010
塔から引き上げた二人はイリアがいつも宿泊している安宿に向かって行った。
宿は塔から歩いて30分ほどと中心から外れた場所に立っていて、寂しい、という言葉が直立しているような建物だった。
「じゃ、明日から本格的に塔を攻略しようと思うからスキルを割り振っていこうか」
キョウが借りた部屋で二人は向かい合って会話している。
「はい、本当に……こんなことあるんですね」
イリアは自分のレベルが1日で25まで上がったことにまだ衝撃を受けていた。
一方のキョウは淡々としている。
「まずは僕のスキルだけど、レベルが25になったからスキルポイントは……69ポイント溜まってるね。
調合スキルのレベルは今3だから、50まで上げて……。
エフェクトエリアを10まで上げる。
残りの2はクローンに割り振って、完了っと」
※エフェクトエリア・・・調合で生み出した薬品効果を自分を中心に範囲内のPTメンバーに付与することが可能。スキルレベル1につき1m広がる。
※クローン・・・生み出した試験管を複製することが可能。スキルレベル1で1本の試験管を2つにすることが可能。スキルレベル10で3つにすることが可能。以降、スキルレベル10ごとに複製数が1つずつ増える。
「おそらくですけど、キョウは現時点で世界最強のアルケミストですね」
アルケミストが塔に入ることはまず無いため、レベル25に達したアルケミストはまずいないだろうとイリアは結論づけた。
そんなイリアにキョウは不敵に笑う。
「うーん、それはどうかなぁ。世の中は広いから、きっと僕より先に進んでるアルケミストはいるよ」
「そうですかね?そんな人がいたら有名になってそうですが……」
「少なくとも僕は一人知っているよ」
「出会ってまだ1日しか経ってませんが、その言い方と表情から察するに、キョウのお父さんのことですか?」
「うん、正解。と言ってもアルケミストかどうかは分からないんだけど……なんか弓を持っていることもあるし」
『弓、って事はアーチャーですかね?ん?でもアルケミストの可能性もあるんですよね?」
「そうだねぇ。槍を持っていることもあるよ。なんか謎なんだよねぇ」
キョウは思い出すように目線を上げるが、次の瞬間にはイリアに顔を向き直す。
「ま、父さんのことは考えても仕方ない。ハードボイルドだから。
次はイリアのスキルポイントを振ろっか」
「はい、そうですね」
「ええと、スキルポイントは……60だね。
アイスタッチが今11でテレポートが1だったよね。
アイスタッチを50まで上げるとアイスウォールが使えるようになるからそれにスキル1振ろっか。
あと20はヘイストに振ろう」
※アイスウォール・・・氷の壁を生成。正面もしくは自分の足元に作ることが可能。スキルレベルにより強度が変化。
※ヘイスト・・・動作が速くなる。スキルのウェイトタイムが短くなる。スキルレベル1につき0.1%向上。
「……はい、振りました」
「オッケー、これでかなりパワーアップしたから効率も変わってくると思う」
「……もしかして、私の出したパーティーを続ける条件ってハードル低かったりしますか?」
何か集中して考え事をしていたイリアは思っていたことをキョウに聞いた。
「あー、そうだね。多分、いや相当ハードル低いんじゃないかな。と言っても僕も塔には初めて登るから伝聞だけど。
30階層までならどんなジョブでもソロで登れるって聞いてるよ」
「30階層まで……流石にそれは嘘でしょう」
「本当かどうかは明日、確かめよっか」
もしそれが本当なら大半の冒険者は何なのだろうか。ずっと時が止まっているようなものじゃないかとイリアは考える。
常人には、日々の生活をするのが手一杯のものでは辿り着けないはずだ。
少なくとも、日銭を稼ぐような今までと同じ生活を続けていた私には無理だっただろう、とイリアは思う。
そうだ、明日の生活も考えないといけない。今日のレベル上げ最中に採取した薬草の元となる草をギルドに買い取ってもらっても明日の食事と宿泊するだけで尽きてしまう。そんな状況で階層更新をしてしまってもいいのだろうか?やはり一度生活費を稼ぐために5階層で薬草収集を集中してやったほうが。いやいやそれでは今までと同じじゃないかーーなんて考えを巡らせているイリアにキョウは言う。
「今日はもうゆっくり寝ようか。部屋に戻りなよ。それじゃまた明日ね」
こうしてイリアは部屋から追い出され、寝るまで悶々と考え続けるのだった。