表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神託の聖戦士『ヒシヤ・トシ』。その剣においてはいかなる妖魔も撃滅を免れない。

作者: こすず。

 ――その昔、神聖なる峻嶺(しゅんれい)(とんがり山)、その奥底より妖魔が湧きいずる。村の青年『ヒシヤ・トシ』は古来よりのお告げに従い、神剣(しんけん)『ホホバオビシノ』を手に討ち入りを図る。結果は惨敗(ざんぱい)だったが、擦れ擦れの所生き残り村へと帰還する。村人は毛ほどの歓迎ムードも持ち合わせていなかったが、彼の英雄譚ウソを聞くうちにギリギリ納得した。そもそも、一人で済ませようなど無茶な話であったのだ。

 神剣『ホホバオビシノ』も再び神殿『ガイアノイノセクアタ』に納められ、村は妖魔の進軍を恐れつつ、普段の生活も手放したくないので一旦忘れることにした。


【ヒシヤ……ヒシヤ・トシよ、目覚めなさい。何をやっているのです。私という剣がありながら、この体たらく。竜の長(ドラゴンマスター)であり、名うての鍛治士『ドンドドボス』も草葉(くさば)の陰で泣いております。彼女が指定した私の真の力を覚醒させる手続きをすぐにでも履行(りこう)するのです……】


 ――チュン……チュン……チチ、チッ!

 愛らしいスズメの鳴き声等で彼は目をさました。

「夢……か」

 それは不確かであり、随分(ずいぶん)と現実味があり、記憶が曖昧(あいまい)な夢だった。要するに普通の夢だった。土間(どま)のカマドからは香ばしい炊飯の香りが漂い、えいやと膝を打って(?)台所へと向かった。

「おそよう、ヒシャ兄」

「ふん……そそる食欲を()き立てる香りが悪夢というツユを払い除けた」


 ヒシヤ・トシと妹の『アイコ・トシ』はとっくの昔に両親と永別(えいべつ)し、このように村の端の山際(やまぎわ)の薄暗いボロ屋で二人暮らしをしている。立地に関わらず妹は容姿端麗(ようしたんれい)であり、年に2、3回は求婚されるが全て突っぱねていた。顔が気に入らないのもあったが、相手方にこの兄、ヒシヤ・トシを義兄弟にすることを申し訳なく思っていたからだ。

 それでも一度は妖魔に立ち向かった兄に対し幾許(いくばく)かの尊敬(今は無いが)もあったし、たった一人の身内であるから情もあり、なおかつ、再びこの兄に立ち上がってもらい、妖魔の軍勢のひとつふたつ打ち沈めた後、胸を張って結婚したかったからでもある。


「ホラ、穀潰(ごくつぶ)し。お米の貯蓄も少ないんだから、ちぃたぁ男を見せておくれよ」

「ふん……そういえば今日、妙な夢を見た」

「へぇ……(興味ゼロ)」

「要するに……だ。俺が振るっていたあの『ホホバオビシノ』は、全くもってその力を発揮しておらず、要するに俺が惨敗したのは必然であり……とにかく今日は神殿に向かい許可を貰い神剣をもう一度触らせてもらう」

