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【書籍化・コミカライズ】婚約者が明日、結婚するそうです。  作者: 櫻井みこと
第二部

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魔王と聖女・5

「たしかに今の平穏は、千年は続くであろう。だが、その千年後。この世界は復活し、より力を蓄えた魔王によって滅ぼされる」

 威厳を含んだ老女の声が、まるで予言のようにそう告げる。

 そしてエマは、視線をアレクに向けた。

「聖女は魔王を復活させ、勇者はその魔王を、その命で封印しなければならない。そうしなければ、この世界に未来はない。聖女ラネ。そして、勇者アレク。この世界を守るために、そなたたちは戦わなければならぬ」

 エマは厳かにそう言った。

 それは、アレクに勇者として、魔王封印のために命を捧げろと言っているのだ。

 そんなことをさせられない。

 ラネは、アレクを庇うように前に出る。

 ずっと戦い続けてきた彼が、ようやく平穏な生活を手にしたのだ。

 それなのに、あの戦いは間違っていた。千年後の世界のために命を捧げろなんて、あんまりだ。

 それに、ラネはエマの言葉を信じることができなかった。

 魔王は倒され、もういない。

 いなくなった魔王を復活させることなど、できない。

 ラネの中にある聖女の力は、そう告げている。

 もし、これから新たに魔王が誕生したとしても、それはアレクが倒した魔王とは別物だ。

「どうした? 勇者として選ばれたからには、この世界を守るために、命を捧げる覚悟はできているのだろう? それとも、千年も先のことなど、自分たちには関係ないと言うのか?」

 何も言わないアレクとラネに、エマは挑発的にそんなことを告げた。

「……っ」

 アレクが顔を上げる。

 でも彼が何か言う前に、ラネがこう言った。

「魔王は間違いなく、討伐されている。同じ魔王が復活することは、あり得ないわ」

「何を言う。私は聖女の記憶を受け継いでいる。その私の言葉が間違っているとでも言うのか?」

 エマは不快さを隠そうともせずにそう言ったが、ラネは怯まなかった。

「あなたが記憶なら、私は聖女の力を受け継いでいます。そして、私の中にある聖女の力は、魔王の消滅を確信しています」

 アレクの行動は、間違ってなどいない。

 魔王は倒され、この世界は千年の平和を手に入れたのだ。

「もしまた魔王が誕生したとしたら、それは誰かが生み出した新しい魔王。それを討伐しろと言うのなら、もちろん聖女として、戦います」

 聖女としての役目を、放棄するわけではない。

 ラネはエマに、はっきりとそう告げた。

「ですが、魔王を倒したのは間違いだったなどと言い、倒すのではなく封印しろ、などと言う言葉を、聞くことはできません」

「何を勝手なことを。そなたは、ただの代理にすぎないのだぞ」

 ラネの言葉に、エマは激高して立ち上がる。

 幼女の姿には不釣り合いな怒りの形相に、ラネは悲しそうに目を伏せる。

「それでも、今の聖女は私です」

 もともと、聖女はアキだった。

 だからラネは、不幸な事故で亡くなってしまったアキの力を受け継いだだけ。

 まさに、代理の聖女だった。

 自分が聖女にふさわしい人間だと思ったことはなく、ただアレクを助けたいという願いだけで、その力を受け継いだ。

 けれど今。

 ラネは自分が聖女だと、しかも歴代の聖女の記憶を持つというエマに、はっきりと自分が聖女だと告げた。

 もちろん、アレクを守りたいという気持ちはある。

 でもそれ以上に、自分が間違ったことはしていないという確信があった。

「お話がそれだけでしたら、失礼します。私たちは、ギリータ王国に戻りますので」

「私欲を優先させ、世界を救う役目を放棄するというのか?」

 エマはそう言ったが、ラネは首を横に振る。

「私がもし、そのような聖女であったとしたら、この力はたちまち失われてしまうでしょう」

 ドラゴンとの戦いで命を落とした、あのアキのように。

「……っ」

 そう言われてしまうと、エマはもう何も言えず、悔しげに俯く。

 聖女の力は、変わらずにラネに宿っている。

 それが、ラネが間違っていないと証明しているのだから。

「行きましょう?」

 ラネはアレクを促して、エマの部屋を退出した。

 カレンが庇うようにエマを支えている。ラネを見つめる彼女の視線に敵意はなく、ただ困惑している様子だった。

 聖女の力は、悪意のある行動をすると失われてしまう。

 それを、彼女もよく知っているからこそ、どうしたらいいのかわからないのだろう。

「アレク、すぐにギリータ王国に戻りましょう」

 大聖堂のようなエマの居室から出ると、ラネはアレクにそう囁いた。

 本来なら数日間の滞在の予定だったが、もうこの国に用はない。

「だが」

 アレクはまだ困惑している様子だった。

 嘘が見抜けるはずの彼は、エマの言葉を嘘だとは思わなかったようだ。

 けれど、アレクがラネの言葉を疑うはずもない。

 だからこその困惑だろう。

「クラレンス王太子殿下に、今の話を伝えたほうがいいと思うの」

 今、魔王を復活させて封印すれば、その手柄はエマの、ルーカット王国のものとなる。

 それがこの国の狙いかもしれないのだ。

 その可能性を告げると、迷っていたアレクの瞳に光が宿る。

「そうだな。ラネを守るためにも、ここは一刻も早く帰国しよう」

 聖女の力は、ラネが死ねば新たな聖女に引き継がれる。

 エマは、そんなことをすれば聖女の力を引き継ぐことはできないと言っていたが、彼女がしなくとも、聖女の力を欲したルーカット王国がする可能性がある。

 ここは、ラネにとって危険な場所なのだ。

 こうしてラネとアレクは、ラネの体調不良を理由に、早々にギリータ王国に帰国することにした。




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