テイルズ・オブ・ヤリマン
ヤリチンになりたい。
弊社には伝説のヤリマン、Yさんがいる。
Yさんは社内では結構な古株であり、年齢もまあ今となってはオバサンといった感じなのだが、若い頃はそれはもう凄まじかったらしい。
筆者が知っている限り、ヤった噂がある男は社内に十人以上いる。
筆者が入社する十年くらい前、Yさんがまだうら若き乙女だった時代の話である。
当時の彼女の部署のボスをAさんとするが、そのAさんと彼女はヤりまくっていたらしい。
営業にBさんというAさんと昵懇の仲の方がいる。Bさんは全国を飛び回っていてAさんと会う機会もなかなか少なかったようだが、たまたまタイミングよくAさんのお宅に泊まりつつ、飲むことになったのだそうだ。
「そしたらよ、いたんだよ。Aの家にYが……」
Aさんは単身赴任である。
「あの夜は隣の部屋がうるっさくて寝られなかったなあ……」
まるで獣の遠吠えのようであった、とのことである。
◯
そんなことがあったせいかは知らないが、Aさんはよその事業所に飛ばされ、ヤリマンYさんも隣の部署に移動した。
そしてYさんは早速、その部署のボスであるDさんと歓迎会の飲み会のあと、ラブホテルの方へと消えた。
「飲み会の最中ずっと、Dさんの肩もんだりしなだれかかったりしていたからねえ……」
とは、その飲み会を知る古株の方の言である。
「でもその後、Eさんが来て……」
DさんYさんの部署に、期待の新星、他社からの引き抜きでEさんがやってきた。
引き抜きの際に諸々の交渉があったらしく、Dさんの上に新しくポストが設けられ、Eさんはそこに収まった。Dさんの立場は据え置きではあったものの、事実上、部署のボスがEさんに代わってしまったのである。
ヤリマンYさんは即座にDさんを切り捨て、Eさんに乗り換えた。
◯
この辺りの時期に、筆者は弊社に入社した。
Eさんは超がつくパワハラ野郎であり、新入社員筆者もバチボコに罵倒されたが一番の被害者はDさんである。
筆者は入社当時Dさんを見て、「なんだかぼんやりしたおじちゃんだなあ」と思っていたが、彼はEさんに詰られまくって常時抜け殻状態だったのだ。仕方ないことである。
EさんもDさんがYさんの昔の男と知っていて、キツくあたっていたフシがあるようだ。
突然やってきたパワハラ男に女を盗られた挙句にボコボコにされるDさんの心境たるや。リアルNTRというヤツである。
Dさんはふらっと転属願いを出して消え、EさんとYさんはあいかわらず二人で海外出張へ行ったり、真っ暗な物置部屋から二人で出てきたところを筆者と鉢合わせたりと、やりたい放題やっていたものの、唐突にパワハラを本社にチクられEさんは飛ばされた。通報は匿名だったようだが……
その後Yさんは社外の男性と結婚し、子供をひとり儲けるが、なんか揉めて一年そこそこで離婚し、バツイチになった。
バツイチとなった後、また会社で何人か食い散らかした。
ところで筆者が親しくしていた先輩にFさんという方がいた。いい歳こいたオッサンのくせに「俺には霊感がある。最初に見たのは死んだ爺ちゃんがろくろ首になったヤツだ……」とか月イチくらいで抜かす電波だが、そういうよく分からんネタを除けば弊社にしてはかなりまともな人物であった。
彼は奥さんが不倫の果てに蒸発し、子供もいなかったので年老いた両親と暮らしていた。
そのFさんが、Yさんと結婚すると唐突に言い出した。
その話を当人から聞いた時、筆者はおそらく適切な表情とリアクションを作ることに失敗した。
Fさんはそんな筆者の顔を見て何やらモゴモゴと、
「まあなんかさ。この歳になると色々、人間の別の側面ってやつが見えてくるよ」
というようなことを言っていた。FさんはYさんのヤリマン伝説をほぼ全て知っており、なんなら筆者に伝説の一部を教えてくれた人でもある。
そんなFさんからの突然の結婚宣言に、筆者はやおら衝撃を受けたが、確かにその通りなのかもしれないと思い直した。所詮筆者は伝聞したヤリマン伝説で面白おかしくYさんというひとの人物像をこしらえて爆笑していただけなのかもしれない、と自分を省みた。ちょっとだけ。
その後FさんとYさんは本当に結婚し、子供がひとり生まれたのである。
生まれた赤ん坊の世話でFさんは寝不足になり、イライラして仕事中の居眠りが増え、同僚Gさんの密告でこれまたよその事業所へ飛ばされた。
密告したGさんはFさんを追い出し鼻高々、と思いきや自分の業務に加えてFさんの抱えていた業務を引き継ぐことになり、過剰な業務に忙殺されヒーヒー言っている。
余談ではあるが、Gさんも、かつてYさんと関係があったと噂されている人物のひとりである。
◯
「オイオイオイオイ」
休憩時間中、筆者が机でぼんやりしていると隣の部署の方が声を掛けてきた。
「どうやらYさん、今度はHとデキてるらしいぞ」
「ええええ」
Hさんは最近ウチの事業所にきた気のいいおっさんである。
「イヤ、さすがに結婚してもヤリマン伝説続行は無くないスか」
「まあ俺も聞いたばかりで真偽の程は分からん。今二人で休憩室にいるらしいから、お前スパイして来いよ」
筆者はおっとり刀で休憩室へ向かった。
「スッス」
コーヒーを買って、弊社でよく用いられる謎挨拶と共に休憩室に入ると、確かにYさんHさんが並んで座っている。部署も違うのに。謎挨拶はスルーされた。
スマホを見ているフリして二人を観察する。距離がイヤに近い。二人で何やら親しげな耳打ちで内緒話を……
筆者はコーヒーをガブガブ飲むと、噂を教えてきた先輩のところへ行った。
「アレはヤってるッス」
「そうかそうか」
絶対にヤっている。
◯
という話を、別の事情通な先輩に披露したところ、一笑に付された。
「馬鹿お前、その噂はHさんじゃなくてIさんよ」
「ええええええ」
HさんとIさんの名前は一文字違い、母音だけで言えば全て同じである。
「伝言ゲームみたいに途中でIさんがHさんにすり替わったんだべ。実際、IさんはYさんがらみで上から注意食らってるからな。こっちの話はマジのマジよ」
Iさんは某部署のナンバー2な若手であり、よくそこのボスに食って掛かって煙たがられていた。
そのIさんがHさんと毎日一緒に二人でメシを食っていた上、退社後に同じ車でどこかへ行くのが目撃されたのだという。
「まあ、あそこのボスからしたら、Iさんを攻撃できる絶好の機会だべ。既婚者とベタベタすんのはさすがにな」
ということで、Iさんは注意を受けてYさんとベッタリするのを止めたのだそうだ。
「いや~、でもHさんも結構怪しかったんスけどね」
「伝説のヤリマンとは言え、Iさんでゴタゴタした直後に変なことしねえべ」
「いや、あれは間違えても仕方ないですって。次の休憩の時、休憩室覗いてみてくださいよ」
「ねえと思うけどなあ」
休憩の後。
「アレはヤってるな!」
「だから言ったじゃないスか!」
弊社の闇は深い。次は誰が飛ばされるのだろうか。
完
思えばYさんとヤッた人たちはだいたい不幸になっとる。
ヤリマンに一切誘われたことがない筆者は喜ぶべきか悲しむべきか。