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2・御剣走10歳。初めての大失恋。

リーリーリー……カナカナカナ……


秋の虫の鳴く声がうるさい。


俺はぼぉっとしたまま、薄く目を開いた。

木の板の天井が見える。

障子が閉められており、夏の夕方前の日射しが遮られており部屋の中は少しだけ薄暗い。

紐のぶら下がった四角い箱みたいな中に入った電気の輪っかは消えている。


見知らぬ部屋の天井を見ながら布団の上で目を覚ました俺は、身体に掛けられたタオルケットをめくった。


Tシャツが脱がされており、脇の下に濡れたタオルが当てられている。

額には冷感ジェルが貼ってあった。


ぐるりと首を回して部屋の中を見る。

俺の家には無いタイプの部屋。

部屋の中は草みたいな匂いがする。


ベッドでなく地べたに布団が敷かれてるし、丸くて低いテーブルがある。

お父さんが、こういうのをちゃぶ台って呼ぶって前に言ってたっけ。

ウチには無い障子がある。ふすまがある。

前に家族で行った温泉旅館の「和室」って部屋みたい。


少し離れた位置に俺のランドセルと畳んだTシャツが置いてあり、その隣では扇風機が回っていた。


珍しい造りの空間に感心していると突然、カラッとふすまが開いて、ぬうっとオッサンが部屋に入って来た。



「目が覚めたか、ボウズ。」



デカい!ゴツい!無精ヒゲに部屋の中でもサングラス!

金髪を後ろで縛ってて、何か外国人みたいにも見える。

筋肉ついててタンクトップ着てても胸板とか凄いの分かる!

見た目がコワい!悪そうなヤツにしか見えない!


外国の映画で銃とか持って出てくる悪い奴みたいだ!



「ゆっ、誘拐犯!!俺をどうする気なんだよ!!

ッッぁいたっ!!」



俺の横にしゃがんだオッサンに、いきなりデコピンされた。



「どうする気は、俺の台詞だ。

人んチに押し掛けて玄関で大声で騒いで、扉を開けりゃいきなり目の前で熱中症でダウン。

すげぇ迷惑な奴はお前だ。

お前、何がしたくて、どうする気でココに来たんだよ。」




「俺は神鷹真弓にぃ!

ラファエル皇子に会いに来ただけなのにぃ!」



ここに来た理由を問われて、ハッと思い出した。

恋い焦がれたラファエル皇子が居なかった事。


それどころか、見ず知らずの外国人の悪い奴みたいなオッサンにデコピンされた。


悲しくて悔しくて、普段泣いたりしない俺がじわっと涙を滲ませてしまった。



「ラファエル皇子?こりゃまた懐かしい名前を出したな。

そうか、ボウズはメタトロンのファンかよ。

それにしても20年も前の作品を、まさか、こんなボウズが見てるとはな。」



「20年…前?」



俺は言葉を失った。

天界仮面騎士メタトロンを見たのは、俺が小学一年生だった頃だ。


でもあれは…よく考えたら当時放送されていたものではなかった。


そう言えば……あれは特撮好きのお父さんが持っていたDVDコレクションの中のひとつ…。



「ええ…ええ?ええー…!?」



「天界仮面騎士メタトロンは20年前の作品だ。

出演していた俺が12歳の頃だな。

お前なぁ…メタトロンに出ていた女子高生のヒロインが、今、お前と同じ位の娘と母娘共演して飲料水のCM出てるだろうが。」



「知らない…

テレビ……特撮以外、ほとんど見ないから……。」



消え入りそうな小声で呟いて首をゆるゆると横に振る。

俺はショックのあまり、小刻みに震えていた。



理想と現実が違うなんてよく聞く話だから、神鷹真弓が俺の理想のままキレイなお兄さんになってるとは限らなかった。


…ってのは分かる。


でも、こんなごっついコワモテのオッサンになってるなんて思わないじゃないか!!


しかも20年て…20年って!!


ジワっと涙が滲む。

ラファエル皇子役の神鷹真弓は、俺の初恋の人だった。

恋い焦がれたあの人に会う事は、もう二度と無いんだ。


今、俺が世界中を一瞬で飛び回れたとしても


あのラファエル皇子は地球上のどこにも居ない。



「ウチの前で熱中症で倒れた小学生を保護したと、さっきボウズの学校に連絡した。

ボウズの親御さんがじきに迎えに来るそうだ。

汗だくだったTシャツも乾いたし、それ着て大人しく待ってろ。」



オッサンは、畳の上でしゃがんでいた身体を「よっこらせ」とジジ臭い掛け声を出して立ち上がらせると、大きなコップに入った氷入りの冷たい麦茶をちゃぶ台に置いて部屋を出て行った。



「……っく、…ひっく……ラファエル皇子……

やっと…やっと会えると思ったのに……」



こんな失恋て、ある?ひどくない?


