002
キョウ(職業:アルケミスト)はこの日初めて塔の前に立った。
父から話は聞いていたので知識だけは持っていたが、それでも実際に見るとその大きさに感動するばかりだ。一歩一歩塔に近づく毎に気持ちが跳ねていた。
しかしそんな気持ちを抑えて、塔に入る前にしなければならないことがキョウにはあった。それはパーティーを組むことだ。アルケミストである限り、一人で塔を攻略することは絶望的だと知っている。
だから塔に入る前にソロで塔を攻略している者がいないか探すか、パーティー斡旋しているギルドなどで仲間を探す必要がある。
それだけでなくキョウにはもう一つハードルがあるのだが、それは仲間を見つけてからの話なので今は置いておこう。
塔の入り口近くでキョロキョロとあたりを見回すと女性が一人ボーッと立っていた。
身なりからしておそらく魔術師だろうと推測したキョウは話しかけることを決め、近づいた。
「顔色が今にも死にそうなマンドラゴラなところすいません、今いいですか?」
女性は目線をこちらに向け、コクリと頷いてくれた。
その目はまだ死んでないようだった。キョウは安堵する。
「ありがとうございます。なんか落ち込んでそうなタイミングですいません。ギルドの場所について聞きたいんですがーー」
女性はキョウの話を聞いたのち、気を取り直すためか頬をパチンと叩き、質問に答える。ついでに女性がこの一年どう冒険し、そしてたった今パーティーからクビを宣告されたことまで噴火した火山のように一気に喋った。誰かに聞いて欲しかったみたいだ。
「話してくれてありがとうございます。ところで……あなたは見たところ魔術師みたいですが、あってますか?」
「ええ、あってますよ」
役立たずの魔術師よ、と女性は自虐的に付け足した。
「やっぱり魔術師ですか」
キョウは顎に手を添えて思案する。
(魔術師といえば重要なPTメンバーの役割だと父に教えてもらった。ソロをやってもよし、パーティーに入ってもよし、スキルの割り振り次第でどんなプレイも可能な職業のはず。
たとえすり潰されていくマンドラゴラのよう見た目だとしても、アルケミストという立場の僕としては誘ってみる以外の選択肢は無い)
「あの、先ほどパーティーから追い出されたと言ってましたが、僕と一緒にチームを組みませんか?絶対に後悔させませんから!」
女性は怪訝な目つきで僕を見た。
「あ、そういえば名乗っていませんでしたね。キョウって言います。」
怪訝そうな顔でイリアは名乗り返した。
「お願いします、こっちに来て右も左も分からず、頼れるのはイリアさんだけなんです」
キョウは力強く頭を下げた。このまま土下座する勢い寸前のところで返事が返ってきた。
「そ、そんなにお願いしなくても、魔術師ならギルドに行けばきっと誰かと組めますよ」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。だから私じゃなくても……」
そう話すイリアの顔が曇る。
「でも、ここに来て初めて会話して、色々教えてくれて、僕はイリアさんと組みたいです」
そう話すキョウの言葉は力強く、そして弱っているイリアの心に強く刺さった。
イリアの今までの人生で誰かに強く求められることは皆無と言っていいほどだった。いてもいなくてもいい。いたら少し便利ぐらいの立場でずっと生きてきた。そしてこれからもきっとそうなのだとイリアはずっと思っている。そんなイリアには、会ったばかりとはいえ、そしてクビになったばかりでショックを受けている状況のなか、その言葉を断るほどの意志を持つことは無かった。
「分かりました。少しの間になるかもしれませんが、一緒にパーティーを組みましょう」
「少しの間だけと言わずに、ずっとお願いします!」
「ハァ……がっかりしないようにね」
「はい、がっかりさせないように頑張ります!」
「なんか噛み合ってない」と呟くイリアさんを尻目に、キョウは塔を攻略することに胸を躍らせた。
「では、行きましょうか」
「塔に入らないの?」
「塔にはまだ入りません。まずはここから一番近いダンジョンまで行きましょう」
「ダンジョン?……何の用があって?」
イリアの眉が八の字に歪み、首を傾げた。
「それは向かいながら話しましょう。一番近いダンジョンは道が延びてるあっちの方向だと思うのですが、あってますか?」
「ええと……確か小さい村とダンジョンがあったと思います。距離は……歩いて30分ぐらいだったと」
「じゃあ今日中にダンジョンに入れそうですね、行きましょう」
キョウとイリアは塔を背に二人ならんで歩き出す。その道中、キョウとイリアはあらためて自己紹介し、ダンジョンに向かう理由や今後の方針について共有した。
ー
ーー
ーーー
「その話は本当ですか?!」
驚愕した勢いそのままにイリアの顔がキョウの眼前に迫る。
キョウは走って逃げるマンドラゴラの勢いだな、と思いながら首肯する。
「父さん曰く本当だよ。ま、結果はそろそろ分かるから楽しみにしておいてよ」
興奮冷めやらぬイリアを連れてキョウは目的地のダンジョンに着く。
前方斜め方向、道から少し外れた場所に、かまくらのようにポッカリと口を開けた入口が見える。中は暗いが日中の光で入り口から下に続く階段が見て取れた。
あ、とイリアの口から声が漏れる。
「あれですね」
「着いたね。じゃあこの近くに宿屋があるはずだけど……」
「あっちのほうにあったと思います」
イリアが指差す方に歩いていくこと1分。周りの木に隠れるように、蔦で縫われたような建物が立っていた。
「よかった。今日はダンジョンに潜ってから、ここに泊まろうと思うんだけど」
「え、お金大丈夫かな……」
「情報通りなら、大丈夫。ちょっと宿屋の主人と会話してくるね」
キョウは笑顔で手を振りながらイリアに待ってて、と言う。
その謎の自信にイリアは首を傾げながら、キョウが宿屋に入っていくのをじっと見ていた。