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7・御剣走、少林寺拳法2級昇級試験。

「真弓!おはよう!

俺、今日…少林寺拳法の昇級試験なんで!!」



メッセージを打ちながら、なぜか読み上げる様に声まで出してしまう。



「走、神鷹さんを呼び捨てにするのはヤメなさい!

それと、ちゃんと敬語を使いなさい!」



「お母さん、ちょっと黙ってて!

俺は今、集中してんの!」



お母さんの呆れた顔が視界の端に入ったが、今それどころじゃない俺はお母さんを無視してメッセージを打ち続ける。

打っては消し、また打っては直し。


いざとなると真弓に何とお願いして良いやら思いつかない。


真弓に、面倒な事を言うんじゃねぇとか思われたくもないし!



「おはよう。ママ、走。

走は朝からテンション高いね。試験前だから?」



「おはよう、パパ。

この子さっきまで、この世の終わりみたいな顔していたのよ。

神鷹さんからメッセージ来たからって浮かれちゃってんの。」



頭に寝癖のついたお父さんが起きて来て、お母さんが呆れたように説明をする。

お父さんは「ああ」と納得した顔をして、先に顔を洗いに行った。



「よかったら、真弓に応援して貰いたいです!!送信!!」



「あんたねぇ、神鷹さんを呼び捨てするのやめなさいって!」



お母さんが横槍を入れるから、うるさい……。

お母さんだって、コンサート行った時に自分の好きなアイドルを呼び捨てにしてるじゃん。

それに、ちゃんと敬語使ったし。



「すぐ返事来るとは限らないんだから、早くご飯済ませて出掛ける支度しなさいよ!」



そうは言われてもメッセージを送った余韻に浸りたいと言うか…

この頑張ってやり遂げた感のせいで、俺はすぐにスマホを手から離せずに画面を見たまま静止状態になっていた。


一分経たない内に既読がつき、すぐにメッセージが返って来た。



真弓▶頑張って来い



たったの6文字。

それは真弓が俺を応援してくれて、俺の為にわざわざ時間を割いて指を動かして打ってくれたメッセージだ。

たったの、ではなく6文字も!だ。


それが胸の中に、波紋の様にじんわりと暖かさを拡げていく。

嬉しくて堪らない。

思わず本音が口から漏れてしまう。



「真弓が俺のタメに……ヤッベ、嬉しくてニヤける。」



顔を洗って服を着替えたお父さんがテーブルにつき、朝食をとり始めた。



「走、早くご飯食べて支度しないと遅刻するよ?

試験、落ちたくないだろ?」



トーストを手に持ったお父さんが、苦笑しながら言った。

俺はスマホの時計と、ダイニングにある時計を見て「ヤベッ」と声を出して急いで朝食をとり始めた。



試験を受けて、真弓に受かったと報告をしたい。

そうしたら……

真弓は、ほめてくれるだろうか?






試験会場となった施設には、お父さんと一緒に来た。

お母さんは今日、どうしても外せない用事があるとか言って、友達と出掛けた。


今日が最終日だから、スイーツバイキングに行かせて下さい!とお母さんがお父さんにお願いしていたのを俺は知っている。


お父さんはお母さんが大好きなので、これくらいのワガママは笑顔で聞いてしまう。



「お土産忘れないでね。アレだと嬉しいなぁ。」



と、お父さんはお母さんに言っていた。

お母さんは、ニコニコ顔のお父さんと対照的にグッと眉間にシワを寄せ「あ、アレかぁ…」と呟いた。


アレって何だろう。



おしゃべり好きなお母さんには、おしゃべり好きな友達が多いから、今日一日甘ったるいモノを食べておしゃべりしまくってくるんだろうな。



「よし!行ってくる!!」



試験会場には保護者も入れない。

俺の拳士仲間の親と一緒に、お父さんには待合室で待っていて貰う。



「走!朝メッセージ無視したろ!」



「そうそう、既読スルーしたよな!」



「寝起きでボーッとしてたんだよ、俺あまり寝てないし。」



「えっそんなんで試験、受けんの!?」



同じ道場に通っている俺の拳士仲間は三人。

年は同じだけど、俺とは違う学校から来ている。

もう、数年一緒に頑張って来た仲間だ。


一番長く通っている俺は今3級だが、三人は俺より級が低い。



「受けるし、絶対に合格して昇級する。

何か、いい事あるかも知れないしな!」



真弓に「おめでとう!」って言って貰いたいし。

今はもう、それしか頭に無いし!

そのために凄い頑張るつもりな俺は、気合を入れ直す様に茶色の帯をグッと強く締めた。



「いい事かー、俺、今日昇級したらご褒美あるんだよね。

前から欲しかったゲーム機買って貰えるんだ。」



「俺もご褒美アリ。

今日、合格したら来週旅行に連れてってくれるんだ。

ぶっちゃけ、落ちても旅行は連れてってくれそうだけど。

もう予約してあるっぽいし。」



俺は拳士仲間二人の言う、ご褒美という甘美な単語に妙な衝撃を受けた。


想像してしまったのだ。

真弓が俺に、何かご褒美をくれるのではないかと。



「ご褒美って!?ご褒美って…!