俺は両手で大きめのコップを持って、麦茶をガブガブ飲みながら涙をこぼし続けていた。






「すみませんでした、うちの息子が大変なご迷惑を……。」



日が沈み掛けた頃に、俺を迎えに来たのは仕事帰りのお父さんだった。


お父さんは遠慮しがちに、それでもやはり神鷹真弓が気になるのか、チラチラとオッサンの顔を何度も見ていた。



「いえ、お父様の趣味だと聞きましたが、彼が昔の作品に出ていた僕のファンだと言ってくれて、とても嬉しく思いました。」



僕だって?

そんな外国人のチンピラみたいな姿をしていてボク!?

ヘイユーとか、ガッデムとかの方が似合いそうなのに僕!

似合わねぇー。


言葉遣いだけ丁寧になったって、ずっとサングラス掛けたまんまだしガラ悪いまんまだよ。



俺はオデコに冷感ジェルを貼ってお父さんの横に突っ立ったまま、ボーっと無表情で神鷹真弓の顔を見上げた。

どう見ても、ただのガラの悪いオッサンだ。



「では神鷹さん、また日を改めてお礼に伺いますので。」



「いえ、お気になさらないで下さい。」



大人のやり取りって面倒くさい。

もう、どうでもいいや……。


俺は神鷹真弓の顔を見ていた目をフイと外に向けた。



「ラン君、御剣走くん。これを君にあげよう。

いらなかったら捨てていいからな。」



オッサンは、俺の前に一枚の写真を出した。


それは子役のラファエル皇子と大人のラファエル皇子のツーショット写真。

神鷹真弓と城之内ヤスヒロが同じ皇子の衣装を着て二人で並んでピースしている写真だった。



「ラファエル皇子役で手持ちの品はこれしか持ってなくてな。

一応サインも入れといた。貰ってくれ。」



俺は震える両手で、賞状のように丁寧に写真を受け取り、その写真に写る神鷹真弓を見た。


メタトロンの番組の中では見せなかった、笑顔のラファエル皇子の綺麗さにクラっとなり、思わず顔を赤くしてしまう。


俺は、はわわわとおかしな声を出しながら変な顔をして写真に見入ってしまった。



やっぱ神鷹真弓はキレイ。

とてもキレイで…こんなに可愛いなんて。


好き、やっぱり彼が大好きだ。


写真の中の彼の瞳に吸い込まれそう。


水色とも、灰色とも言える不思議な色合いの………



「ハハッ喜んで貰えたようで何よりだ。」



写真に集中し過ぎていた俺の頭にポンと大きな手を置かれて、反射的にオッサンの顔を見上げた。


ロイド眼鏡って言うらしい丸いレンズのサングラスの向こう側に、ラファエル皇子と同じ水色で灰色っぽさを持つ不思議な色合いの目が嬉しそうに細くなって笑っていた。


わぁ、キレイ…………



「良かったな走!

ほら、ちゃんと神鷹さんにお礼言って。」



「えっ!?あ、うん!ありがとう!またね!

神鷹真弓オジサン!」



お父さんに促されて慌て気味にお礼を言ったはずみで、友達の家から帰る時に友達と友達の親にする挨拶が出てしまった。


しかも友達のお父さんに言うノリでオジサンと言ってしまった。


神鷹真弓が少しズリッと片側の肩を落とした。

それから苦笑して頷き



「あぁまたな。気が向いたら、また遊びに来な。」



なんて言ってくれた。

もう、ここに来る理由なんて…ホントは無いんだけどさ。





俺は迎えに来てくれたお父さんと家まで歩いて帰った。


日は落ち掛けて気温が下がり、学校から神鷹真弓の家までダッシュで走った時よりも随分と涼しく感じた。



「まさか、走が今も神鷹真弓くんのファンを続けているとは知らなかったなぁ…。

真弓くんが大人で驚いたろ?

メタトロンが、お父さんが高校生の頃の作品だって教えてなかったからね。」



「大人って言うか…オッサン過ぎて驚いた。

変わり過ぎだよ。

金髪の前髪長くてたてがみみたいだし、ヒゲは生えてるし、身体はでかいし…ムキムキだし。

ゴリライオンみたいじゃん。」



「ははは、真弓くんはハーフだからね。

アメリカ人のお父さんが、身体の大きな軍人さんか何かだったらしいよ。」



へぇ、そうなんだ。

俺はお父さんに返事はせずに一回コクンと頷き、貰った写真を眺めた。

キレイなキレイな子どもの頃の神鷹真弓。

今はゴリライオンだけど。


でも…目は変わってなかった。

優しくて、キレイな目……



「お父さんが神鷹真弓を呼ぶ時は真弓くんなんだ……

真弓さん…真弓お兄さん…真弓おじさん…真弓のオッサン…」



俺は神鷹真弓を何て呼ぼう……。



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