 黒竜side


 魔物との戦いが終わった。


 魔の森で暴れていた魔物はあらかた片付けた。妻や赤竜、アレクセイの活躍もあり、面倒なドラゴンも倒した。

 もう厄はないはず…だが、何か嫌な予感が拭えない。本当に上手く行きすぎている。ウィルバイツ王国に向かった奴らは知らないがティアバルト王国に残っていた人間は皆無事だ。


 ティアバルト王国はセレーネ達の張った結界で守られている。魔物の波が来てもそんじょそこらの魔物じゃ人を殺すことはおろか、侵入すらできない。


 上手く行っているのは良いことかもしれない。それでも胸騒ぎがする。何か大切なことを忘れているような、でもそれが何かわからないような気持ちだ。


 ただ、本能が告げている。早く戻れ、と。


 「黒…竜……殿」

 バークレイの屋敷に戻ると荷馬車3台、膝から崩れ落ちたアレクセイ、抱き合って泣く女性陣、呆然と立ち尽くすハルイ、そして声の主、アリオ・バークレイがいた。


 ヒュッと風が吹く。耐え難い匂いに顔を顰める。血の匂いだ。


 『セレーネとカイリはどこだ』

 「に、荷馬車の中に…」

 荷馬車は3台。1番奥から回る。

 『っ…!』


 一瞬信じられなかった。そんなことあるわけない。

 隣に行こう。


 「黒竜…」

 カイリはいたが、彼の目元は真っ赤だった。泣き腫らしたとすぐにわかる。


 『嘘……』

 カイリが抱き抱えていたのは既に息絶えた氷竜だった。


 その隣はロルフが横たわっている。

 もう一度奥の荷馬車に戻る。荷台に飛び乗り、セレーネの、生気の亡くなった頬に触れる。


 「あ、あの…」

 『少し借りる。使用人、ロルフとシサーカを頼む。俺はセレーネにつく』

 「なりません!セレーネ様のお体を清めるのは我々使用人の仕事です!」


 使用人の1人が目的に気づいたのか反抗してきたが俺だって譲る気はない。


 『それを言えば俺だってセレーネに加護を与えている。使用人より近いはずだ』

 それにずっと前から見守っているんだ。俺にだって権利がある。


 「お待ち下さい。セレーネは女性ですわ。ここは家族の私がっ…!」

 結局最後まで粘りに粘った俺は妻に首根っこ掴まれてセレーネの側にいることは叶わなかった。

 『これからの対応についてお話しするのが先だね』

 『ぐ……わかった』


 後ろ髪を引かれる思いだったが人の裸を見る趣味はないし、妻に従うことにした。荷馬車に乗っていた騎士はカイリと、セレーネが乗っていた荷台にいた者以外は帰した。セレーネはロルフと同じ場所で戦っていたようだし。


 『当時のことを聞かせてもらおうか』

 まずはカイリに話を振る。

 「はい」


 カイリは浄化魔法でドラゴンと戦っていたそうだ。

 だが戦闘終了と同時にシサーカが倒れた、と。その時は既にロルフは死んでいて、セレーネは教会にいた。


 次は騎士団側。報告者はレウクルーラと名乗った。そしてその隣にいるのはセレーネの同僚、クルーレスだと。



 様子を聞いて、腹が立った。

 なんと、ウィルバイツ王国はティアバルト王国に手を貸してもらっている立場にも関わらず、現国王は碌な挨拶もせずに手当たり次第に自国の騎士を戦わせ、要らぬ死人を生んだそうではないか。


 助けてもらった人間もセレーネを見て化け物だとか疫病神だとかぬかした。本人の目の前で言っていた訳ではないそうだがそれでも腹が立つ話だ。


 そして、驚いた。普通、従魔が死ねばその主の命は1時間と持たない。だがセレーネは倒れてから荷馬車で魔の森を出る直前まで意識があったそうだ。つまり、ウィルバイツ王国からティアバルト王国までの移動時間、最低でも1日は耐えたということ。


 チラリとアレクセイを見る。

 彼はセレーネを失うかもしれないという事実に対しての絶望、自分がいたから通常よりもセレーネが延命できたという喜びの間にいるようだ。どちらかというと絶望寄りのようだが。