ご褒美、俺にはナニしてくれんのかな!!!」



寝不足気味の俺は、ちょっと思考が暴走気味なのかも知れない。

誰にというわけじゃないが、おかしな質問をしてしまった。



「いや、知らねーよ。走が何のご褒美貰うかなんて。

そんなもん直接親に聞けよ。」



当然と言えば当然な答えが返っただけだった。







「お父さん!!合格した!!

俺、2級になったよ!!」



「そうか、良かったね走!

お母さんにも、報告しなきゃだね。」



お父さんがそう話している横で、俺は既にスマホを開いてメッセージを打っていた。


真弓に。


お父さんが俺のスマホの画面を上から覗き込み、力無く「あぁ…」と呟いた。



「走、お母さんに先に報告した方が……。」



「スイーツ食べながら友達とおしゃべり中のお母さん、メッセージになんか気付かないよ。

お父さんが送ってみてよ。」



俺にそう言われたお父さんが片手で俺より早くメッセージを打ち、すぐにお母さんに送信した。

だが………



「…………なかなか既読にならないね。」



「でしょ?

おしゃべり中のお母さんは、特撮を見ている時のお父さんと同じだから。

没頭しちゃってる。」



俺は、真弓にメッセージを送りたいのだが、何て送って良いか分からずに頭を悩ませていた。


試験を受ける前までは、合格したらそれだけを伝えるつもりだった。

それで真弓に「おめでとう」と言って貰える。

それだけで俺はメチャクチャ嬉しいのだから。



だが、友達がご褒美なんて禁断のワードを俺に言ったせいで欲が出てしまった。


真弓に嫌な思いはさせずに、俺に何かご褒美をやろうと思ってくれるような言い回しは無いかと。


真弓からの、ご褒美が欲しい!


新しい写真撮らせてくれたり、俺とツーショとか…

ツーショット!

それ、欲しいな!撮らせてくんないかな。


それっ…サイコーなんだけど!!



ブブッとスマホが震え、真弓にメッセージを送れずに手が止まっていたままの真弓のページに、真弓からのメッセージが先に入った。



真弓▶試験合格だってな



「ちょっ……!!

何で、俺が言うより先に真弓が知ってんの!」



スマホを両手で持ったまま、わぁぁ!と大袈裟な位にショックを受けた状態の俺の隣で、しれっとお父さんが頭を下げた。



「ごめん、お母さんがメッセージ見てくれないから、走が合格したこの喜びを誰かに伝えたくて、つい。」



「だったらジイちゃんか、バアちゃんに伝えれば良かったじゃんかー!」



俺が!俺が真弓に伝えたかったのにぃい!!

お母さんは俺をからかうのが好きで、時々ワザといらん事をしたり言ったりするけれど

温厚なお父さんは俺が嫌がる事を滅多にしない。


ただ、たまに天然過ぎて、素でこうやっていらん事をやらかしてくれたりする。


そこには悪気は全くなく…だからもう文句を言ったって、やらかした本人のお父さんが落ち込むだけだからどうしょうもない。


どうしょうもないけど、俺のこの気持ちはどうすりゃいいのさ!

無意味と分かっていても大声をあげずにはいられない。



「うわぁあ!!お父さんっ…!

真弓には、俺が自分でっ……」



「ご、ごめんな、走…。」



俺の合格を喜んでくれたお父さんを責めても仕方が無い。

仕方が無いんだけど………この悔しさを口に出さずには!!



ブブッ━━スマホが振動した。



俺は真弓のメッセージを既読スルー状態だった事を思い出した。


慌てて画面に目を向ける。



真弓▶おめでとう


真弓▶頑張ったな


真弓▶ん?見てねえのか


真弓▶いや既読ついてるな


真弓▶忙しいなら返事はムリすんな


真弓▶そうだご褒美やらねーとな


真弓▶勝者のお前に俺がキスとか


真弓▶なぁんてな


真弓▶まぁ何か考えとくわ



「キッ…!!!!」



連投されたメッセージの中の一つの単語に目を奪われる。


「キス」


それはご褒美の品目として一切、想像していなかった。

真弓も、冗談で言ったのだと分かっている。


だけど真弓の方からその単語を出した事で、俺の頭の中に明確にそれがご褒美の品目の筆頭に上がってしまった。



でも、これを本当に欲しいなんて言ったら駄目だ。

冗談を真に受けるなんて、真弓に気持ち悪いガキだって思われる。


俺は、急いでメッセージを打った。



俺◁うん合格した!

俺◁真弓、ありがとう!


俺◁ご褒美くれんの?やった!でもキスぅ?

  オッサンのー?あ、でも

  ラファエル皇子だと思えばアリかもな!


俺◁なぁんてな!!



真弓の言葉と同じく「なぁんてな」を使い、少しフザケた感じを出して、それでも全否定はせずに濁した。

バカバカしいとは分かっていても、その……可能性を自分で完全に、消したく無かった。

キスは絶対、いらないなんて断言したくなかった。


真弓▶キスは忘れろ


真弓▶だがまぁそんなにラファエル皇子が好きなら


真弓▶俺とデートするか?



「デッ……!!!!」


俺はスマホを掲げる様に両手で高い位置に持ち、次から次へと魅惑的な単語を投げつける真弓のメッセージに言葉を詰まらせた。


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