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20・神鷹さんチの縁側の人。

「…お、おはよう真弓。」


「…………………少し早ぇ。」


日曜日の朝、9時40分。

俺は真弓の家の前に居た。


9時半に起きると言っていたし、もう起きるだろうと9時20分には家を出た。

自転車には乗らずにリュックを担いで走って来たのだけれど…。


9時半を少し過ぎた辺りで到着してしまい、真弓との約束の時間までは玄関前で大人しく待つ事にしたのだけど…。


目を覚ました真弓がトイレに行く際に、玄関前に居る俺に気付いてしまった。


乱れた金髪で着流しの前に片手を突っ込んだ真弓が、カラカラと引き戸を開けて俺を見るなり、早いと言った。


うん確かに早い。

でも約束の時間まで家に居る事が出来なかったんだ。


早く真弓に会いたくて姿を見れなくても近くに行きたくて。


だから真弓の姿を見れた俺は嬉しさに、自分でも分かるほどのメチャクチャいい笑顔を綻ばせたが、今起きたばかりだと言わんばかりの真弓のボーっとした顔を見て、さすがに悪い事をしたなと思った。


「約束の時間まで、ここで待つからいいよ。

早く来過ぎた俺が悪いんだしさ。」


「子どもを外に立たせっ放しなんて体裁の悪い事をさせんな。

ただでさえ、ご近所さんの一部からはガラ悪くて怖そうとか言われてんのに。

ほら、入れ。」


やっぱり、そんな風に見られたりしてるんだ。

真弓は優しいのになと思いつつ、いっそ怖い人だと思われたまま誰も真弓とお近付きにならないで欲しいと思う。


真弓が人との交流の幅を広げる事に不安になり、嫉妬してしまうなんて。

俺って、なんて心の狭い奴なんだろう。


そんな風に考えたら、約束の時間より早く戸を開かせた事も今更の様に申し訳無くなり、玄関に足を踏み入れるのも何だか気が引けてしまう。


「ガキがいっちょ前に遠慮なんかしやがって。

初めてウチに来た時の厚かましさは何処行った。

らしくないだろ、さっさと入れ。」


頭に手を置かれてグリグリと強く撫で回されながら玄関に引っ張り込まれた。

俺まで寝癖だらけの起きたばかりみたいな頭になった。


「じゃあ、お邪魔しますー。」


玄関で靴を脱いだ俺は板張りの廊下を入ってすぐの茶の間という部屋に案内された。

いつも通されていた寝室の手前、初めて通された部屋だ。


部屋に置かれた丸いちゃぶ台は見覚えがある。

これは真弓の寝室に置かれていた物だ。


1人暮らしの真弓は普段の生活に寝室だけを使っているのだろう。

茶の間は1人で使うには余りにも寒々しい。


「悪い、タバコ吸って来る。

茶でも飲んで待っててくれ。」


「え?ここで吸えばいいじゃん。」


「子どもの前では吸えん。

煙は身体に良くないからな。」


前に真弓の家に来た時に、真弓が口にタバコを咥えて火も点けずにプラプラさせていた事を思い出した。

あの時、咥えてしまったタバコに火を点けるのを我慢してくれていたんだと知った。


真弓が麦茶の入った大きなグラスを持って来て、ちゃぶ台に置いた。


寝室で吸って来る、と真弓は茶の間を出て行った。


………俺の事を思って、俺の前でタバコを吸うの我慢してくれてたんだ。

昨日のデートの間も、俺のためにずっと我慢してくれていた。


何なの?何なんだよ!優しすぎるだろ!

俺のためって!!

あー駄目、もー駄目、好き。

もう真弓を見たい。今すぐ見たい。


俺は茶の間を出て廊下に立ち、すぐ隣の寝室の襖を開けた。

扇風機が首を振りながら回っており、ついさっきまで真弓が寝ていた布団が敷いたままになっている。

敷き布団の上に寄ったシーツのシワを見て真弓の寝姿を連想し、ドキッとしてしまう俺は危ない奴かも知れない。


寝室の奥、閉められた障子の向こうには縁側があり、そこに真弓が居る。

俺はそーっと寝室に入って障子に近付いた。


障子の向こうの板張りの狭い廊下……縁側で真弓はタバコを吸っている様だ。


俺は、そーっとそーっと障子を開いて真弓の姿を覗き見た。


真弓は大きな窓を開いて縁側に座り、着崩れた着流しのままで開いた片足をもう片方の足に乗せて気だるげにタバコを吸っていた。


色気があるって、こういうのを言うのだろうか。

様になると言うか…何と言うか………やらしい!!



「こら、煙を吸ってしまうから障子閉めろ。」


俺が居る事、気付かれていた。

少し間を置いて、タバコを吸い終えた真弓が障子を開けて縁側から寝室に入って来た。

俺は真弓がタバコを吸い終わるまで、寝室で待っていてしまったのだが…。


着流しの前がはだけて胸もとと片足の太ももがモロ見えになっている。

やらしい…エロい…抱きつきたい。


俺が余りにも真弓をガン見するもんだから、真弓が自分の身体や着流しのニオイを嗅ぎ始めた。


「タバコ臭いか?着替えるから茶の間で待ってろ。」


着替える!?脱ぐの!?着替えるトコ見たい!!!

