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 会場を出る寸前に、アレクは一度だけ立ち止まり、まだラネを罵っている聖女に視線を向ける。

「アキ。君は召喚された聖女だ。魔王が消滅した今、その力は不変ではない。あまり悪意のある行動ばかりしていると、聖女の力を失うことになるぞ」

「……っ」

 その言葉に、聖女は怯んだように口を閉ざした。

「そんなの、嘘よ。でたらめよ。私は聖女なのよ?」

 けれどすぐに自分を奮い立たせるように再び喚きだしたが、アレクはもう振り返らなかった。

「あの、アレクさん。いいんですか?」

 ラネの手を取ったまま、彼女に合わせて歩いてくれる彼に、そっと問いかける。

 魔王討伐の祝賀会も兼ねているのに、勇者が不在でいいのだろうか。ラネは不安に思ったが、アレクは厳しい表情のまま、かまわないと言う。

 出るまでにも途中で何度か呼び止められ、必死に懇願された。それでもアレクは、すべて無視して王城を出ていく。

 あまりにも早い帰りに驚く馬車の御者に、アレクはすぐに屋敷に戻るようにと告げた。

「わかりましたから、もう少し殺気を押さえてください。馬が怯えて馬車が出せません」

 老齢の御者にそう諭され、アレクははっとしたように深く息を吐いた。

「……すまない」

「いいえ。あなたがそんなことになるなんて、よほど酷いことがあったのでしょう。制止される前に、さっさと帰ってしまいましょう」

 御者が上手く馬を宥めてくれたので、すぐに馬車を走らせることができたようだ。

「ラネ、すまなかった。まさかエイダ―があんなことを言うとは思わなかった」

 馬車を走らせてしばらく経つと、アレクがそう謝罪する。

「こんなことになるのなら、無理に連れて来るべきではなかった」

 後悔を滲ませる彼の言葉に。ラネは慌てて首を振った。

「いいえ、アレクさんのせいではありません。わたしもまさか、あんなことを言われるなんて思ってもみなかったので」

 たしかにショックで、どうしてあんなことを言われなければならないのかと思うと、涙が零れそうだった。

 けれどアレクは、直前に交わしていた会話通りにラネの言葉を信じた。

 それが救いだった。

 悪意によって冷たく凍りつきそうなラネの心を、太陽のような光で守ってくれたのだ。

「……そうか」

 アレクはほっとしたように小さく頷き、そうして考え込むように視線を落とした。

「会ったばかりのエイダ―は、あんな男ではなかったのだが」

「たしかにもう少し繊細で、優しかったと思います」

 最初からあんな男だったらラネだって婚約などしないし、アレクも魔王討伐パーティの一員には選ばないだろう。

 少し考えてから、答える。

「昔から身体の小さいこと、弱いことを気にしていたので、力と権力を手にしたことで、暴走してしまったのかもしれません」

 エイダ―にとってキキト村と婚約者だったラネは、弱い自分の象徴だった。

 嫌悪しているのかもしれない。

 だからこそ、強い言葉と態度で貶めようとしていた。

(でも……)

 よく考えてみれば、あんなふうに責められる覚えはまったくない。むしろ文句を言いたいのはこちらの方だと、今さらながら怒りがこみ上げる。

「むしろ僅かに残っていた、幼馴染としての情さえもさっぱり消えました」

 思わずそう口にしていた。

 それに、アレクがこの件に関して罪悪感を持つ必要など、まったくないのだ。

 けれど目の前でラネが罵られているところを見たアレクは、そう簡単に切り替えることができないようだ。

「エイダ―に伝えたいことがあると言っていた。何を伝えたかったんだ?」

「それは……」

 アレクにエイダ―に会わせると言ってもらったときから、心に決めていた言葉があった

 彼と言葉を交わすのも、会うのも、これで最後だから。

「……結婚おめでとう。お幸せに。そして、さようなら」

 ラネは困ったように笑う。

「そう言いたかったんです」

 伝えたかったのは、決別の言葉。

 もうエイダ―に対する恋心はないが、五年間分の想いを忘れるために必要だと思ったのだ。

「でも、言わなくてよかったのかもしれません。実際に会うまで、聖女様は何も知らないだろうと思っていたので」

 実際には、彼女も悪意をぶつけてきた。

 だがあの暴言で、そんな感傷など綺麗さっぱり消し飛んでしまった。

 あんなことを言われてまで彼を想い続けることなど、絶対にあり得ない。

 だから、告げるまでもなく決別することができてよかったのだ。

「もう家族には話していますから、このまま村にも帰らずに、仕事を探そうと思います」

 幼馴染たちも、あんな扱いを受けたあと、今まで通りエイダ―を称えるようなことはしないだろう。

 でも、ラネはもう村に帰るつもりはなかった。

「わかった。もちろん身元引受人になるよ。仕事が決まるまで、あの家で暮らしたらいい」

「そんな、そこまでお世話になるわけには」

 慌ててそう言ったが、アレクは首を振る。

「ここまで関わったんだから、最後まで見届けさせてほしい。君のことが心配なんだ」

「……ありがとうございます」

 そう言われてしまえば、断り続けることはできない。

 実際、王都のことは何も知らない。仕事が見つかるまで宿に泊まっていたら、手持ちのお金などすぐに尽きてしまうだろう。

一刻も早く仕事を探すことを誓って、その申し出を有難く受け入れることにした。


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