12・神鷹真弓、走をエスコートする。
翌朝、俺は5時半に目が覚めた。
朝っぱらから今日の支度をする事に余念がない。
あーだこーだと服を並べて、少しでも大人っぽく見える様な服装を探す。
………いや、実際、そんな服装なんて持ってないんだけど。
「長ズボン……長ズボン!?」
長ズボンって……なんだっけ……
「いやっ長ズボンは長ズボンだし!
俺、何で一瞬分からなくなってんだよ!」
早朝っから頭の中がはじけそう。
深読みし過ぎて、おかしくなりそうだった。
これは浮かれているというより、緊張がピークに達する直前というか……。
なんだか頭がクラクラしてきた。
駄目だ、こんなんでぶっ倒れたりしたら!
真弓とデートに行けなくなる!!
「いつも真弓が履いてるのと同じ感じのデニムのジーンズ!!
それに、まだ暑いからTシャツ!半袖のパーカー!!」
これでどうだ!!
と並べてみたら、何てことはない
普段のお出掛け衣装とさほど変わらなかった。
真弓▶おはよーさん
真弓▶ボウズおきてるか
「うわっ!ま、真弓!?」
ベッドに置いたままのスマホに真弓からのメッセージが届いた。
スマホを手に取り、急いでメッセージを送る。
俺◁うん、もう起きてるよ!今からシタクする所
メッセージを送りながら時間を確認。
とっくに6時を越えていた。
俺は慌てて洗面所に向かい、顔を洗い始める。
リビングでは、早起きしたお父さんがコーヒーを片手に特撮映画を見ていた。
「走、朝から大忙しだね。」
「ウン!ちょっと慌ててる!
のんびりし過ぎちゃって!」
バタバタとリビングを行ったり来たりする俺に、お父さんが話し掛けてきた。
「走は好きになったら、とことんだよね。
ラファエル皇子も1年生の頃から、ずっと好きだったし。
少林寺拳法も教室に連れて行くまでは嫌だって大暴れしたのに、今は楽しそうに通っているし………」
……お父さん、急にナニを言い出すんだろう……
バタバタ動き回っていた俺は、足を止めてお父さんの方を向いた。
お父さん、何を言いたいんだろ……。
「ご迷惑、お掛けしないようにして楽しんでおいで。」
ニッコリ笑ったお父さんは、テーブルに置かれた五千円札をピッと指で挟んでカッコつけた様に顔の横に構え、僕に差し出した。
「!!!ありがとう!!!お父さん!!!」
俺は目をキラキラに輝かせて五千円札を受け取った。
急いで部屋に戻り、慌ただしく服を着替える。
ジーンズを履いて、白が基調のTシャツの上にパーカーを羽織った。
そう言えば……お金をくれる前のお父さん…
何かを言いたそうにしていたけど…。
ま、いっか!!
「走ー!神鷹さんが、いらっしゃったわよー」
階下からのお母さんの声にビシッと背筋が伸びる。
1週間ぶりの真弓だ。
1週間……真弓に会えなかった。
いや、良く考えたら真弓の顔を見るの自体、今日が3回目だ。
俺、まだ2回しか顔を見てないオッサンに何でこんな緊張してんの?ははは。
ここはそう、ガキみたいにはしゃいだりせず、余裕を持って……
「ごめん、まゅ……神鷹さん。
お待たせー………!!!!」
俺の家の玄関に立つ真弓は、俺と同じくデニムジーンズ姿に…
黒い革ジャンを着てブーツを履いていた。
いや、ソレ……残暑厳しい9月には暑いだろ。
と、ツッコミどこ満載だったけど、それを凌駕するカッコ良さ!!
黒い革ジャンに、オールバックにして括った真弓の金髪が映える。
丸いレンズのサングラスも、部屋の中でしているのより色が濃くてガラの悪さがひときわ目立つんだけど……似合う。
「真弓………カッコイイ………。」
小さく呟いた俺は靴を履く前に玄関につっ立ったまま硬直状態になってしまった。
「神鷹さん、この時期に革ジャンて暑くないんですか?
長袖だし。」
「おっ!お母さん!!!」
空気読もうよ!!無邪気にニコニコ笑いながら言う事!?
今から出掛ける人のファッションに、いきなりダメ出ししちゃ駄目じゃん!!
真弓が傷付いて、デート取りやめたらどうしてくれんのさ!
「革ジャンですがメッシュ加工してありますし、走る分にはさほど暑さは感じない様になってますんで。
それに、長袖は必須なんです。
なので、走君にもコレを。」
真弓は俺に、長袖の黒いレザージャケットを手渡してきた。
え?ガキッぽい格好してるから、コレ着てろって事??
