006
キョウとイリアは元帝国に戻ってきていた。聳え立つ塔を前に、二人は塔の伸びる先を見つめ立つ。
「ところで、クランはすぐに立ち上げることができるのかな?」
隣で髪を靡かせながら見上げるイリアにキョウは訊ねた。
「クランは10階層目を攻略しないと駄目だったと。10階層目を攻略し、最低でも3人のメンバーがいればギルドにクラン申請することができるようになります」
目線をキョウに移しながらイリアは回答する。
「クランに入らないと塔の外に映されるディスプレイに映らないから、実力が無いのにクラン申請する冒険者もどき対策として条件をつけたようですね」
「そうなんだ。じゃあ、ささっとクランは申請しちゃいたいな。あ、でも3人目も探さないといけないね」
「ええ、そうですね。でも、アルケミストと魔術師のPTに新たに加わってくれる人なんて、奇特な人しか……」
「うーん、変な人とは一緒にチーム組みたくないから少し先になりそうだね。まぁ、今日は塔を攻略していこう」
自分たちがその“変なの”であるだろうとイリアは思ったが口にはしなかった。
塔に入る前にギルドに寄って探索申請を出す。基本的にギルドは混んでおり、受付まで30分待ち、許可証をもらうまでさらに30分かかった。
「毎回こんなに時間取られるの?」
「そうですね。クランに入っていない野良PTは優先度低いですからだと思います。一桁台の画面に映るようなクランは並んでいるのを見たことがないですね」
「そうなんだ。じゃあ早いところクランを作ってランクを上げたいところだね」
ギルドから出て塔の入り口で許可証を確認してもらっている間、確認中のギルド職員は怪訝そうに二人をチラチラ見る。
キョウが怪訝に思っているのをイリアが察知して囁いてくる。
「きっと弱そうな人間二人が入ろうとしているのが珍しいんです」
「そっか。てっきり四つ株のマンドラゴラでも見つけたのかと思ったよ」
しばらく待ち、塔に入ることが許可された。
「やれやれ、結構時間かかったね。早く顔パスになりたい」
「慌てずにゆっくり行きましょう」
「嫌だ」
駄々をこねる子供とそれをあやす姉のようなやり取りをしながらキョウ達は塔に入った。
ー
ーー
ーーー
キョウ達が塔に入ってから数刻、塔から遠く離れた森の中、一人の男が立っていた。
「そろそろ、腹を括る時が来たかな」
男の後ろには魔物の山が築かれ、ゆっくりと下段の魔物が地面に吸われるように消えてその嵩が低くなっていく。
そこに全長30m程の水龍が飛んできた。
「満を侍して、ってやつだな」
男は笑い、相対する。
水龍は男目掛けて爪を繰り出す。
男はその爪を避けずに片手で受けたと思ったら、次の瞬間には水龍がひっくり返っていた。
男の口元が微かに動き、空から炎をまとった巨大な岩が落ちてくる。
水龍はそれに向かって口から激流を吐くが岩がそのまま水龍の腹に落ちてきた。
悶えながら岩を払い除け起き上がる。水龍の表皮は硬く、内部にダメージを与えたことは予想できるが、見かけ上は何も変わっていない。
水龍が翼をはばたかせると線状になった水が男を襲う。魔術師が使うウォーターカッターという魔法だ。
それを男はテレポートで避ける。後方に移動しやり過ごしたのち、さらにテレポートで近づき、いつの間にか握っていたダガーで翼を切り裂いた。しかし水龍はすぐに再生し、翼は修復される。
瞬時に作戦変更した男の手には弓が握られており、矢を持たずに上空に弦を引き、弾く。弾く。弾く。何度も連続で弦を弾いた。そして、
「5」
男はカウントダウンを開始する。そこに水龍は口から激流を吐き出した。
男は再度詠唱する。男の立つ地面から氷柱が伸び、激流は男が立っていた箇所の氷柱の腹に当たるがびくともしなかった。
「4……3……」
カウントダウンが進む。
水龍は次にどう動くか考えているのか、男が隙を見せるまで待っているのか、一定距離を保ちながら飛び跳ねている。
「2……1……」
じっ、と水龍を睨んでいた男が憐れむように告げた。
「終わりだ。0」
何かを感じ取ったのか水龍が空を見上げた瞬間に、空から氷の雨が降ってきた。
氷雨、氷雨、氷雨、ひたすら男の周囲が氷の雨でズタズタに荒れていく。
水龍はその圧倒的な物量に動くことができず、鱗は剥がれ落ち、両手で体を支えていたが遂には我慢できなくなり倒れた。
「まあこんなものか」と男は呟き塔のある方角を見つめる。
「全盛期の6割ってところだが、そろそろケジメをつけないといけないな」
男は何かを決意し、水龍に背をむけ歩き出す。
「あと、ついでに、息子にかっこいいところを見せないとな」