「お役所か何かかい神殿は」

「まあ、見ていろ。なんだかんだできっと、俺は選ばれし神託(しんたく)の戦士だと……証明してやる」


 ヒシヤ・トシが支度を終え外に出ると、なんか山に墜落する物体があった。それは鋭い炎を宿し、激烈な光も放っていた。

「!?」

「ヒシャ兄――! 今の音は!?」

「わからん……! わからんしかない……!」

「走ってヒシャ兄――なんか重要なヤツだよコレ!」

「ぐっ……ふん、承知した!」


 取り敢えず小便をそこら辺で済まし、やや急ぎ足で神殿『ガイアノイノセクアタ』に向かった。

「いらっしゃいませ」

「あ、『神剣使用貸借(たいしゃく)許可』の申請にきたんですけど」

「はい、ではあちらの用紙に必要事項を記入していただき――」短いエンピツしかなかったが仕方なかった。

「(ぐっ……本籍だと!? コレいっつもわからんヤツだ……!)」


 4、5回の訂正を終え、ようやく収入印紙を貼り付ける段階まで()ぎ着けた(中略)。役所の奥からはいかにも悟りを開いた風の坊主がでてきた。

「お主か。ヒシヤ・トシよ」

「ふん、あの時ぶりだな。御宅はいい、早く神剣を――」

 すると突然自動ドアが開き、明らかに人間とは異なる姿のニンゲンが入ってきた。彼はヒシヤ・トシを視界に入れながら独り言を始めた。

「やはり……成功したか……アイツが……」役所内の全員が程よい緊張感に身を包む中、坊主が語りかける。

「お主、妖魔ではないな? 先程の閃光はお主の仕業か。裏の休憩室の窓から見てたぞ」

「ああ……驚かせてすまない。そして私の事はいい。ヒシヤ・トシ。お前に伝言がありわざわざやってきたのだ」

「えっ俺?」

「いち早く彼女の力を解放するんだ。そしてお前に全人類の存亡がのし掛かっている」

「……(彼女?)」


「本当は『こんなこと』したくなかった。しかし、事態は急を要する」そのニンゲンは『ホホバオビシノ』をじっと見つめていた。その表情には、何ぴとにも読み取れぬ何かが詰まっていた。

「ふん……それでどうすればいいのだ」

「役所の裏に広場があるな。そこに村人全員を集めてくれ」


 夕刻になり恐らく全員(あるいは8割?)の人が集まり、ニンゲンがマイクを持ってプレゼンを開始した。

「――聞いてくれ。私は遥か過去、および遥か未来からやって来た最初の人類『プリミティブヒューマノイド』だ。有り体に言えば、かつてこの地球には優れた文明があり、とても発展していたのじゃ(?)。で、色々あって私は未来へ飛び、人類の末路を知った。この悲惨な結末を変えねばならない、そう固く決意した。諸君らのよく知る神剣『ホホバオビシノ』も、重要なのじゃ(?)。やる事リストを明確にしよう。丁度この時代が運命の分かれ目、データーから私が独断した。と、いうのも要するに諸君らが七面倒(しちめんどう)に感ずる『妖魔』、これを放置すれば、いずれ地球は妖魔の星となり、住処を追われた人類は食糧もアレだし、反撃の意志もゆっくりと失われてゆく。そう、そこに立つ彼『ヒシヤ・トシ』が立ち上がらなければ」


「コイツは唯の腑抜(ふぬ)けだ」

 村1番の力持ちであり、丸太投げ大会で毎年優勝している征五郎(せいごろう)が茶々を入れた。

「あの日……本当はオレが選ばれるハズだった。選りすぐりの男たちの祭典『ビア・ガーディアン』にコイツは参加していなかったし、村の定例会議はもちろん、半年に1回のゴミ拾い大会にも不参加だし、夏祭りの準備もせんしスーパーで会っても目を合わさないしだし。にも関わらずソコの坊主はコイツを選んだ。なぜだ? ずっと気になっててたまに思い出して鬱陶しいんだが」


「どうぞ」ニンゲンは坊主に注目を集め、マイクを手渡した。

「オホン……えー、ご紹介にあずかりました、慧眼(けいがん)のカケラもない坊主です」会場から笑いが漏れる。

「そうですな、彼はいわば、純粋に奇跡を、不確かな力を信じている。『閉世界仮説』、という言葉がありますが、これは今現在『真』でないモノを『偽』とみなす考えでありまして、要するに彼はそれをそのままソックリ逆にしたような男なのです。対して征五郎くんは、いかにも力こそ全てといったいでたちで――」

 ヒシヤ・トシは坊主からマイクを奪い取った。


「そ、そうだ! 征ちゃんは昔っから……いけん事ばっかりして。腕相撲とかも『両手でやってもいいゾ』とか言って、負けないのがわかってる癖に、あの時も――」ニンゲンはマイクを奪い返した。

「えー、脱線気味なので話を戻そう。時間も押してるので簡潔に。まず、ホホバオビシノを掲げ、誓いの言葉『稲美(いねみ)っ! 好きだっ♪』と宣言してもらう。そしたら封印は解け、かくして神剣は真の力を取り戻すだろう」


