011
翌日。天気は雨。
じめじめとした空気が漂い、ボロい宿の雰囲気と相まって何かが起こりそうだとキョウは予感していた。
塔の外と中では環境が違うため塔の中に入ってしまえば、この予感は杞憂だろうと考えキョウは支度を始める。
支度30分、移動30分の計1時間。キョウとイリアは塔の目の前にあるギルドまで来ていた。
「お互いもうお金が無いみたいだから、今日の目標はお金稼ぎにしよう」
2人は本日の方針を確かめ合っていた。
「となると、目標は21階層ーー」
「おっ、いたいた」
そこに男が割り込んできた。
黒目の黒髪で髭は生えていない。左耳から左肩にかけて火傷の跡があり、右手にはアタッシュケースのような黒いカバンを持っている。見た目から30歳前後だと想像できる。
よくよく観察すれば右足が外側に少し開いているのが分かり、それは右膝がねじれているからだとキョウは知っている。
「え、父さん!どうしたの?」
「ああーーそろそろだと思ってな」
キョウの父だと判明したその男は右手に掴んでいた鞄をキョウに差し向けながら言う。
「そろそろ、お前も本格的に塔を攻略するだろうと思ってだ。俺から餞別だ」
「え、何なの?なんか企んでるの?気色悪いんだけど」
「企んで無い企んで無い。今日は真面目だ」
「そう言った時ほど何か嫌なことが起きてきたような」
「ま、そういうこともある」
キョウは差し出された鞄を受け取りながら父の本意を探る。
そんな二人をイリアは横で見ながら、いつも何かしら酷いことをされているのかと想像した。
「真面目ついでに今日は塔に入るのはやめて、あのでっかいディスプレイの前に陣取ってろ。絶対だぞ」
男は念を押して塔の方に向かっていく。
すでにギルドで入塔の申請は済ませていたようだ。
「いや、今日入らないと暮らせないんだけど」
キョウは抵抗の声を上げるが、父から一言ーー
「なんとかなる!」
と返ってきたのでキョウは渋々納得した。父がなんとかなると言ったら何とかなるのがこの世の理だった。
颯爽と去っていったキョウの父を見送った二人は顔を向き合わせる。
「じゃ、じゃあ本日の予定はあそこのディスプレイ前でこれからのことを考えようか。
鞄の中身も確かめないといけないし」
「はい、分かりました。そうしましょう」
こうして二人は移動していく。
他のディスプレイとは違い一際大きいディスプレイ前に移動し、キョウはイリアに質問する。
「他のディスプレイは塔の中の様子が映っているようだけど、このディスプレイはまだ黒いね。
どんな時にこのディスプレイは映るんだろ?」
「このディスプレイに投影されるのは月に一度あればいいぐらいですね。まだ誰も倒したことがない新規階層のボスモンスターに挑む時か、クラン戦で上位クランが戦う時ぐらいしか……」
「そうなんだ」
その条件だとしたら、キョウの父がこのディスプレイの映るようなことはあるのだろうか、とキョウは考える。しかし、いくら考えても答えは出てこないので考えるのをやめ、父からもらった鞄を開けることにした。
キョウが鞄を開けると中は漆黒で光も何もかもを吸い込んでいっているような空間が四角形に詰まっている。
それを見たイリアが口を開く。
「これ、なんでしょうね?なんか……アイテムボックスっぽい雰囲気を感じますが」
「そうなのかも。ちょっと手を突っ込んでみるよ」
キョウは真っ黒なそれに手を突っ込み、何かに手を振れたと思ったら引っこ抜いてきた。
「なんだこれ?」
引っこ抜いてきたのは白い袋。中を開けるとーー
「あ、お金が入ってる。しかも結構入ってるよ」
ずっしりと重たい袋をイリアに見せる。
「わわ、凄いですね。これでしばらくは生活できそうですよ」
「父さんが言ってた選別ってこれのことかな。だったらそう言ってくれてもよかったのに。でもまぁ父さんらしいか。」
素直に言ってくれない人種がハードボイルドであり父なのだとキョウは一人納得しつつ、他に何か入ってないかもう一度手を突っ込もうとしたところで、目の前のディスプレイに明かりが灯った。