第80話 隊長名付き部隊、アービス小隊
小隊が集合するという訓練場に向かう間、ボルタ曹長に聞いた話では、近衛の駐屯地は王都近辺に何個所かあるようで、キーンの向かったのは、王宮に一番近い駐屯地の中にある訓練場なのだそうだ。小隊の兵士たちはキーンの小隊のために近衛の各中隊より集められた兵士たちだそうで、ボルタ曹長を含めその駐屯地の兵舎で昨日から寝食している。
「小隊長殿。小隊の兵隊たちに、自分も昨日顔合わせしたのですが、どうも各中隊がこれ幸いと中隊内の問題兵たちをわが小隊に異動させたようですな」
「問題兵?」
「素行の悪い兵隊や上官の指示に従わない兵隊。そういった連中です。なかでマトモなのは第1分隊長のケイジ兵曹くらいですかな」
「素行の悪いのはよく分からないけど、上官の指示に従わなければ、罰則があるんじゃないの?」
「上官も処罰後が怖くて罰を与えられないような連中ということです。とにかく最初が肝心ですから、少尉殿がガツンと気合を入れてやってください」
今のところ、ガツンとどうやって気合を入れればいいのか不明だが、行けば何とかなるだろうという軽い気持ちで、キーンはブラックビューティーに乗って訓練場に向かっていった。
「小隊長殿はかの大賢者アービス殿の養子なうえに、この歳で既に大賢者を越える魔術の腕前ではないかとうわさされております。その頭の上の丸い球も小隊長殿が作り出されたたものでありますか?」
「そう。これは黒玉といって僕が魔術で作った物なんだ。僕の分身みたいなもので、僕の使える魔術はおそらく何でも使えると思う」
「ほう。小隊長殿の分身とは凄まじいものをお作りになられたんですね。さすがは小隊長殿」
「たくさん黒玉が作れればよかったんだけど、たまたまできただけなんで、これ一つしか作れなかったんだよ。分身といっても魔術だけで、大剣を振り回すことは今のところできないんだ」
「今のところというと?」
「一応、黒玉は見た目はちょっと変だけど手を出すことができるから、大剣も持つことはできるので、少し振り回していればそのうちうまくなるかもしれない」
「その黒玉が大剣を振り回すんですか? ちょっと想像できません」
「黒玉が僕の大剣の相手になってくれればいいけど、今はまだ無理そうなので、大剣の練習には黒玉に電撃を撃ち込んでもらってるんだ」
「電撃ですか?」
「軽いやつを僕に向かって撃ちこんでもらって、それを僕が大剣で受けるんだよ」
「そんなことができるとはさすがは小隊長殿。
それはそうと、小隊長殿、自分のことを『僕』というのは兵隊たちにナメられますので、これからは『俺』ないし『私』、上官の前では『自分』とおっしゃってください」
「注意してくれてありがとう。それじゃあ、これから「わたし」というようにするよ」
「小隊長殿、部下に対しては『ありがとう』ではなく『すまん』ないし『すまんな』でお願いします」
「了解」
軍隊では言葉に細かな決まりがあるようでなかなか慣れるまでに苦労しそうだ。とキーンは思った。
30分ほどボルタ曹長と話しながらブラックビューティーに乗っていたら、訓練場に到着した。
「ここが訓練場です。向こうに見える建物が兵舎です。
あの辺りに集まっているのが小隊の連中です。小隊の顔合わせのあとで兵団長に挨拶に行かなければなりませんから、急ぎましょう。
ここは馬場ではないので馬から下りた方が無難です」
キーンはボルタ曹長の言葉に従って訓練場に入る前にいったんブラックビューティーから下りた。ボルタ曹長がブラックビューティーを門の脇にあった来客用の馬立につないだあと、キーンとボルタ曹長は兵隊たちが集まっているところまで歩いていった。
兵隊たちは、頭の上に黒い球をプカプカさせて近寄ってくるキーンの姿を見てなにか喋っていたが、良くは聞き取れなかった。
兵隊たちの前にキーンが立ったところで、ボルタ曹長が、
「全員、整列!」
ボルタ曹長の号令でパラパラと兵隊たちが整列したが、軍学校の生徒たちが整列する時のような機敏さは微塵もなかった。
「小隊長のお言葉がある。全員、傾聴!