 妹アイコ・トシは思った。この世界は終わった。兄が公衆の面前でそのようなコトをできる訳がない。しかし次の瞬間には言葉が飛びだす。

「ヒシャ兄! 腹ァ(くく)れ! なんで私が結婚を先送りにしてるかわかるか!? お前がそんなんだからだよ! ……イジメられてんだ私たち兄妹は。村を歩くたびに眉をひそめられたり、後ろ指さされたり、もううんざりなんだよ!」

「そ、そんなの俺だって……! わかった……やるぞ、やるぞやるぞやるぞぉぉお!!」

 会場が沸く。気を利かせた村の花火師のジュンが大玉を打ち出し、村人の視線がそちらに向かい皮肉にも勢いが削がれた。大汗と共に登場した氷屋のカカハルがカキ氷屋台を始め、肉屋のオボス/ボルス兄弟(双子)と焼きそば屋のシマおばさんも、これは負けてられないと、急ごしらえで屋台を設置した。アイコ・トシは綿あめを頬張(ほおば)りながら叫んだ。


「場がシラケる! はやくしろィ!!」

「こ、『こんなこと』になってすまない……だが頼む」

「ワシが見込んだ男だ、安心せい」

「もう一度『(オトコ)』を見せろ、トシちゃん!!」


 会場は最高潮に達していたが、なんか後ろの方で妖魔(犬タイプ)が暴れだしていた。悲鳴と波打つ人海がヒシヤ・トシの目に映る。


「ハァァ……『印呪鳳凰(いんじゅほうおう)結界』!」坊主が妙な術を使った。

「犬っコロがよォ!!」征五郎も丸太で応戦する。

「妖魔の肉ってのはよォ!!」オボス/ボルス兄弟も包丁を投げつけながら対応する。

「今しかない! やるんだ!」ニンゲンが『ホホバオビシノ』を手渡しながら耳元で叫んだ。


『い、稲美ッ!! 好きだっ♪!!』剣から煙が漏れ、女性の姿を作った。

「こ、これは『あの時』と同じ……成功したぞ! 『闇とかを切り散らかす剣・ホホバオビシノ』の復活だ!」続いて稲美と思われる女性は言った。


【ふふっ、大変ね、戦況は、見るからに。それにしても未だに妖魔が蔓延(はびこ)ってるのね。今スグにでも撃滅したいところだけれども、私自身に決定権は無く、命ぜられるコトによってしか力の行使ができないの。しからば指示を。ちなみに『悪霊(?)を(はら)ったり戻したりする力』を使えます】


「ふん……わかった。ならば命じる、あの妖魔を祓ってくれ」

【お安いあまりにも】

 8000ルーメンの光(車のヘッドライトの数倍)が手の平から放たれ妖魔の身を包んだ。壇上の全員が勝利を確信した。あと妖魔は元気に暴れ回っていた。

「……なぜだ!? 妖魔が祓われていないぞ!?」

【ふふっ汗】

「ふふではない。お前の力はウソだったのか?」

「くっ……『こんなこと』になるとは。ヒシヤ・トシ! ついて来てくれ!」


 ヒシヤ・トシとニンゲンと稲美は山へと走った(色々中略)。

「よし、空間座標固定処理を施しておいた。これでいつでもこの時代に戻れる。さて、説明済みだがもう一度。今からこのタイムマシンで『ある時代』へと向かう。私が『最初の人類』とされていた時代だ。とはいえ、このマシンを見ての通り今よりずっと優れた科学力を有しておるのじゃ(?)。驚くなよ? ま、そこで『ある事』をしてもらう。出発だ」ボタンポチ。

