19・神鷹真弓、直球好意に免疫力低下中。
「走、ご飯食べて来たんだっけ。
じゃあ、お風呂入って今日は早目に寝なさいね。」
食いしん坊なお母さんが鼻歌を歌いながら、お父さんが座るリビングのソファに座った。
明日は日曜だからか、珍しく二人でお酒を飲んでる。
食いしん坊なお母さんは明日のアップルパイがよほど楽しみなのか、お酒も入ってかなりゴキゲンだ。
俺は二人のイチャイチャを邪魔しないよう、その場を離れる事にした。
「はぁい。じゃ、お風呂入って来る。」
パジャマを用意して浴室に向かう。
風呂に浸かりながら今日の真弓を色々思い出したりすると、顔が熱くなってのぼせそうになった。
これは危ない…お風呂で倒れたら大変だ。
明日は出掛けるの駄目とか言われてしまう。
ベッドに入ってからも今日の事を思い出したりして寝付けないかも知れないけど、寝坊しないように早く寝なきゃ。
風呂からあがった俺はキッチンに行き、冷蔵庫から出した水をコップに入れて飲んだ。
冷たいコップを熱くなった顔に当てて冷やし、リビングの二人におやすみと声だけ掛けて部屋に行く。
机の上に置いたスマホに手を伸ばし、ベッドに座った。
俺◁早いけど、おやすみ真弓。
今日はすごく楽しかった!
明日もヨロシクー!!
真弓にメッセージを送ってアラームを掛けてベッドに潜った。
まだ九時を回ったばかり、いつもなら後一時間は起きてるのだけど…………
いや、布団には早く入ったけど………
そんなすぐ寝付けないよな。
だってもう……目をつむっただけで今日一緒に過ごした真弓の顔が!!
目の前に浮かんで、はぁーもう!
カッコイイやらカワイイやら!たまらないし!
「ああっもう……!
明日も会うんだったらサヨナラせずに、真弓のウチに泊まらせて貰えば良かった!」
意識せずに、ポロッと漏らした自分の言葉に思わずハッとした。
そうか、真弓の家に泊まらせて貰うってのも……アリ?
いや、そんな事をお願いするのは、まだまだ無理だけど。
真弓より先に、お父さんとお母さんがまず、外泊なんて許してくれないだろうし。
あー…でも、真弓の家にお泊りって…いいな…。
真弓と一緒にご飯作って一緒に食べて…
一緒にお風呂入って、布団並べて一緒に寝る………
ふっ、夫婦みたいじゃん!?
「はぁ……真弓とずっと一緒に居たい。ん?」
枕もとに置いたスマホの画面が、パアっと明るくなった。
真弓▶楽しんでもらえたならヨカッタ
真弓▶明日は昼ごはん食ってからでいいぞ
真弓▶おやすみなラン
「真弓のメッセージ……!返事をくれた!はぁあ!
俺の事を、ランって打ってくれてるゥ!!」
おあぁ!嬉しくて悶絶する!
早く真弓に会いたい、真弓の顔を見たい!
昼ごはん食べてから?
今日の昼に、腹の虫を鳴かせまくったせいだろうか…。
午後からにしろって事?
昼過ぎてからだと、真弓と居る時間が減る!
俺◁お昼ごはん何かテキトーに持って行くから、
少し早めに行ってもいい?
お腹鳴らして迷惑なんか掛けないから!
俺◁少しでも長く真弓と一緒にいたいんだ!
お願い!