小隊長殿、お言葉を」
何か話さなくてはならないだろうなと思っていたキーンだが、具体的には何も話すことを考えていなかったので、
「小隊長のアービス少尉です。
これからみなさんと一緒にこの小隊を強くしていこうと思っています。みなさんよろしく」
普通に挨拶してしまった。
これには、ボルタ曹長も『失敗したー』という顔をしたが、ここで何か言えば傷口が広がると思ったか、何も言わなかった。よく考えれば、言葉がどうであれ、実力、もっと言えば腕っぷしが強ければなんとでもなる。ボルタ曹長もキーンの強さは疑っていないので、その点は心配はしていない。
キーンの挨拶はそれだけで終わった。『小隊を強くしていく』という意味を小隊の兵隊たちも直に知ることになるのだが、今は誰も気にせず、ボーとキーンの話を聞いていただけだ。私語をしなかっただけよかったのかも知れない。
「ボルタ曹長、わたしからの言葉はこんなところです。さっそくですが、訓練を始めるため、兵隊たちには、訓練用の服に着替えてもらいましょう」
「小隊長殿、その前に王宮の執務室におられるセカール近衛兵団長閣下に挨拶に参りませんか。今から行けば兵団長は食事前のはずですから急ぎましょう」
「分かりました」
「小隊、少し早いが食事を終え、着替えて2時間後にここに集合! 解散!」
ボルタ曹長の号令で、兵隊たちがだらだらと兵舎に向かって歩いていった。ボルタ曹長自身は、とっくにキーンの話し方については諦めてしまっている。
訓練場の外に出たところで、キーンはまたブラックビューティーに跨り、ボルタ曹長に引かれて近衛兵団長の執務室のある王宮内の宮殿に向かった。
王宮の正門脇に馬を繋ぐ馬立があったので、そこにブラックビューティーを繋ぎ、キーンはボルタ曹長の後について宮殿に向かった。
昨年男爵位を受爵したとき通った宮殿の正式な玄関ではなく、軍関係者専用の出入り口が宮殿の横手にあり、二人はそこから宮殿に入っていった。
廊下をしばらく歩いていき近衛兵団長の執務室前に到着したところで、ボルタ曹長が扉に向かい、
「アービス少尉ほか1名、着任のご挨拶に参りました!」
『入ってよし!』とすぐに部屋の中からから女性の声がした。
黒玉を入り口前の天井あたりに浮かべたままにして兵団長の執務室に入ると、奥の窓際にある大きな机の後ろに初老のおじさんと、出入り口近くの机に先ほど返事をした女性士官が座っていた。初老のおじさんが兵団長で女性士官が副官のようだ。
「アービス少尉です」
「小隊先任下士官のボルタ曹長です」
「二人ともそこに座って、楽にしてくれたまえ」
部屋の中にある応接セットを勧められたのでキーンは勧められるままソファーに腰を下ろしたが、ボルタ曹長はキーンの後ろに回って立ったままだった。
「ボルタ曹長も座りたまえ」
「はい」
そこまで言われてやっとボルタ曹長はキーンの隣に腰を下ろした。
「アービス少尉。昨年きみのおかげで私のところの騎兵たちが大活躍でき大いに鼻が高い。ありがとう」
「はい」
「軍学校のグッドオールド閣下にきみのことを小隊長にどうかと最初言われた時には、何事かと思ったのだが、お話を伺ううちになるほどと納得させられてしまった。建前は私の直属だが、自由にやって構わん。最初のうちは苦労すると思うが、大いに期待している。
それと一般の部隊の場合、近衛兵団第1中隊第1小隊といったように数字で名前が付けられているが、アービス少尉の小隊はわたしの直轄なうえ、どこの中隊にも属していないので、アービス小隊と名乗りたまえ。それと、軍服のことだが、学校の制服を着替えてくるのは大変だろうから、明日からは学校の制服で十分だ。小尉の徽章と襟章をきみの自宅に送るからそれを後で付けてくれ」
「はい。ありがとうございます。小尉の徽章と襟章はすでにいただいており学生服に着けています」
「そうだったか。それならそれで十分だ」
何気に制服から軍服に着替えるのは大変だと思っていたところだったので助かった。
「えーと、あれは、どこにやったかな?」
「閣下、これがアービス少尉への辞令です」
副官の女性士官が兵団長に1枚の紙を渡した。
「アービス少尉。近衛兵団アービス小隊、小隊長を命じる」
「はい」
軍団長より辞令を受け取ったキーンは、辞令をポケットにしまい、ボルツ曹長と兵団長の執務室を辞した。
ここでも期待されていたが、自由にやっていいと兵団長に言われた。そういうことなら、やはり自分の小隊を強くしてやろう、という気持ちがキーンの中に膨らんでいった。