 ニンゲンの目には、何故か涙が伝っていた。


 * * *


「本当は……『こんなこと』すべきではなかった……」

「おい、どうなっている? 神剣は何処に……」

「『今』は、ホホバオビシノが創られるより少し前の時間なんだ」

「ヒシャ兄……ここは?」

「アイコ!? どうしてお前が!」

「船の脚にしがみついてたの。それよりホラ、最後のお米で作ったオニギリ。灰色のお兄さん(ニンゲン)も食べて」

「すまない、頂こう。あの村は大丈夫だろうか」

「ん? ああ、あの坊主が変な術で犬をどうにかしてたから多分大丈夫」

「ふん……安心の極み」


 3人はニンゲンの案内で最も発展した繁華街『アポポタミア』に足を進めた。


「!? ヒシャ兄……アレは……!」

「は、82時間営業のコンビニだと!?」

「「何という科学力だ/なの!?」」

「んふっ、お前らさぁ、驚くなって言っただろ? まだまだこんなモンじゃないけんさ、行こうぜ♪」


 その後、自動で動くマンボウの噴水(?)や、木に止まったカナブンを模した宿泊施設(?)、ホムセンの軒先にあったブドウ状みかん(?)、ひっくり返したザルのような10輪自動車(?)などを見かけ、一同盛り上がった。エターナル駄菓子屋(本店)でアイスキャンディーを買い、目的地に向かう。夏のような日差しが皆を浮き立たせた。


「着いたぞ、『竜王金物店』だ」

「いらっしゃいませ」

「あ、マスター。今大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

「「ド、ドラゴンだ――!」」

「あ、ははぁ〜、まぁね。お前らンとこさ、ドラゴンおらんもんなぁ……。はぁ〜、そうだよなぁ(得意げ)。あっ、それでさマスター。ちょっといいヤツ作って欲しいんだけどさ、いいよね?」

「大丈夫ですよ」

「えっと……この2人さ、結構後の時代から来たんですよ。で、妖魔がさ、結構厳しいみたいで。あ、そうそう覚醒機能付きで」

「はい、では明日の午前中に取りに来て下さい」

「っっし(?)」


 金物店を後にした3人は『ガイアノイノセクアタ市役所』へ続けざまに向かう。

「この時代からあったんだな」

「へぇ、なんかしみじみだねヒシャ兄」


「いらっしゃいませ」

「あ、『神剣持ち出し許可』の申請に来たんですけど」

「はい、ではあちらの用紙にサイズ、重量、使用用途等を記入していただき――」

「これ先やっとったら明日ラクじゃけん(得意げ)」

「「へぇー」」


 取り敢えずの安ホテルで一泊し、食堂で朝食をとっていた。

「エナ・コヒ・テイケン(コーヒー下さい)」

「そういえば、お前の名前は?」

「ほんまじゃね」

「ああ、『ドモリアス』だ。かつて私は、お前と同じように妖魔に挑んだ。ちなみに普段はソフィスト(家庭教師)をやっている。で、私は妖魔の根源を撃滅……したつもりでいた。あのホホバオビシノの力を用いて、完全なる勝利をおさめたと思い込んでいた。私は有給を使い、未来への観光旅行に出掛けた。そこで滅びてしまった人類、蔓延(はびこ)る妖魔を目の当たりにしたのだ」

「俺が……しくじったせいか……」

「自分を責めないでくれ。ホホバオビシノの真の力を目覚めさせる伝承が時の垣根を越えられなかった為だ」

「目覚めてもあのザマだったろう」

「ああそうだった。だが安心してくれ。今回の神剣はお前専用に発注している。そしてその力を持ってして数千年に一度現れると私が独断した『妖魔王』を討ち滅ぼすのだ」


 ヒシヤ・トシは震えた。それは恐れによるものではなく、必然の。村で(さげす)まれ、あらぬ中傷を受け、穀潰(ごくつぶ)しと(ののし)られ。――あの惨敗を(きっ)した日、村に帰還した彼を村人全員が責め立てた。地面にうなだれる彼の眼前に立っていたのは妹のアイコ・トシ。どうか兄を責めないで欲しい、お告げに頼り、兄1人を行かせた私たち全員の責任だと、大粒の涙をこぼしながら。ぼんやりとその光景を見ていたヒシヤ・トシは、震える妹の足に気がつき固く(まぶた)を閉じた。

 時を同じく、村の坊主が新たなお告げを授かった。『竜の血を引く男』が、『金色(こんじき)に輝く(つるぎ)』で妖魔を討ち滅ぼす……と。このお告げが、ドモリアスの長い時間旅行の努力の末にもたらされたモノだとは、知るよしもない。ちなみに坊主は何か気まずかったのでヒシヤ・トシには打ち明けられなかった。


