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【書籍化・コミカライズ】婚約者が明日、結婚するそうです。  作者: 櫻井みこと
第二部

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魔王と聖女・4

 使い捨ての聖女。

 エマはあっさりとそう言った。

 たしかにアキは、あまり良い性格ではなかったのかもしれない。

 ラネの元婚約者だったエイダーも、アキに唆され、あっさりとラネを捨てて彼女を選んだ。

 結婚後も何かと目の敵にされて、大変だった。

 でも彼女だって、突然見知らぬ世界に連れ去られ、魔物と戦うことを強要された。

 きっともとの世界には、家族や友人もいたことだろう。

 しかも自らの行いが原因とはいえ、アキはドラゴンとの戦いで命を落としている。

 騎士たちを囮にしようとしたことは、たしかに許されないことだが、それでも使い捨てという言葉は、あまりにも酷いのではないか。

 そう思ったラネの心が伝わったのか、エマは視線をラネに向ける。

「そなたが、あの異世界の聖女のような女性であれば、話は簡単であったのだが……」

 残念そうに言うエマの真意がわからずに、ラネは戸惑う。

 彼女はラネが、アキのような聖女であることを望んでいたのだろうか。

「それは、どういう……」

「ラネは、アキのようにはならない」

 真意を尋ねようとしたが、それよりも早く、アレクがきっぱりとそう告げた。

「アレク?」

 鋭い口調は、あまり彼らしくない。

 驚いて見上げるも、アレクは厳しい表情のまま、ラネを守るように片手で引き寄せている。

「そう警戒せずとも、今の私には何もできぬよ」

 アレクの視線を受けて、エマはそう言って苦笑した。

「たとえ知識と記憶があろうとも、今の私には何の力もなく、ただの幼い子どもに過ぎない。それに対して、そなたには間違いなく、聖女の力が宿っている」

 そう言うと、静かな瞳でラネを見つめた。

 たとえ見た目が幼女でも、そのしぐさには威厳が漂う。

「異世界の聖女と違い、そなたには悪意も傲慢さもない。だから、これからも聖女の力を失うことはないだろう」

 もしラネがアキのような女性であったなら、聖女の力は失われ、その力は今度こそエマに宿ったかもしれない。

 だからエマは、もしそうなら話は簡単であったと告げたのだ。

 でもそれは、ラネがもし死んでしまったら、エマは聖女の力を得ることができるということ。

 アレクが警戒するのも、当然かもしれない。

 エマには何の力がなかったとしても、彼女に聖女の力を宿ることを望んだ誰かが、ラネを害するかもしれないのだから。

「案ずるな。そなたが宿しているのは、『聖女』の力だ。悪意を持ってそなたを傷付けた者が、その力を受け継ぐことはできない」

 エマはそう言って、あらためてラネとアレクを見た。

「私がそなたを呼んだのは、聖女の力を奪い取るためではない。私に代わって、聖女の役目を果たしてほしいからだ」

「役目、ですか?」

 その言葉に疑問を覚えて、ラネは首を傾げる。

 もう魔王は倒され、千年の平和は約束されている。

 強い魔物もほとんど討伐し終え、勇者も聖女も、その役目を終えているはずだ。

 ラネは戸惑い、アレクはエマの真意を探るように、静観している。そんなふたりに、エマはゆっくりとした口調で語りかける。

「魔王は、倒してはならぬ存在だった」

 見た目とは正反対の嗄れた重々しい声で語られるのは、想像もしていなかった言葉。

 魔王討伐は、この世界に暮らす人々の悲願だった。

 もしアレクが魔王を倒さなかったら、この世界は滅ぼされていたのかもしれない。

 それは、間違いのない事実のはずだ。

 だからエマの真意がわからず、ラネはただアレクと顔を見合わせる。 

「先ほど、ギリータ王国が聖女を召喚したことを責めるつもりはないと言ったが、それでも聖女の記憶を継ぐ私の言葉を、ギリータ王国は聞くべきだった。そのせいで、そなた達は魔王に関する正しい知識を得られなかったのだから」

 そう告げると、エマは深い溜息をついた。

 その疲れた老人のような表情は、まだ幼い少女の外見には不似合いで、そのアンバランスさに、言いようのない不安がよぎる。

 ラネは無意識に、アレクの服の袖を掴んでいた。

「今までの勇者に、魔王を倒せるだけの力がなかったのも、また事実。たしかに千年は、魔王は不在となるだろう。けれど、魔王を完全に消滅させることは、誰にもできない。なぜなら、魔王は実体を持たない、憑依体だからだ」

 そうして、聖女の記憶を受け継ぐエマだけが知る情報を話してくれた。

 魔王が器として選んだのは、魔物だった。

 強いけれど、あまり知能は高くなかったその魔物は、魔王が憑依したことによって人間たちの驚異になった。

 このままでは、この世界は魔王によって滅ぼされてしまう。

 そう思ったひとりの乙女の祈りにより、聖魔法によって魔を退ける聖女と、常人とはかけ離れた力を持つ勇者が選ばれた。

 けれど魔王が憑依した魔物は、そんな勇者でも倒せないほど強く、聖女は勇者の魂を利用して、魔王を封印するしかなかった。

 その封印も、百年ほどしか効果がない。

 だからこの世界の平和は、何人もの勇者の犠牲によって成立していたものだ。

 その魔王を、今回はじめて倒した勇者がアレクである。

 彼はただひとり、生還した勇者でもあるのだ。

 それなのにエマは、それが間違っていたのだと言う。

(そんなことを言わないで……)

 ラネは、アレクの袖を掴んでいた手に力を込める。

 アキを使い捨ての聖女と口にしたり、アレクの生還を間違っていたと言うエマのことを、ラネは信用できなくなっていた。

 そんなラネの心中を知らずに、エマは語る。

「依り代を失った魔王が復活するには、おそらく千年ほど必要であろう。だがその千年で、魔王は今よりも力を蓄えるに違いない。もう、魔王を封印することすら、できない可能性がある」

 それを防ぐために、ラネに宿る聖女の力を必要として、エマはふたりをこの国に呼び寄せたのだと言う。


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