頭に疑問符の?をいっぱい浮かべたまま、手渡されたジャケットを羽織る。
少し大きいが、まぁ着れない事は無い。
このジャケットも、ところどころメッシュ加工がしてある。
何か真弓とお揃いコーデみたいな感じになった。
「そして、コレを付けて欲しい。」
何かよく分からないが………おんぶ紐みたいなベルトを渡された。
リュックみたいに両肩に掛けるベルトが付いており、俺の腹の前にもベルトが付いている。
なんだコレ。
「真弓くん、いらっしゃい。
今日は走がお世話になります。」
お父さんがリビングから玄関に出て来て、真弓と互いに頭を下げて挨拶を交わした。
そして、俺が身に着けさせられた、おんぶ紐の様な物を見て感心したように「へぇ…」と呟く。
「わざわざ走の為に購入を?」
「まぁ…大事なお子さんを預かるのですから、何かあったら大変ですしね。」
俺はダボついた長袖のジャケットに、意味不明なおんぶ紐的な物を身体に装着させられ、意味が分からずに「これ、ナニ?」と目で訴えながらお父さんを見上げる。
「走、靴を履いて表に出てごらん。」
お父さんがニコリと笑って玄関のドアを指さした。
謎をたくさん抱いたままスニーカーを履き玄関から出ると、俺の家の前に黒いバイクが停めてあった。
「バイク!!バイクだ!!カッコイイ!!」
特撮好きな俺としては、ヒーローにバイクは必需品!
当然、俺も大きくなったらバイクの免許を取ってバイクに乗るつもりだ。
だが、今俺のまわりでバイクを持っている人は誰もおらず、乗る機会どころかまじまじと眺める機会もなかった。
「ほい、これボウズのな。」
真弓が俺に、黒いフルフェイスのヘルメットを渡した。
初めてヘルメットという物をかぶる。
「うぉあああ!!何か興奮するぅ!!」
ヘルメットを被せて貰いながら、色々とテンションが上がっていく。
まだ、7時越えたばかりなのに……もう熱が出そうなんだけど!
「よし、じゃあ行くか。
ボウズ、俺の背中にくっつけ。抱き着くようにな。」
「抱き着く!?」
真弓に!?くっつく!?抱き着く!?いいの!?
バイクに跨った真弓が、俺が身に着けた謎のベルトの腹部分のベルトを引っ張り、自分の腹部の前で留めた。
俺が真弓の背中に張り付いた状態で、真弓と腰が繋がっている。
これは、俺がバイクから落ちない様にする為のモノだったんだ。
うわーうわー!真弓と超密着状態じゃん!
これが背中でなく向かい合ってだったら…………
いや、それ、俺にはハードル高い。恥ずか死する。
「走!コッチ向いて!」
お母さんが興奮して、真弓の許可なくスマホで写真を撮りまくっている。
真弓はまだヘルメットを被っておらず、革ジャン姿でバイクに跨ったままの状態だ。
真弓の背中に張り付いた俺には見えてないけど、そんな真弓絶対カッコイイだろ!!
「お母さん!今撮ったの、全部俺に送って!!」
お母さんが親指を立て、俺に無言のままサムズアップのサインを送る。
「今日一日走くんを、お預かりします。
帰りは夕方以降になりますが、移動の都度、報告致しますので」
真弓が両親に挨拶をしてからヘルメットを被ってバイクのエンジンを掛けた。
真弓の背中に張り付いた俺は、出発前から何だか良く分からないけど興奮して身体の中が熱い。
駄目だ、正気を保ってないと。
初めてのバイク。
多分、凄く嬉しかった。
風になる俺!とか、景色が流れる様子やら、初めてのバイクの乗り心地に、普段の俺なら、はしゃぎまくっていたかも。
有頂天になっていた事だろう。
だが、目的地に到着してバイクから降ろされた俺は、無言でベンチに腰掛けていた。
色んな意味でキャパオーバー。
バイクよりも真弓の背中。
大きな真弓の背中。に、密着。
真弓に抱き着いてる。真弓を抱き締めている。
なんだコレ。
何かもう、色々たまらん。
ヘルメットを被ったまま、ベンチに腰掛けボンヤリする俺の前に来た真弓が、片膝をついて俺の前でしゃがんだ。
正面から真弓の両手がのび、ヘルメットを脱がせてくれた。
「大丈夫か?バイクは怖かったか?」
ベンチに座る俺の前に、片膝ついてしゃがんで俺を見上げる真弓………
ナニ、この雰囲気。
俺が王様、真弓が騎士?
何かもう、色々たまらんのだけど!!