……とは、さすがに言えずに無言で頷いてしまった。


しずしずとおしとやかに茶の間に戻った俺は、ちゃぶ台の上に両肘を乗せて頬杖をつく。


今、見たばかりのタバコ吸う真弓の姿と、着崩れした着流し姿の真弓を記憶に刻みつける。


忘れたくない。写真撮りたかった。抱きつきたかった。

俺、変態か。ヤバ。



「待たせたな。」


襖を開けて、白いタンクトップにジーンズの真弓が部屋に入って来た。

髪を縛り色の薄いサングラスを掛けた真弓が俺の隣に腰を下ろした。

顔を洗って来たばかりの真弓のチョロンと垂れた前髪や、耳の近くの、髪だかヒゲだかもみあげだか分からない部分がまだ濡れている。


「………ナニしてんの、お前。」


「………ご!!!ごめん!!!」


俺、無意識で真弓の濡れた髪を指先で摘んで、真弓の耳に掛けていた。

真弓の声で我に返って、これでもかという位に慌てふためく。


「チョロンってなってんの気になって!

濡れたチョロンがさぁ!なんかさぁ!」


何の言い訳だ、そりゃ!!

いや、言い訳にすらなってないんじゃないかコレ!


「あー分かる分かる。

俺もお前のグチャグチャな寝グセ気になるし。」


真弓は俺の頭をグリグリと撫で回し、立ち上がった。


俺の頭がグチャグチャなのは、真弓が何度も撫で回したせいだと思うんだけど。

なんて考えながらも、真弓に撫で回されて嬉しい俺には文句などある筈もなく。

俺が真弓の髪に触れた事も特にお咎めが無くホッとした。


「もう、作るの?アップルパイ!」


俺も真弓に次いで立ち上がり真弓の後についていく。

真弓は俺を連れて台所に行き、リンゴを出した。


「皮剥けるか?ピーラー使っていいぞ。」


「剥けるけど……エプロンとかつけないの?」


真弓が「えっ?」って顔をした。

その顔を見ただけで、あ、しないんだと分かった。

料理をする人が必ずしもエプロンをするワケじゃないし、いいんだけど。

そう、別にいいんだけどさ……真弓のエプロン姿を見たかった。


「エプロンなんか持ってねーよ。お前は持ってんの?」


「持って来た。夏休み前に家庭科で作ったのを。」


俺は居間に戻り、リュックの中からエプロンを取り出して台所に戻った。

俺が手にしたエプロンを色んな角度から見て、真弓がほぉと感心したような声を出す。

真弓がエプロンの首に掛ける紐の部分を持ち、俺の首に掛けようとした。

俺は真弓の顔に焦点を合わせたままで身体が固まる。

真弓の顔から目を逸らせなくなった俺は、俺の首やうなじ、むき出しになった俺の肌に触れてくる真弓の手の感触に段々と動悸が激しくなる。



「ッッ真弓!?くるし……ギュえー!」


エプロン紐を俺の首に掛けた真弓は、そのまま俺の両腕の下に手をくぐらせて、正面から抱き締めるような格好で腰紐を結び始めた。

抱き締められて嬉しいと思うより先に、コルセットかって位紐をキツく結ばれかけて苦しみを味わった。


「ドラゴン柄。ハハハ!お前らし!似合うな!」


真弓の手によってエプロンを装着された俺は、流しの縁に手を置いてゼィゼイと呼吸を整える。


「紐、キツく結び過ぎなんだよ!

絶対に仕返しする。真弓もエプロン買って。」


「仕返しの為にエプロン買えってか?やなこった。」


口元を手で覆って隠しながらも堪えきれずにククッと笑いを溢す真弓を、俺が口を尖らせた顔で睨みつけた。


頭の中に、じゃあエプロンを買わなくても仕返しはしてやるって言葉がパッと浮かんだ俺は、それを口に出す寸前の滑り込みセーフ!ってぐらいぎりぎりで言葉を変えた。


「じゃあ、仕返しはしないから真弓もエプロン買って!」


「あぁ、それならいいぞ。

また一緒に何か作る時に使えるしな。」


微笑した真弓が、包丁でリンゴの皮を剥き始めていた。

真弓の前のまな板の上に、剥かれたリンゴの皮がクルクルと円を描く様にたまっていく。

俺はそのクルクルとたまる皮を見ながら無言になってしまった。


…………ズルい。真弓はズルい。

大人な真弓は俺を子どもだと思って、本気かどうかも分からない軽くあしらう様な返事をする。

真弓がなんの気も無しに軽く口にした言葉が、どれだけ俺の気持ちを掻き乱しているかも知らない。


俺ばっかり真弓を好きになっていく。

もっともっと好きになってしまう。


凄くズルい…。


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