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 それから、以前とはまったく違う日常が始まった。

 リィネは、二階にある自分の部屋の隣にラネの部屋を用意してくれた。広く綺麗な部屋に最初は遠慮したが、この屋敷はすべて同じような部屋だからと言われて、それを受け入れるしかなかった。

 次の日にはアレクを連れて、三人で買い物に出た。

 日用品の細々としたものは、多少は村から持ってきていたが、足りないものは多い。

 仕事を見つけたら、少しずつ買い足していく予定であった。

 けれどリィネは嬉しそうに、お揃いにしようと言って色々なものをアレクに強請る。

 妹のリィネならばともかく、自分の分まで買ってもらうわけにはいかないと、ラネは必死に辞退した。

「すまないが、妹の我儘を聞いてやってくれないだろうか」

 けれどリィネが商品を選んでいる間に、アレクはそっとラネに囁いた。

「我儘だなんて。でも……」

「リィネは子どもの頃、誘拐されかけたことがある。だから心配で、治安の良い場所に住まわせた。だが、護衛の魔導師とサリーがいてくれるとはいえ、ひとりの時間が多くて、寂しい思いをさせてしまった」

 あれほどの美貌なのだから、少女の頃はそれこそ人形のように可愛らしかったことだろう。アレクが心配するのもわかる。

 そして、年の近いラネの存在に、はしゃいでしまうリィネの気持ちも。

「わかりました。いずれ、仕事をするようになったらお返ししたいと思っていますが、今は甘えさせていただきます」

「ありがとう。君には無理ばかり言って、すまない」

 申し訳なさそうなアレクに、ラネは笑みを向ける。

「いいえ、無理など。わたしも、リィネさんのことが好きですから」

 明るく朗らかで、ラネのために怒ってくれるような優しいリィネは、まるで太陽のようだ。出会ったばかりだが、もうすっかり打ち解けている。

「ラネさん、これならどっちの色が好き?」

 大きなクッションをふたつ掲げて、リィネがそう問いかける。

「どちらも綺麗ね。でもこれなら、こっちかしら」

「私もそう思っていたの。兄さん、これをふたつ。あとは……」

 幼馴染はたくさんいたが、一緒に買い物に行くような親しい友人はいなかった。

 たっぷりと時間をかけて買い物をして、疲れ切ってしまったが、ラネにとっても楽しい時間だった。

「うん、たくさん買ったわね」

 リィネは満足そうに頷き、ラネを見る。

「ごめんなさい。ついはしゃいで連れ回してしまって。大丈夫?」

「もちろん。わたしも楽しかったわ」

 でも歩き疲れたのも事実だ。この後、公園で少し休むことにした。

「何か飲み物を買ってこよう」

「うん、兄さん。お願いね」

 アレクがそう言って公園の周囲に立ち並ぶ屋台に向かい、リィネとラネは並んで公園のベンチに座る。

「ラネさんは、どんな仕事がしたいの?」

「そうね。今までは刺繍の仕事をしていたの。だから縫製関係だと助かるけれど、仕事が見つかれば何でもいいかな。お手伝いでも、給仕でも、ある程度はできると思う」

「そっかぁ。ラネさんは器用なのね」

 感心したように頷いたリィネは、少し寂しそうに呟いた。

「私も何かしてみたいな。兄さんは大聖堂か図書館にしか行かせてくれないのよ。でも、大聖堂にはあの聖女がいるし」

 窮屈になって故郷の町に行くこともあるが、護衛の女性がいつも一緒で、翌日には連れ戻されてしまうことが多いようだ。

 アレクはリィネを心配しているのだろう。

 これほどの美貌に加えて、勇者の唯一の家族なのだ。今も、狙われることがあるのかもしれない。

 けれど年頃の女性であるリィネには、少し窮屈な生活のようだ。

「だったら刺繍をしてみない? 家でできるし、わたしも教えられるわ」

「本当に?」

 ばっと顔を輝かせたリィネに、もちろんと頷く。

「手芸店に行ってみましょう。刺繍糸と布が必要になるわ」

「ええ、行くわ。嬉しい。ラネさんありがとう!」

 嬉しさを隠そうとせずに、リィネが立ち上がる。

 だがその背後に、見知らぬ男が忍び寄っているのを見て、ラネはリィネの手を思い切り引いた。

「リィネさん!」

「きゃっ」

 バランスを崩した彼女が、ラネの腕の中に転がり込む。

 幼い子どもを庇う母親のようにしっかりと抱きしめて、男を睨み据える。

 見た目は儚げで清楚なラネの迫力に驚いたように、男はそそくさと逃げ出した。

「ラネさん……」

「大丈夫。村では狼だって追い払ったことがあるんだから」

 もちろん本物の狼だ。

 男はただのナンパだったらしい。

 すぐにアレクが駆け付けてくれたが、リィネはピンチを救ってくれたラネにますます懐いてしまった。

「私も教えてもらって頑張るから、ラネさんは家で刺繍の仕事をすればいいわ。だから、ずっと一緒に住もう?」

「それは……」

 たしかに刺繍の仕事があれば有難いし、リィネもアレクも好ましいと思っている。

 けれどそこまで世話になってしまって、本当に良いのか。

 戸惑うラネとは裏腹に、アレクはあっさりと妹の意見を肯定した。

「そうだな。それがいい。さっそく道具を買って帰ろう」

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