「さ、時間だ。行くぞ」

「おいしかったねー」

「ふん……まあまあだ」


 一行は再び竜王金物店を訪れた。

「いらっしゃいませ」

「マスター、例のブツは」

「はい、そこに掛けてありますよ」

「(!? 何だあの剣は……全然金色(キンピカ)じゃないぞ!? もしやカラー指定を忘れていたか!?)」

 余談だが、しばらくして坊主に新たなお告げが授けられた。『やっぱ緑色の剣が妖魔を滅ぼす』……と。


「お気に召しましたか? ちなみに神剣とは、竜族の血を引くヒューマノイドが最も力を発揮できるのです」

「ちょ、マスター! 下ネタはダメだって!」

「ふん?」「どゆこと?」

「ホ、ホラ。漫画とかでそういうキャラがよく出るだろ? つまり……アレはそういう」

「あ、はぁー」「へぇ〜(照)」

 余談だが、ヒシヤ・トシは竜族とドモリアスの間に生まれた子の子孫である。


「よし、準備が整った。あとはお前次第だ」

「ふん……この上なく問題ない」

「ヒシャ兄ってさ、自信だけは一丁前だよね」ボタンポチ。

 タイムマシン渡航(とこう)中、ヒシヤ・トシが唐突に『稲美っ! 好きだっ♪』とか言い出し稲美が出現してしまい船内が激狭(げきせま)になったりしたが、問題なく元の時代に戻った。


 * * *


 祭りの片付けが終わり夕日が沈む頃、村民全員が曇天(どんてん)切り裂く船を視認、それぞれが腰を上げた。一同は再び役所の裏に集合し、征五郎が静かに近づく。

「よぉ、腰抜けトシちゃん」

「征ちゃん……」

「……村の警備は俺たち『ビア・ガーディアン』に任せてくれ。俺たちの育った村を、絶対に」

「……」

「いい顔ンなったな、トシちゃん」

「ふん……これからさ」征五郎はヒシヤ・トシの肩を叩き、持ち場へと向かった。続いて、坊主が歩み寄る。


「村の人たちに事情を話しておいた。……アイコ・トシよ、これを」

「綺麗……何ですか? コレ」

「『願い珠』だ。お告げに従い、10年前からコツコツ作っていたのだ。それはたった一度、ある程度現実的な願いなら叶えてくれる。もしもの――」

「おい、待て坊主」ヒシヤ・トシが割って入る。

「妹を戦いに連れて行くだと? 正気か」

「いや、私は行くよヒシャ兄」

「……ダメだ」

「これはさ、妖魔もそうだけど……私たち兄妹の戦いでもあると思うんだ。さっさと終わらせてさ、胸張ってお天道様の下を歩きたいんさ」


「安心しろ、私も同行する」ドモリアスも加わる。

「お前がそうであったように、私も深い自責(じせき)の念を感じている。もしあの戦いで妖魔を確実に滅ぼしていれば、『こんなこと』には」

「ふん……勝手にしろ。(すぅぅ……)『稲美っ! 好きだっ♪』」

【ふふっ、さっきぶり】

「始めるぞ、人類の滅亡を喰い止める、力を」

【言うまでもなく。ほら見て】


 稲美の指差す先、古来より神聖視されてきた山々。今は見る影もなく、おどろおどろしい気配に包まれている。喉元に食らいつきそうな殺気と、地の底を揺るがす(うな)り声が響く。

【間違いなく、あそこに】

「妖魔王……」

「私ちょっと、お花摘みに……」

「私はスーパーでアンパンを買う。お前も来るか?」

「あっちの『ヤマト円』とやらは使えないだろうからな。行くぞ」

【ごゆっくり】


「……私たちはいい友人になれた。違うか?」

 財布にお釣りをしまう変なタイミングでドモリアスが野暮(ヤボ)を突っつく。ヒシヤ・トシは黙って、月2、3回飲む程オススメの缶コーヒーを手渡した。

「これは? やるか?」

 煙草を吸わないかとジェスチャーで伝え、スーパーの裏の喫煙所に向かう。


「なぁヒシヤ・トシ。この戦いが終わったら――」山より響く唸り声にその言葉はかき消された。

「……ん? なんだどうした?」

「ああ、この戦いが終わったらお前の妹に――」(唸り声)

