星をつけ栞を挟むこと
作品を書き始める前。
誰もが漠然と「こんな物語を書きたい」という思いを持っている。
あるとき、何かのきっかけで感情が高まって書き始める。
そして書き始めるうちに、どうしてもこう考えるのだ。
「私が書きたかったのは、本当にこの作品だったのか?」
技術がないというのもある。
学校では、物語の書き方など習わなかった。こんなのは、誰かが書いた作品の模倣でしかない。
読み返すほどに、稚拙に感じられる。
あんなにも輝いていたアイデアさえも、よく考えたらなにが面白いのか。
珍しいだけ……いや、そもそも既存の作品にも同じアイデアは取り込まれている。
珍しくもなく、面白くもない。ならばこんなものを書き続けることに、なにか意味があるのだろうか。
コンセプトは?
強み、弱み。機会と脅威は何がある?
聞かれたときに、答えることが出来ない。
違うんだ、価値がないはずがない! こんなにも面白い私の作品が、路傍の石と同じなど、認めるわけにはいかない!
だけど……それはなにが違うのか。
なにもわからない。暗闇に包まれたかのように。
前後左右が失われる。
書く前の、全てを見通していた感覚が失われた。
真っ直ぐに進めば良いのか。横道にそれるべきか、あるいは引き返すべきなのか。
白杖をつきながら何もない空間に取り残される。
苦行だ。恐怖だ。逃げ出したくなる。閉じこもりたくなる。
そんなとき、一筋の光が差す。
おそらく何気なくつけられたであろう、たった一つのブックマークに。
それは「読んでいるよ」という合図であり、同時に「続きを読みたいよ」という言葉でもある。
星一つであろうと、星五つであろうと、それは「評価に値する」という証拠である。
まあ、個人的なことを言わせてもらうなら、星一つをつけるやつはサイコパスだと思うけど。
もちろん、読者が勝手なルールで「普通だと思ったら星一つ」とするのを、禁止することなどしない。
だけど、それは作者に対して「おまえの作品は、星二つをつける価値すらない」って伝えているわけだからね。
作者がなにを考えようと俺には関係ない? まあ、そうでしょうね。そうやって『他人を理解しない人』のことを、一般的にサイコパスと呼ぶわけです。
つまり貴方はサイコパスだ。
Q.E.D.
まあともかく。
つまり読者方が本当に何気なくつけている評価というのは、それほどまでに影響力を持っている。
いやもちろん、読者方の健全な読書を阻害しようなどとは考えておりません。
だけど、低評価をつけられたり、ブックマーク数が減るというのは、作者にとって衝撃が大きいのです。
「ああ、これは読者が求めている作品ではなかったのか」
小さな数値の変動で、そんなことを考えてしまうほど。作者にとって世界は暗い。
道なき道を、直感だけを信じて進む。
何より怖いのは、評価されないことではない。
書こうと思っていた理想からいつの間にか離れ、得体の知れない黒歴史が生まれてしまうことが、何より怖い。
そんな作者を救うのは、結局のところ読者しかいないのだ。
なんて、そんな考えもあるのかな。
私にはよくわからないけど。
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