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 エイダ―の父親はにこやかな顔のまま、広場に集まった村人たちを見渡してこう言った。

「この結婚は、国王陛下に正式に認められている。異議を唱えたりしたら、不敬罪になるかもしれない。くれぐれも、余計なことは言わないようにしてくれ」

 こんな田舎の村で話したことが、国王陛下の耳に入るとは思えない。

 誰かが、国王陛下とも会えるような人に告げ口をしない限り。

(余計なことは喋るなって言う、脅しね)

 ラネは気付かれないように溜息をついた。

 もしエイダ―に婚約者がいたなんて知ったら、聖女は気を悪くするかもしれない。ひょっとしたら、結婚自体がなくなってしまう可能性もある。

 それを懸念して、エイダ―の父は村人たちを脅した。

 余計なことは言うな。

 もし喋ったら、罰せられるぞ。

 そんなことを言われて、逆らう者はいない。

 エイダ―は剣聖で、結婚相手は聖女。しかも国王陛下が認めているのだ。

「おめでとうございます。さすが、エイダ―様」

「村の誇りだな」

 皆、口々に祝いの言葉を述べている。

 そしていつの間にか、ラネと両親の周りには誰もいなくなっていた。

 ふと視線を感じて顔を上げると、いつも優しく接してくれたエイダ―の母が、冷たい目でラネを見つめている。

「ラネちゃんは将来娘になるんだから、おばさんじゃなくて母さんと呼んでもいいのよ」

 五年前はそう言ってくれたのに、もうそんなことなど覚えていないのだろう。

 エイダ―が自分以外の女性と結婚することよりも、エイダ―の両親、そして村の人たちの豹変が悲しかった。

 そのまま何も言わずに広場から立ち去る。

 父も泣き出しそうな母の肩を抱いて、ラネの後に続いた。

 自分の家までの道を歩きながら、五年も会っていない婚約者の顔を思い浮かべる。

 漆黒の髪に、すらりとした長身。黒い瞳。

 昔、泣き虫だったことが信じられないくらい、逞しく成長した幼馴染。

 ラネは、記憶の中の彼に問いかける。

(エイダ―、どうして? あなたの立場が変わったことくらい、わたしだって理解している。せめて直接、婚約を解消しようと言ってくれたら、ちゃんと応じたのに)

 好きだった。

 彼との将来を、ずっと夢見ていた。

 けれどエイダ―が魔王討伐パーティのメンバーに選ばれたときから、住む世界が変わってしまったことを感じていた。もしかしたら魔王を討伐しても、彼は村には戻らず、王都で暮らすのかもしれない。

 もし彼が別れを切り出してきたら、未練がましく縋ったりせずに、笑顔で受け入れよう。そう考えていたのに。

 エイダ―は異世界から召喚されたという、浄化の力を持つ聖女を選んだだけではなく、両親を通してラネに余計なことは言うなと脅しをかけてきた。

 疎ましく思われているのは明白だ。

 エイダ―にとって、ラネはもう婚約者ではなく、自分と聖女の結婚の邪魔になる障害物でしかないのだろう。

 泣き崩れる母とは反対に、もう涙も出ない。

 家に戻ってからは、じっとしていたら余計なことを考えてしまいそうで、忙しく立ち働いていた。


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