「え? アイコがどうした?」

「……だからな、その。あの(うるわ)しい(オゴォォォオ)――

を申し込もうかと」

「き(ホボォォォオ)」……。


「「いやうるせぇな妖魔王(あいつ)!?」」


「……行くか」「ああ」

 2人は煙草をもみ消し、拳を合わせた。


 * * *


「おっそ! なにやってたの!?」

「男の話さ」

「へぇ……(興味ゼロ)」

 流石に行こうとしていると、焼きそば屋のシマおばさんが息を切らしながらハァハァゼェゼェうるさく現れた。

「ハァァ……間に合ったァ……ハイこれ!」

 袋の中を覗き見ると、キレイにパックされた人数分の焼きそばが入っていた。

「みんなで食べんさい! ……アイコちゃんも、妖魔ブッ飛ばしたらさ、また昔みたいに店ン来てよね」

「おばちゃん――うん……うん!」

 アイコ・トシはその瞳を大きく滲ませた。一同は、村の大人たちの贖罪(しょくざい)の意識を肌で感じた。山の(ふもと)に差し掛かる頃、大きな花火が1つだけ上がった。


「さ、気をつけてくれ。文字通りここから敵の総本山だ」

「ドモリアスさんがくれた『プラネット・懐中電灯』の出番だね(25000ルーメン)」

「稲美、まずはその辺の妖魔で試し撃ちするぞ」

【りょ】

 数分後、懐中電灯のまばゆい光が妖魔の姿(狸タイプ)を(とら)えた。ヒシヤ・トシが命じた次の瞬間、対象は砂のように崩れ落ちた。

【ちなみに戻したりもできます】

 次の瞬間、砂が狸の形を作り、元気に暴れ出した次の瞬間、再び狸は砂となり崩れ落ちた。

「(この機能いる……?)」


 ――道中、稲美が色々と語ってくれた。まず、以前のホホバオビシノと今回の神剣に取り()いた自分は同一の存在であること。当然ドモリアスとの戦いも記憶しており、そのことに彼は目頭を熱くした。彼はてっきり、以前のホホバオビシノの存在は抹消されたかと思い込んでいたからだ。ちなみに稲美は、何か気まずくて言い出せなかったとか。続いてドモリアスが語り出した。


「――私はお告げもナシに自ら『神託の戦士』へと志願した。ヒシヤ・トシ、お前とは純度(?)が違うのだ。が、しかし……マスターが言っていたように、その剣は竜族の血が流れていなければ真の力を発揮しない。勿論私も承知の上で妖魔に挑んだ。ヒシヤ・トシ、お前よりかは体力に自信があるからな(得意げ)。事実、あの時妖魔の根源と思われる『なんか黒い(うず)みたいなヤツ』を撃滅した、ハズだったが」


「今更だがドモリアス。妖魔王を倒せば平和が訪れると、なぜ断言できる?」


「信じろ」「は?」

「信じろ」「は?」

【ああ、それはね――】


 ――稲美の話を要約すると、遥か未来、妖魔蔓延(はびこ)るこの地球。無謀(むぼう)なる賭けした男が居た。妖魔をタイムマシンに押し込め、遥か過去に送りつけたのだ。それは『プリミティブヒューマノイド』が現れるよりもずっと過去で、これにより人類は後に、妖魔という外敵を認知する。

 その頃の地球は竜族が大多数だったが、優れすぎちゃった英知のせいで自らの種族の滅亡を悟り、他へ託す流れに。ついでに『お告げ珠』なる物を作成し、大聖堂へと仕舞い込んだ。あと竜の魔力を込めた『神剣』の製造に力を入れた。

 次第に竜族の数は減り、ドモリアスの生まれた時代には両手で数えられる程に。様々な混血が試みられ、人類も生存に必死になった。その間、妖魔との小競り合いも必然。

 ある日、我慢の限界を迎えた人類の代表が『妖魔撃滅宣言』を発足。最も体力のある戦士を討伐(とうばつ)の旅に向かわせた。結果はドモリアスの語った通りで、失敗に終わった。

 妖魔がまだその辺を歩いていることに気がついた人類は、イキり立ってドモリアスを責めた。彼が地面にうなだれている頃、大聖堂に(まつ)られていた『ホホバオビシノ』の中に眠る稲美だけが、『お告げ珠』の声を聞いた。


