003
宿の主人が”クエスト”という頼み事をしていることをキョウは父から聞いていた。
ここは塔から一番近いダンジョンであり、ダンジョンの難易度としては初めて塔に挑む者に作られたような簡単なダンジョンらしい。
さらに近くに宿泊することが可能な宿もあり、体力回復も万全だ。そして宿屋の主人からのクエストがあり、キョウの父曰く、通称『なぜれない(なぜ潰れない宿屋)』が存在するようだ。
キョウはその情報をもとに、期待して宿屋に入る。
「宿泊したいのですが、お金がないので代わりになることってないですか?」
顔にシワが深く刻まれている宿屋の主人らしき人物に、カウンター越しに話しかける。
「冒険者か?……そうだなぁ。近くにダンジョンがあるだろ?最近、そこから魔物が出てきてる気がしてな。最低10匹の魔物を狩ってくれたらタダでいいぞ」
「分かりました。ではそれをやらせていただきますね。
二人なので、二部屋、最低でも20匹の魔物を狩ってくるでいいですか?」
「ああ、頼んだよ。晩飯と朝食もつけるよ」
礼を言って、キョウ達は宿屋から外に出る。
外に出るとイリアがキョウに話しかけてきた。
「本当だったんですね。お金がなくてもこんな方法で……」
塔の付近は開発が進んでいて住宅街や飲食街もあるし宿もある。ここで泊まる人はおそらく少ないだろう。
それなのに無料で宿泊させてくれる宿屋の主人に二人は心の中で感謝する。
「それじゃあ依頼の達成と目当てのアイテムがドロップするまで、ダンジョンに潜ろうか」
ダンジョン入り口の方向に歩みを進める。
「道中にお話ししてたアイテムですよね」
「そうそう。僕たちはここで指輪を集めるよ」
「ところで、なんで指輪なんですか?」
イリアは手を口に添えて顔を傾ける。腑に落ちていない感がキョウに伝わった。
「ええと、普通の指輪ではなく、魔物が落とすドロップアイテムで、特殊な効果がついたものを集めるんだよ。
特殊な効果の中でも“行動速度プラス”の効果が付与されていることが最重要で、さらに“魔力増加プラス”の効果がついた指輪を集めることができれば、言うことなし」
「へー、そんな効果の指輪がドロップするんですね?知リませんでした」
「兎にも角にも僕とイリア用で合計20個の指輪を用意することになるので、それまでは宿泊しようと思う」
「に、20個ですか……」
「はい。指、5本ずつありますよね?」
キョウは笑いながら答えた。
(さあ、塔に入るための前準備の時間だ)
これが終われば塔に入るぞと決意しているキョウは、嬉しくて少し震えた。
ー
ーー
ーーー
ダンジョンに入ってキョウたちが最初に遭遇したのはレッドマウスだった。赤い色のした30センチ程度の大きさのマウスだ。
僕の前にイリアさんが立ち、魔法を唱える。
「火球!……火球!」
イリアは動き回りマウスから距離を保ったり、時には近づいたりして火球を当てていく。
アグレッシブな魔術師な動きをキョウはじっと見ていた。そして、イリアが最高の魔術師の原石であると感じていた。
(これだけ動けるなら、父さんが言ってた近接系魔術師いけるな)
倒し終えたイリアさんがドロップを確認し、キョウはイリアに駆け寄る。
「ドロップしなかったようです」
「それは残念。ところで、イリアってスキルをどう振ってるの?」
「スキルは、一つも振っていません」
「え……じゃあ覚えているのは火球だけ?
レベルは幾つになるの?」
「レベルは5ですね。何に振ったらいいのか分からなくて、振るのが怖くて振ってません」
イリアは優柔不断だった。誰かのために犠牲になることは厭わない性格であるが、その反面自分のこととなると迷い、悩み、現実から逃走することが多々あった。
そんなイリアは今まで悩みを相談する相手がおらず、応援する人もいなかった。しかし今はキョウがその背中を後押しする。
「そんな、勿体無い!振ろう。今すぐに!」
「うーん、でも少し変わるぐらいじゃあまり効果は……」
「確かに1や2つ変わるぐらいではそんなにだけど、10、20変わってくるとかなり質が違いますし、いつかは振るんですから、先に振らないと勿体無いよ」
「それはそうだけど……。何に振り分ければいいか分からなくて」
「大丈夫、僕に案がある。最強職業の一つ、魔術師なんだから自信を持っていこう」
その言葉にイリアは目を輝かせる。
最強職業だということを道中にも伝えられたイリアはお世辞だとは思いつつ興奮したのも事実だった。
塔の攻略という点で言うと、魔術師は剣士などの前衛職やアーチャーなどの後衛職より火力はなく、体力も低く、精神力が切れれば回復するまで何もできないため優先してパーティーに入れる職業では無い。
それが故にイリアはパーティーを追い出されたし、報酬割り振りも少なくされるなど、不遇な冒険者生活を送ってきた。
そんなイリアをキョウは最強だと言ってくれている。今までの扱いと真逆のその態度とその言葉に、イリアは頑張る活力を得ることができた。
だから、キョウを信じて失敗するならそれでいい、スキルが滅茶苦茶になって冒険者人生が本当に終わってしまってもいいからキョウの言葉に乗ってみよう、という覚悟をイリヤは持っていた。
「分かりました……やってみます!」
「ありがとう。テレポートに一個振って、あとはアイスタッチに振ろっか」
※アイスタッチ・・・触れた相手に氷ダメージを与えるスキル。状態異常の氷結が付与される。氷結状態になると動きが遅くなってしまう。氷結の持続時間は数秒である。威力と氷結時間はスキルレベルに依存する。
※テレポート・・・高速移動に使えるスキル。最大で20メートルほど瞬時に移動ができる。一度使うと30秒程度間隔をあけないと使えない。移動距離はスキルレベルに依存する。
そんな覚悟を持っていることを知らないキョウはイリアに簡潔にあっさりと振るべきスキルを伝える。
ちなみにスキルにはリセットする方法があるとキョウは父から聞いていた。
魔術師だから一度はスキルをリセットするだろうとキョウは考えてるため、割り振りミスをしてもいっか、とすら思っている。
「じゃ、ここからは安定を重視した立ち回りで狩っていこうか」
キョウが伝えた立ち回りはこうだ。
1. 火球で先制攻撃
2. 近づいてくるモンスターをアイスタッチで攻撃。アイスタッチの効果でモンスターは氷結の状態異常になり、動作が遅くなる。
3. その間に再度アイスタッチで攻撃。もしくは相手の攻撃が当たりそうならテレポートで後方3mに離脱。
4. モンスターが倒れるまで2と3を繰り返す。
この動作によりダメージを受けず、安定して狩が進む。
アイスタッチは消費する精神力も少なく、次の獲物を探す間に魔力が最大回復するため心身の疲労さえなければ永遠に狩ることができるサイクルが出来上がる。
安定と効率を求めた結果、イリアがモンスターを探し狩り、キョウがドロップを確認する役割分担になる。この状態で狩を5時間ほど続けた。