第88話 キーンとアービス小隊、土手のかさ上げをする2
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アービス小隊がボルタ曹長を先頭に土手のかさ上げ作業の応援に駆け付けた。みんな黒玉によって強化されているので夜の暗がりの中でもよく目立つ。
いくら強化した小隊の兵隊たちが作業するといっても、実際は、キーンが魔術で作業してしまった方が早い作業だが、現在河の水位もそこまで差し迫った状況でもないため、他の部隊の兵隊たちとの共同訓練のつもりで小隊員たちに作業させることにした。
雨の勢いはだいぶ落ちてきたがまだ小雨というほどではない。そんな中、アービス小隊の面々がモッコに濡れた土をスコップで大盛にして、それを二人がかりで土手の上に運び上げていく。モッコを返して土を空けるとすぐに土手の下まで帰っていきまたモッコに土を盛る。土手の上では他部隊の兵士がその土を均していく。
アービス小隊の兵隊たちは各分隊長をはじめ、強化されたのが初めての経験のため、いくぶん浮かれているようで、ものすごい速度で作業がはかどっていった。
見ていると目が回ってしまうほどだ。今はボルタ曹長も土手の上に上がって兵隊たちに細かく指示を出している。黒玉は特に何もすることがなかったので、今はキーンの頭の上に浮いている。
アービス小隊が作業を初めて3時間。雨も小雨になり、河の水位は元の土手の高さの20センチ下あたりまで来ていたがそこから水位が少しずつ下がり始めた。
「作業やめー! 各部隊点呼の上解散して良し」の声が各所で起きた。
「アービス小隊、集合!」
キーンの隣に戻ってきたボルタ曹長の声で、泥だらけになった小隊の面々もキーンの前に集合した。
「みんなご苦労さん。作業が終わったようなので、宿舎に戻って解散。宿舎では夜食があるそうだ。シャワーを浴びてから食堂に行けよ」
ボルタ曹長はどこからか夜食があるとの情報を仕入れてきていたようだ。
「小隊長から何かありますか?」
「みんなご苦労さま。みんなの頑張りで作業がかなり捗ったみたいです。ありがとう。僕は寮に帰りますから気を付けて兵舎に戻ってください」
「「はい!」」
「それでは小隊長殿失礼します。
アービス小隊、駆足!」
黒玉を頭の上に漂わせたボルタ曹長を先頭に、作業道具を持った兵隊たちが整列して帰っていった。相変わらず派手な光を放っているため非常に目立つ。
キーンが土手のかさ上げ作業を見届け終えて軍学校に戻り、警備員の詰所で預けていた荷物を受け取って寮に戻ったところで、門限の9時を過ぎていたが扉は開いていた。門限を過ぎた後で寮に帰った場合どういったことになるのかキーンは知らなかったので、一応寮母のいる部屋に向かって、
「キーン・アービスただいま戻りました」
と告げたところ、中から寮母のおばさんが現れて、
「お勤めご苦労さま。夜食を作ってありますからね」
キーンが軍の仕事をしていたことが寮にも伝わっていたらしい。夜食は兵隊たちだけだと思っていたが寮でも作っていてくれたようだ。
「ありがとうございます。シャワーを浴びてから、夜食をいただきます」
そう言って、キーンは自室に戻っていった。
消灯まで1時間もないのでキーンは急いで着替え持って1階に下りてシャワーを浴びた。
気付けばタオルを忘れてきていたので、更衣室には誰もいなかったこともあり、寮に戻った時一度強化を解除していたが再度強化をかけ直し、全周モードでファイヤーアロー100分の1を自分に撃ち込んでみた。
シューと言う音がしたと思ったら、髪の毛を含めて全身が乾いている。
「これはいい」
一人でニヤニヤしながら服を着たキーンは、着替えた服を持って自室に戻り、また1階の食堂に下りていった。
食堂には、一人分の布巾のかかったトレイとパンかごがテーブルの真ん中に置いてあった。
珍しく一人でキーンは食事を始めたところ、いつもはトレイの中に必ずスープがついているのだが、今日に限ってスープが入っていなかった。
それでも気にせずお皿の上の料理を食べていたら、台所に人が入ってくる気配がした。
「アービスくん、いまスープを温め直しますから少し待ってね」
賄のおばさんがそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
キーンにとって料理が冷めていようが温かであろうがあまり気にはならないのだが、人からの好意は素直に受けるべきだとこの前クリスと観劇した芝居で教わっているので、おばさんにそう答えておいた。キーンは日々進歩しているのである。
「おまちどおさま」
おばさんがわざわざキーンのところまでスープの入った深皿を持ってきてくれた。
「スープのおかわりは沢山あるから言ってね」
「はい」
キーンが食事を進めていると、食堂に人が入ってきた。
「あら、更衣室に忘れ物をしたので1階に下りてきたんだけど、食堂に明かりがともっているので覗いてみたら、キーンくんがいた」
「さっき寮に帰ってシャワーを浴びて食事してるんだ」
「さっき帰ってきたって、何かあったの?」
「自宅をいつもの時間より少し早く出たんだけど、学校の門をくぐったら呼び出しがあったんだ」
「どこの誰から?」
「近衛兵団長から。それで、王宮にある近衛兵団の本営にいったら、イスラ河の土手のかさ上げを頼まれちゃった」
「自宅から寮に帰る途中の運河の水かさも上がってたもの、大雨でイスラ河も水位が上がってたのね。それで魔術で土手のかさ上げをしてたんだ」
「うん。近衛兵団の兵隊さんたちも作業したんで、僕がかさ上げしたのは1キロだけ」
「1キロ土手をね。キーンくんだものね。それもあっという間だったんでしょ?」
「計ったわけじゃないけれど20分くらいはかかったんじゃないかな」
「やっぱり。それにしては帰ってくるのが遅かったのね」
「そのあと僕の小隊もやってきて作業を3時間ほどしたところで作業終了になったんだよ。僕はその間僕の小隊の兵隊たちの作業を見てただけ」
「見ていただけでも雨の中大変だったでしょう?」
「強化してたから全然平気だった」
「キーンくんだものね。あら、そろそろ消灯の時間よ」
「ちょうど食べ終わったから。
おばさん、トレイは下膳口に返しておけばいいですか?」
『そうしてくれればいいわ』
「ごちそうさまでした」
キーンはトレイを返して、ソニアと食堂を後にした。
階段の前でソニアと別れたキーンは自室に帰り消灯を待たずに眠りについた。
週が明けた翌日。
朝方には昨日までの雨雲はどこかにいったようで、すっかり王都上空は晴れ渡った。
結果的には昨日の土手のかさ上げ作業自体は無駄になったようだ。これまで同じ駐屯地の部隊からだけは評価されていたキーンの小隊だが、今回の作業での活躍でその他の部隊からも高く評価されるようになった。やはり、小隊を作業に駆り出したことは成功だったようだ。兵士が評価されるのは戦場で戦うだけではないことがよくわかった。