【――今より5000年ぴったり後、ぴったりだ。で、その時妖魔を統べる『巨大な姿』が現れる。このチャンスを逃してはならない。いいか? ぴったりだゾ……と】

「……私の独断は……間違っていなかった(安堵)」

「お前マジか……」

「結界オーライだ。そうだろ? アイコ・トシ」

「お前マジか……」

「……結界オーライだ」

【まあ、この5000年の間は結構平和っぽかったケドね。お告げにも劣らない彼のデーターに、拍手のホドをお願いします】


 取り敢えず皆で焼きそばに舌つづみを打ち、決意を固くした。更に山頂を目指す一同は口々に語った。

「……焼きそば、うまかったな」

「ねぇ! ホントに!」

「また行こうぜまた!」

【いいなぁ私も味覚があれば!】


 * * *


 ――さぁ、いよいよ永きに渡る妖魔との因縁、その総決算が始まる。山頂を目指す全員が押し黙ってただ歩いた。と、いうのも妖魔王がうるさすぎて会話もままならなかったからだ。その咆哮(ほうこう)が響く度に顔を合わせ、眉間(みけん)にシワを寄せた。

 しかしながら、その(いただき)へと辿り着いた皆が困惑した。確かに『巨大な姿』があったのだが……。


「お前が――妖魔王か!?」

「うっそでしょ……」

「こ、『こんなこと』が……!」


 そこには竜王金物店店長『ドンドドボス』の姿があった。


「ククク……大変でしたよ、『妖魔王国家試験』をパスするのは……さぁ来い!」

「何がさぁ来いだ! 頭の整理がついていないんだコッチは」

「ちなみにタイムマシンを使ってズルをしてギリ合格しました」

「知らないよ!」

「さっきぶりですねドモリアスさん(感覚的には)。アナタは私が終始事務的に対応しているのに、いつもフランクな顔をして店内で会話をしてきますね。その結果新規のお客さんが寄り付かなくなり、唯一の神剣製造元である竜王金物店は、あの時点より数年後に廃業します」

「それは……言ってくれれば、その、改善を……」


「まあ、竜族は元より滅びゆく定め。なら最後に大きいコトでもしようかなと……今に至るワケなのです……さぁ来い!」


 釈然としないがヒシヤ・トシは稲美に命じた。妖魔王を祓い、平和を取り戻せと。その瞬間から妖魔王の足元が徐々に砂になってゆき、効果を実感した。

「グオオ……効いています……」

「う、うおおおお!」


 その光景を眺めていたアイコ・トシは思った。『なんか地味だな……』と。兄の人生最大の晴れ舞台を、こんなチンケな方法で終わらせてなるものかと、江戸っ子魂(?)をざわめかせ。

「ちょっとタンマ! 『願い珠』よ! ヒシャ兄にありったけの派手さを!」


 足が砂になりきり、妖魔王は体勢を崩しその長い首を地面にもたげた。要するにおあつらえ向きの準備が整ったのだ。ヒシヤ・トシが神剣『ホホバオビシノ』を掲げると、あたかも月と重なるように金色の光を放った。余談だが、村で結果を張っていた坊主に新たなお告げが届く。『やっぱ金色だったわ』……と。

「ヒシャ兄今だッ! その剣を店長の眉間付近にッ!」

「終わらせてくれ! ヒシヤ・トシ!」

「うおおおおお!!」


 激烈な光(8000ルーメン)と共に、神剣は見事に突き刺さり、更にまばゆい光が眩しかった(?)。


「グオオ……これ程とは……す、全ての妖魔に告ぐ。これより人間への危害を取りやめ、ペットとして暮らすように……いいですね……」そう言うと妖魔王は荷物をまとめてタイムマシンで去った。