真弓のメッセージは、俺が送ってから少し間を置いて送られて来た。
真弓は、もう俺が眠ってしまっていると思って、スマホを見ないかも知れない。
真弓がスマホから離れない内に、急いでメッセージを送る。
取り繕った文を考える余裕なんかなく、言いたい事を正直に打ってメッセージを送った。
勝手に午前中に行く事も出来るけど、もし真弓の都合で午後からにしようって言うのなら、それを無視は出来ない。
許可も取らずに勝手な行動をして、嫌がられたくない。
スマホがブルッと震えた。
真弓が返事をくれた!?すぐに画面を確認。
真弓▶ソーメンなら用意できる
真弓▶昼めしソーメンでもいいなら十時に来い
真弓▶九時半までは寝てる俺が
「うん!!!」
スマホの画面に向かい、元気な返事をすると共に返事を送った。
真弓は、何でこんな優しいのかな。
俺の我が儘を聞いてくれて…俺にとても優し……
…真弓は、俺にだけでなく誰にでも優しいのかも知れないけど…
そう考えると真弓を独り占めしたい俺としては、ちょっとムッとしてしまう。
まぁ、嫌な事は考えない。
今日は嬉しい気持ちのまま明日を迎えよう。
今日撮ったツーショを画面に出す。
真弓の顔を見て微笑みながら、スマホの画面を閉じた。
おやすみ、大好きな真弓。
・
・
・
・
荷物の入った黒いナイロン製のエコバッグを台所の流しの横にドサッと置き、真弓は煙草を取り出して口に咥えた。
咥えたタバコの先にライターで火を点け煙をくゆらせながら、取り出したスマホのメッセージ画面を確認して前髪を無造作に掻き上げる。
「……はぁー……子どもが言ってる言葉なんざ、まぁ…
他意はねェんだろうけど……」
走◁少しでも長く真弓と一緒にいたいんだ!
お願い!
真弓は走からのメッセージを見て深い溜め息と共に煙を吐き出した。
少年が投げて来る言葉が余りにもド直球過ぎて、どう受け止めていいのか分からない。
子どもに懐かれる事に悪い気はしない。
それも小さい頃からファンだったと言ってくれた少年が、余りにも風貌の変わった今の姿でも好きだと言ってくれるのだから、それは嬉しい事である筈なのだが……
「お前は何でこう…言う事なす事イチイチ引っ掛かるつか…
変に意識させると言うか……はぁぁ……」
真弓はスマホの画面に向かいブツブツ向かって呟きながら、再び大きな溜め息を吐いた。
園児が先生を好きになるのと同じ様に、全ては大人に懐いた子どもの言葉だと軽く流してしまえば良いのだと理解はしているのだが……。
「そんな台詞、何年も言われてねぇからな。
好意を持った言葉に免疫力が低下してるわ。
こっちが照れくさくなっちまう。」
スマホのメッセージ画面を見ていると、その向こう側に在る走の顔が浮かぶ。
プライベートで人と付き合う事を億劫だと感じる真弓は普段は他人と関わりたがらない。
だが成り行きとは言え今日一日、子どもではあるが久しぶりに他人とプライベートな時間を過ごした。
それ自体は楽しかったと言えるし、無駄な時間を過ごした等と真弓は思っていない。
「ホント、最近のガキはませてるつーか…。
好きとか結婚しようとか恥ずかしげもなく言うなんてな。
相手がオッサンだと思って、面白半分に言ってんだろうけど…
将来モテた上に、苦労しそうだな…アイツは。」
今日一日、オジサンに懐いただけの子どもでは、およそ口にはしないような台詞を、真弓は走からたくさん聞かされてしまった。
からかわれているのだろうと分かって居ても、聞き流し切れない言葉が記憶に引っ掛かってしまい、中々忘れ去る事が出来ない。
「………やめやめ!もうヤメた!
考えたって、どうもならん!
デートは、こうですって偏った情報を鵜呑みにしてるガキだぞ。
デートでは、こういう言葉を言いましょう的な情報を持ってるのかも知れん!」
短くなったタバコを流しに水を流して消した真弓は、流しの横に置いたエコバッグから買ってきたばかりのリンゴを取り出し、胸もとに当て強く擦った。
Tシャツで簡単に汚れを取ったリンゴに、そのまま齧り付きながら買ってきた物を冷蔵庫に片付けていく。
明日はアップルパイだけを作るつもりだった真弓だが、素麺まで作る事になってしまった。
足りないだろうと買ってきた薬味と素麺つゆを冷蔵庫にしまっていく。
━━━今でなくていいよ、真弓が俺になら話していいって思える様になったら話して。
俺…真弓に頼られるような大人の男になるから!
必ずなるから!━━━
「どんだけ先の話だとは思ったが…
今日イチ、嬉しい台詞だったわ。
映画ん中のヒーローよりカッコイイ台詞だったしな。」
今はまだ子どもの走も、あと2年足らずで中学生になる。
成長すればもう、今の様に一緒に居たいなんて言ったりしないのだろうなと思うと少し寂しい気がする真弓ではあるが、そこは父親や、年の離れた兄の様な目線で、成長を暖かく見守ってやろうと考えた。
「あいつモテそうだしな。
ガールフレンドもすぐ出来そうだし…
………俺離れは意外に早いかもな。」