14・御剣走、神鷹真弓との初デートは映画館。
朝ごはんだというクレープを食べ終えて、まだ時間があると真弓が言うので、川沿いのレンガ道を二人で歩く。
時間があるって…真弓が俺とのデートに選んだ場所って、どこだろう。
どこかが開くのでも待っているのだろうか。
まぁいいや。
真弓とこうして並んで歩けるんだし。
まだ朝の8時を過ぎたばかりで、散歩をしている人や、ジョギング、ウォーキングをしている人が多い。
以前、この近くを昼過ぎに通った時にはカップルばかり、ウジャウジャわいていたけど。
昼過ぎから夜は、デートスポットらしい。
よく見たら真弓や俺のお父さん位の歳っぽい男の人が、俺より小さな子を連れて歩いていたりする。
…………そりゃ、俺達も親子に見られるワケだ。
そう言えば…真弓って、子どもいてもおかしくはない位の年だしな。
子どもがいなくても結婚していてもおかしくないし
結婚してなくても付き合ってる彼女がいたって………
真弓の家には、真弓以外の人の気配が全く無かった。
家に誰かを招き入れたりもしていないみたいだ。
でも……自宅には呼ばないけど実は誰かと付き合っていたり、あるいは過去に付き合っていたとか。
あるかもしれない。
「真弓は、俺を連れていて真弓の子どもだって勘違いされたりするの嫌じゃない?
見られたら困るとか…。」
並んで歩く真弓の革ジャンの端を摘んでクイと引っ張り、真弓が俺の方に視線を落とした時に聞いてみた。
「別に嫌じゃないが。
見られて困るような相手も居ないし。」
「でっ…でもほらっ!付き合ってるカノジョさんとか!
前に付き合っていたヒトとか!
見られたら、説明しなきゃなんないじゃん?」
俺は探りを入れるような質問を真弓に投げかけた。
知り合ったばかりの子どもの為に、わざわざ貴重な時間を割いてくれているのだから、今付き合っている人は居ないと思う。
だけど、過去に付き合った人は居るだろうし……
俺は真弓の過去にも嫉妬してしまう。
「付き合っていた……ねぇ。
10年以上前になっちまうし、長続きもしてねぇし…」
そう言って、フイと川の方に目を向けた真弓は、少し困った表情をした。
「あまり、人と仲良くなんの上手くないんだよな。」
「えー?俺とは仲良くしてくれてんのに?」
「ボウズの場合、ほぼ押しかけ状態だしな。
俺が仲良くしようと考えて行動してるワケじゃねぇし。」
へー…押しに弱いんだ?
それなら、真弓に嫌われない位にはグイグイいっていいのか。
「ボウズ、何でニヤニヤ笑ってんだよ。
俺がモテないのが、そんなに嬉しいのか。」
「べーつにぃ、今が最大モテ期かもよ?」
真弓が、軽くデコピンしてきた。
痛がるフリをして額を撫でながらもニヤニヤが止まらず笑顔を隠す事が出来ない。
過去の話が本当かどうかまでは分からないけれど、今の真弓には付き合っている人は居ない。
それが分かっただけでも嬉しい。
「何で今がモテ期なんだよ。
そんな相手に出会ってもなけりゃ、出会うきっかけも無ぇ」
「いや、運命の出会いを果たしてるじゃない!?
ほら、俺と!!」
真弓が俺の方を見下ろしながら「あぁ!?」とイチャモンつける前のチンピラみたいな顔をした。
そんな真弓の表情すら、もう好き。
「ボウズは、モテ期の意味を履き違えているぞ。」
チンピラみたいな表情で見下ろす真弓を、満面の笑みで見上げる俺。
やがて呆れを含んで俺の頭を撫で回しながら、一瞬「プッ」と吹き出す様に笑った真弓が、スマホを出して時間を確認した。
「そろそろ向かうか。」
向かう……どこに?
初めてのデートと言えば海か遊園地か映画。
お母さんはそう言っていた。
目的地が開くまでの時間を潰したって事は、遊園地か映画か?
2択になるのか。
真弓に遊園地は似合わないな…では、もう映画一択か?
「真弓、映画館に行くの?」
バイクを停めた場所に向かって歩きながら尋ねれば、真弓が目を丸くした。
「おー?何で分かるんだ、エスパーか。」
「真弓、俺…ロマンチックな映画とか見たら寝ちゃうかも。
デートって…そうなんでしょ?」
少し困って考える様に真弓が「うーん」と唸った。
「随分と偏った知識をお持ちのようだが…
俺が、デートなんて紛らわしい言い方をしたせいか。
ボウズ、映画は間違ってないがロマンチックではないと思うぞ。
多分、退屈はしない。」
再び、ヘルメットを被せられた。
今更だけど、ヘルメットは新品だった。
そう言えばお父さん、おんぶ紐みたいなのを見た時に、わざわざ俺の為に購入したんですかって聞いていた。
こんな高価な物を今日一日の為に購入なんてないよな。
じゃあ、この先も真弓とこうやって出掛けたり出来るのだろうか。
そんな事を考えたら
フルフェイスヘルメットの中で、顔がニヘラと緩む。
「ん?ヘルメット窮屈か?