【お疲れ様です】

「お、終わった……のか」

「ようやったヒシャ兄! さァ英雄の凱旋(がいせん)洒落(シャレ)こもうじゃァねぇか!」

「ああ、帰ろう、村に」


 * * *


 派手な歓迎を期待していたが、明け方だった為、村一番の働き者のシゲオル爺とコハルル婆しか居なかった。彼は持っていたクワを地面に突き刺し、ハグをしてきた。

「やったんかお前ら!? 妖魔のヤツとっちめたんか!?」

 ドモリアスはコッソリ撮っていたビデオを彼に見せた。

「おおやっとるやっとる! なぁばァさんコレ!」

「おぉ〜、ええねぇ」

「ちゃんと動画ァ、動画サイトにあげとくんぞ!」

「あ、ハイ」


「……決戦より疲れたな」

「まあまあ、梅干し貰ったし」

「うん、いい塩梅だ。ヒシヤ・トシ、スーパー(24時間営業)で米買おうぜ♪」

「また俺の奢りか……」


「よぉ、トシちゃん」

「……ふん」スーパー裏の喫煙所でコトをなしていると征五郎が現れた。

「妖魔は……急に大人しくなった。やったんだな? トシちゃん」

「言うまでも。(すぅぅ)『稲美っ! 好きだっ♪』」

【そゆこと】

「アンタたち(稲美とドモリアス)にも感謝するよ」

「ふ、私は見てただけさ」

「村の坊主が呼んでた。落ち着いたら顔を出してやってくれ」

「征ちゃん」

 ヒシヤ・トシは拳を差し出し、彼は応じた。朝日を背に、征五郎は照れ臭そうに去った。


「お主ら、よくやった」

 村の大聖堂に着くと数多の坊主の中から代表の坊主が出てきた。

「妖魔王が去ると同時に、お告げを知らせる珠が砕け散った。きっと長い役目を終えたのだろう。……それでな、中からこんなものが」

「これは?」

「珠が砕ける直前、こう言った。『今から真・願い珠を出しまーす! 1番の功労者にあげてね!』……と」

「ヒシヤ・トシ。勿論お前に資格がある」

「ワシもそう思う」

「やったじゃんヒシャ兄!」

「……」

「……ヒシャ兄……?」彼はワナワナと震え、こう言った。


「……え? マジ? へぇぇ、そっかぁ――。はぁぁ『稲美っ! 好きだっ♪』。願い珠よ、稲美を人間にし、俺と結婚させてくれ!」願いは叶った。

【そんじゃまあ、よろしく】

 ドモリアスは思った。『この流れならイケる!』と。

「……アイコ・トシ! あ、実は私も……お前がその……結婚して下さい!!」

「いや、それは……」

「…………」

「うむ、一件落着だな。皆の衆、式の準備を!」


 * * *


 ――暗雲晴れ、盛大な式と祭りは三日三晩続いた。英雄を(たた)えるその神剣は、大聖堂へと納められ永遠の輝きを放っていたという。妖魔は約束(?)通り人間の友となり、お互いがお互いを助け合った。更に1週間が経ち、2日酔いから目覚めたドモリアスが口を開いた。


「私はじゃあ、帰る」

「おっ、見送り行くわ」

「着替えるけんちょっと待ってね」

【昼どうする? 焼きそばにする?】


「俺は正直、あっと言う間に英雄となったワケでその、実感がな」

「ドモリアスさんが来て2日で世界救った感じだもんね」

「ああ、私は行ったり来たりで、随分と長い間旅をしていた。全く地味な作業だった。伝承を継ぐ為にそこら中を飛び回っていたワケさ」


「……また会えるな?」

「ふっ、『吉報』でも持ってまた来るさ」

「ドモリアスさん……結婚断って、ゴメンね」

「あっ、ああ。気にしてないさ。――オニギリ、おいしかったよ」

「元気でね……」

【んじゃまた】


 * * * * * *


 光と共に、その船は姿を消した。一同は皆(うつむ)き、静かに涙した。ちなみに3日後にドモリアスは帰ってきた。



 ――その昔、神聖なる峻嶺(しゅんれい)、その(ふもと)に平和な村があった。なびく稲、豊富な野菜直売所、24時間スーパー。それらが『ある男』の努力によってもたらされたモノだと、人々は知らない。

 村の山際、小さなオンボロ小屋に、仲睦まじい兄妹と、美しい妻が居た。神剣に誓われた愛は、きっと誰にも切り裂けないであろう。

 時折、彼らの家を訪れる『ニンゲン』と『巨大な姿』があった。強い日差しの中、彼らを眺めていた農夫が呟く。


「ははっ、ばァさん見てみろアイツら。まるで親子じゃねェか」

「ありゃまぁ、ほんまねぇ」  〜終幕〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