聖女vs聖女・1
翌日、ラネはリィネ、そしてアレクとともにクラレンスのもとを訪れた。
彼の傍には、側近であるノアもいる。
「ラネ、体調は戻ったかい?」
心配そうに尋ねてくれるクラレンスの姿に、罪悪感を覚えてしまう。
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
そう言って、丁寧に謝罪した。
「気にしないで。ラネの方が大切だからね。話はできそうかい?」
気遣わしそうに尋ねられて、こくりと頷く。
ラネはルーカット王国で見たこと、聞いたことをすべて、クラレンスとノアに話すことにした。
少し長い話になってしまったが、クラレンスは一度も口を挟むことはなかった。
そしてラネの話が終わると、難しい顔をして考え込む。
彼が今の話を、どう受け取るのか。
ラネは緊張しながらも、静かに待っていた。
「……まずルーカット王国の聖女について、4年前から知っていたかどうか、父に確認してみよう」
クラレンスはそう言うと、顔を上げてラネを見た。
「たしかに、聖女は代々ルーカット王国に誕生していたと書かれた記録を、私も目にしたことがある。けれど、それがすべてリィース公爵家の令嬢だったことまでは、記されていなかった」
「たしかに、聖女について以前色々と調べてみたが、代々の聖女がその記憶を受け継いでいると、書かれたものはなかったと思う」
続けて、ノアもそう言う。
聖女の記憶については、ルーカット王国の中だけで伝え続けられてきた話だったのか。
クラレンスが調べた記録によれば、召喚聖女以外のすべての聖女は、たしかにルーカット王国の出身だったようだ。
そのこともあり、魔王の封印に関しては、今まではルーカット王国が主となって動いていた。
けれど勇者は、この大陸の中のどの国からも生まれている。
共に旅をする中で、聖女は一度も記憶の話を、勇者にも仲間にも話さなかったのだろうか。
ラネは、そんな疑問を抱く。
(もしかしたら、勇者には話をしていたのかもしれない。でも、勇者は……)
魔王封印のためにその命を捧げ、帰還することはなかった。
だから、勇者が聖女からその話を聞いていたとしても、語り継ぐことはできなかったのか。
考え込むラネに、クラレンスは告げる。
「私としては、リィース公爵令嬢の話は信じがたい。魔王討伐は、我が国だけではなく、この世界の悲願だったはずだ。それを果たしたあとになって、間違いだったと言われても……」
その言葉に、ノアも続いた。
「今回は今までと違い、勇者アレクも、召喚した聖女アキも、その力を受け継いだラネも、ギリータ王国の出身だった。それを不満に思ったルーカット王国が、まだ幼い公爵令嬢を利用して、魔王討伐をし直そうとした。そうとしか思えない」
「……そうね。私もそう思ったもの」
リィネも同意して頷いた。
たしかに話だけ聞くと、そう感じるだろう。
けれどラネは、実際に老女としか思えないような、エマの声と態度を見ている。
あれは、とてもまだ幼い少女に出せるようなものではなかった。
だからすべて嘘だとは、どうしても思えなかった。
「アレクは、どう思った?」
クラレンスにそう聞かれて、今まで静かに聞いていたアレクが口を開く。
「代々の聖女の記憶かどうかはわからないが、彼女が普通の公爵令嬢ではないことは、たしかだろう。言っていた言葉も、嘘だとは感じられなかった」
淡々とした言葉に、クラレンスとノアも複雑そうな顔をする。
嘘を見抜くと言われているアレクがそう言うのなら、やはりリィース公爵令嬢は、本物の聖女なのかと、思っているのだろう。
「では彼女が言うように、魔王討伐は間違っていたと?」
「クラレンス!」
たしかめるようにそう言ったクラレンスに、リィネが声を荒くする。
魔王討伐が間違っていたということは、アレクは生還するべきではなかったと言われているようなもの。
リィネは、それだけは許せないのだろう。
「いや、そうではない」
けれどそんなリィネを宥め、アレクはそう言った。
「リィース公爵令嬢が、聖女に関わる存在なのは、間違いないように思える。だが、魔王討伐が間違いだったとは、俺は思わない。あのとき、たしかに魔王を打ち倒したと感じた。魔王の存在が打ち砕かれ、崩れ落ち、消滅する様を、たしかに見届けている」
きっぱりとした口調に、ラネは心の不安がすべて消えていくのを感じた。
それはクラレンス、ノア、そしてリィネも同じだったようで、皆、心から安堵した顔でアレクを見つめている。
「たしかに、リィース公爵令嬢の言葉が嘘だと感じられなかったから、間違いだったと言われて少しは動揺した。でもラネが……。聖女ラネが、魔王は完全に消滅していると告げた。もしまた魔王が誕生するのだとしたら、それは新たに誕生したものだと。俺は、ルーカット王国のリィース公爵令嬢の言葉よりも、ラネの言葉を信じている」
「私も、ラネを信じている。クラレンスもそうでしょう?」
リィネが立ち上がってそう言い、その視線を受けたクラレンスも、深く頷いた。
「ああ、もちろんだ。これは、ルーカット王国の企みである可能性が高い。父にも、そう報告しよう。ただ、ルーカット王国の国王が、聖女ラネの訪問にまったく顔を出さなかったことも気に掛かる」
ラネは、ルーカット王国の王城の様子も、聖女を名乗るエマが、まるで主のように振る舞っていたことも報告していた。
「ルーカット王国の内情についても、調査させよう。ラネもアレクも、すまないがしばらく、王城に滞在してもらうことになるだろう」
ルーカット王国が、ラネの聖女の力を奪おうとする可能性がある。
しかもラネが聖女の力を有している限り、正しいのはギリータ王国だと示すことができるのだから、その安全を最優先したいのだろう。
「ラネは私が守るから、心配しないで」
リィネが胸を張ってそう言う。
「ずっと傍にいて、片時も離れないから」