サイズは一応見たつもりだったが…顔が歪んでるな」
歪んでないし!!ちょっと変な笑い方したかもだけど!
真弓の背中に再び張り付き……
って言い方は何だかツマンないので、言い方を変える。
俺が真弓を背中から抱き締めてバイクの後ろに乗る。
抱き締めて真弓に密着してるんだけど、革ジャンのせいで真弓本人との密着度が低い。
……今度、真弓の家に遊びに行ったら着流し姿の真弓の、あの大きな背中にも抱き着いてみよう。
バイクで10分程走って、すぐに目的地に到着した。
バイクを立体駐車場に停めた真弓は革ジャンを脱ぎ、俺のジャケットも脱がせてヘルメットと共にバイクに乗せた。
で、身軽な状態で二人で街中を歩く。
「アレ、盗まれたりしないの?」
「外の駐車場に数時間停めていた時に、ヘルメットを盗まれた事はある。
だから街中に来る時は立体駐車場使う事にした。」
そうなんだ、と頷いて真弓と並んで歩く。
ヘルメット持って歩くの大変だもんな。
川べりを朝、散歩する位ならいーけど、9月半ばの日中の街中歩くのに革ジャンも革ジャケットも暑いモンな。
それにしても真弓のヘルメットを盗むなんて、けしからん奴め。
それ、俺が欲しい。
革ジャンを脱いだ隣の真弓をチラッと見る。
真っ白なTシャツにジーンズ、ブーツのシンプルな格好。
金髪長髪でいかつい真弓なら、割とゴツめのアクセサリーとか着けても似合いそうだけど、そういうモノを一切身に着けていない。
唯一オシャレっぽくしているのは、丸いレンズのサングラス位だろうか。
「そう言えば真弓って、家の中でも色の薄いサングラスしている事あるよね。
何で?カッコつけてんの?」
「サラッとディスったな。
俺の目が色薄くて光に弱いんだよ。
ちょっとした光が眩しくてキツい時があんの。」
真弓が身を屈めて俺の前で黒いサングラスをずらして目を見せた。
不意打ちのように急に見せられた、薄水色と灰色のグラデーションの瞳にドキッと胸が高鳴る。
小学一年生だった俺が、一瞬でラファエル皇子に魅了されてしまった瞳だ。
綺麗な宝石みたいで………あぁ大好きだ…。
「ッッ!!!」
無意識に心に思った言葉にボッと火が点いたように俺の顔が熱くなった。
立ち止まった俺は、光を遮るようなポーズで手の平を真弓に向けて目の前に出し、目線を下に向ける。
「真弓……顔、近い。」
「お、すまん。
いきなりオッサンのドアップはキツかったか。」
確かにキツい…ステキ過ぎてヤバい。
俺のこの行動が、照れから来るものだと真弓は分かっているだろうか。
嫌がられたと思わなければいいのだけれど。
少し歩いて、映画館に到着した。
映画館を有した巨大な施設内にあり、俺も家族で何度も訪れた事がある場所だ。
お父さんとも特撮の映画を観に来た事が………
「えっ!?特撮映画、観に来たの!?
真弓が俺と!?」
マジで!?嬉しい!!嬉しいけど……!!
今、上映している映画は、お父さんと既に数回観ちゃってる。
いや、好きだから何回見ても全然ッ嬉しいんだけどっ!
真弓が無理して俺に合わせてくれるのなら、俺が真弓の見たい映画を一緒に見てもいいし…!
「真弓、俺に無理して合わせてくれなくても…」
「別に合わせたワケじゃねぇよ。
元々ボウズが居なくても来るつもりだったし。
天空仮面騎士サンダルフォンの試写会。」
「天空仮面騎士ッッ!!サンダルフォン!!」
俺が大好きだった20年前の作品、天空仮面騎士メタトロン。
まだ少年だった頃の真弓が、主人公ラファエル皇子の少年時代役で出ていた特撮ヒーローもの。
それが20年の時を越えて、同じ監督の手により続編が映画化されたとは聞いていた。
お父さんが興奮気味に試写会の応募もしていたけど落ちたみたいで。
「続編とは言ってるが、メタトロンに出ていた俳優は殆ど出ていない。
設定がメタトロンの世界から10年後ってなってるが、実際には20年経ってるからな。」
「これ、真弓は何で観れるの!?
裏口!?癒着!?賄賂!?」
「悪い言葉を覚えてんなぁ。使い方おかしいし。
監督が、メタトロンの関係者を招待してくれただけだ。
ほら、座るぞ。」
真弓が俺の頭をポンポンと叩き、指定された席に向かった。
真弓の後をついて座席を探す。
一般の応募で当選した人がほとんどらしいけど、真弓以外にも20年前にメタトロンに携わったスタッフや役者さんが居るかも知れない。
あ、もし主人公の剣の師匠役の人がいたら、もう80近いおじいちゃんだ。
ヒロインやっていた女子高生は、今普通にママタレントやっているらしいし……
出演者みんな来てるってんじゃないよな。
色んな事を考えながら、俺は真弓の隣の席に腰を下ろした。