009
第五階層には池がある。薬草の素になる植物は池の近くに多く生えており、池を探すことはこの階層の一つのセオリーだ。
しかし、注意することが一点あり、池の中の魔物はレベルが高い。さらに剣士などの前衛職では水中の戦いは不得手なため狩ることはかなり難しいと言える。
ただし、池に入る必要は無いし、不用意に長時間池の近くに滞在しない限りは攻撃されることがないため、注意すべきは水の中ではなく湧いてくる地上の魔物だ。
だからほとんどの冒険者は池の中の魔物を倒すということはせず、草を収集したら引き上げていく。
「正面から対応するパーティーでは無理だけど、僕みたいな職業にはうってつけの狩場らしい。これも父さん曰くだけど」
「そうなんですね。それが本当なら……いえ、本当なのでしょう」
「まぁ嘘でも誠でもやってみて損は無いからやってみよっか」
「はい」
二人は池を探して第五階層を歩き出す。
「ところで、なんであなたのお父さんはそんな情報を知っているのですか?」
「そうだよね。不思議なんだ」
「え、知らないの?」
「うん。知らない方がハードボイルドだろ?って教えてくれないんだ」
「ハードボイルド?」
「うん。意味は分からないけど。
あとなんか、寄り道しすぎだ、ってよく言ってたなぁ」
「寄り道?……どういうことでしょ?」
「さぁ?分かんない。ま、父さんは父さんだし。仕方ないよ」
そう話すキョウの顔はどこか楽しそうに見えた。
両親を早くに亡くしたイリアには分からない感覚であり、羨ましい気持ちがかすかに芽生える。
生い茂る草をかき分けた先に、三日月のような形をした池を見つけた。
苔か植物が反射しているのか、池は緑色で風が表面を揺らしている。どれほどの深さなのかは判断できそうになかった。
キョウが池の様子を確認しているとイリアが近くに生えていた薬草の素になる草を自然と摘んでいた。
「よし、じゃあ始めるよ」
キョウはイリアに声をかけ、毒薬を生成する。
それを池の中に放り投げる。一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。
五つ投げたところで精神力が尽きたので回復のために小休止し、回復したところでまた一つ、二つ、三つ、四つ、五つと投げた。
キョウがこの作業をずっと続けること10分。その時がおとずれた。
「お、レベルが上がっていくね」
「わわわ、本当です。レベルが上がりました」
キョウのレベルは5に。イリアのレベルは7に上がっていた。
池の中にいた魔物が毒によって順番に死んでいき、その度にまとまった経験値が入ってくる。
続けるね、とキョウは言って毒薬を生成しては池に投げていく。
数時間、池の表面は試験管が入水するたびに小さな波を発生させ、池の中の生き物を蝕んでいく。
小さなさざなみが重なると大きな波になるように、キョウとイリアのレベルはこの数時間で25まで上がっていた。
「びっくり仰天です」
イリアはレベルが上がるたびに驚き、そしてレベルが10を超えた辺りから、ただただ呆然としていた。
「ほんとそうだよねー」
キョウは事前に父から聞いていたためそこまで驚きはなかった。
「じゃ、今日はこれまでにして引き上げよう」
キョウがそう言うとイリアは返事を返す。出口につながる次の階層につながるポータルを探すため二人は歩き始めた。
「なんか、勿体ないような気もしますし、このまま続けてても罰が当たりそうな気もしていて、なんか複雑な気持ちです」
「勿体ないという気持ちは感じる必要ないかな」
キョウのその言葉にイリアは頭を傾ける。
「えっと、自分よりもかなり弱い魔物を狩っても得られる経験値はかなり少なくなるんだよ。
だからこのまま狩ってても、僕らのレベルが上がることは無いかな」
キョウは父から得た情報をイリアに伝える。
自分のレベルと比較して弱すぎる魔物を狩ると得られる経験値は極端に減るため、今回の方法ではレベル25が限界だとキョウは聞かされていた。
だから限界までレベルを上げることが出来たキョウは引き上げることにしたのだ。
「そうなんですね。ますますキョウのお父さんの情報源が気になります……」
「ま、そこはハードボイルドだから気にしない方がいいよ。地面に隠れるマンドラゴラを迂闊に引っこ抜くと死ぬこともあるから、知らない方がいいこともある」
「よく分かりませんが……分かりました」
イリアは自分を納得させるように二度頷いた。
そして程なくして二人はポータルを発見し、塔攻略初日を終えたのだった。