 「失礼いたします、湯浴みの方終了しました」

 暫く考え込んでいると、使用人が3人の風呂終了を報告に来た。

 『ああ、ありがとう』

 軽く返事をして3人が横になっている部屋に向かう。


 「あ、あの…!セレーネは、もう一度生きることができますか」


 クルーレスが俺を呼び止めた。騎士団で共通鍛錬がある日ではいつも一緒に行動していたらしいので友人なのだろう。友人の死は誰であろうと辛いものだ。だが…


 『五分五分だ。3人とも結界が張ってあったから魂自体は消えていないし普段の言動からも生きる意思はあると見て取れる。

 問題は、蘇生の魔法を使えないシサーカだ。依代を用意して魂を憑依させるがもしそれが上手くいかなければ二度と生き返らない。全てはシサーカ次第だ』

 「……はい」


 中途半端な期待は、裏切られた時のダメージが大きい。可哀想ではあるが、本当に五分五分なのだ。シサーカに生きる意志がないわけではない。だが系統が違うので成功率があまり高くない。


 3人はセレーネの部屋の隣の部屋に寝かされていた。

 『………これで良いか。お前達は俺の側に近寄ると魂を持っていかれるかもしれないし部屋の外にいてくれ』


 後ろにいる人達にそう言って1人になる。

 セレーネの部屋には様々な裁縫道具がある。沢山あるトルソーやマネキンの中から全身の関節が動くマネキンを一体選び、簡単な服を着せて横にした。


 『憑依』


 シサーカの胸の辺りに手を置いて魂をマネキンに移すイメージをする。セレーネは魔法を感覚的に使っているようだが俺のような想像力に欠ける奴にはなかなか難しい。感覚的にやるには想像力がないといけない。時間もかかる。


 憑依も死者蘇生もあまりやりたくない。それはセレーネも同じだ。全員が生き返るなら良い。でも、そう上手くはいかないものだ。


 セレーネはウィルバイツ王国で何度も蘇生をせがまれては失敗する度に責められてきた。それが結局疫病神扱いだ。セレーネそれから信頼できる人にしか使わないと決めていた。


 ティアバルト王国に来てからは魔物被害で死ぬ人もなくなり、蘇生しなくて済む分、セレーネも表情が柔らかくなった。

 だから今回の、平民、貴族、騎士、立場に関係なく蘇生をしたというのは驚きであり、最低限の常識すら通じないウィルバイツ王国への嫌悪感も強まった。


 『……終わったな』


 シサーカの魂は無事にマネキンの方に移した。この魂が定着するにはセレーネの魔力が必要だ。魔力は髪にも宿る。


 『少し申し訳ないが、貰うぞ』

 返事はしてもらえないが一応。

 ナイフで切った髪をマネキンの上に置くとその美しい黒はスルリと入っていった。シサーカが目覚める準備はできた。


 『拒絶魔法  死者蘇生』


 これで、目覚めてくれ。どうか。

 魔法陣がシュッと消えると俺はどうしても不安になってロルフの胸とセレーネの胸、そこに手を当てた。

 ドクッドクッっと規則正しい振動を感じた時、俺は安堵して腰を抜かしてしまった。足に力が入らなくなったのだ。


 『皆、もう入って良いぞ』

 とりあえず皆を呼ばなくては。


 バンッ!


 ドアを破壊するのではという勢いで入ってきたのはアレクセイだった。いや、破壊してるな。蝶番がひしゃげてる。その次に男衆、女性陣、使用人といった感じか。


 切断された左足は戻り、ドラゴンから受けた傷も消えた。俺と同じように胸に手を当ててほっと息を吐いたアレクセイは俺に聞いた。


 「タイムリミットはどのくらいでしょうか」


 タイムリミットとは恐らく、目覚めるまでの時間。

 『遅くても、今週中だな。あと5日。目覚めるまでの時間が長いとせっかく生き返っても衰弱死してしまう。そして、セレーネ達は数日間水を飲んでいないようだし今週中に目覚めなければ本当に死んでしまう。一度蘇生の魔法を使ってしまったからもう二度と生き返らない』


 アレクセイの顔が強張った。蘇生魔法だって1人につき1回までだ。これでもし成功しなければもう後はない。俺だって緊張している。


 「「っ…!」」


 「今週末までだったら待つから。もう沢山待ったんだ。あと少しくらい待てる」


 アレクセイは保護者の前でセレーネの額にキスを落としたのだ。これは…予想外。


 セレーネ、お前の身を想って言う。


 早く目覚めた方が良いぞ。

今回の登場人物

・アレクセイ(14)

・バークレイ一家

・クルーレス

・レウクルーラ団長

・黒竜

・白竜

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