第76話 黒玉、寮でデビューする。
夕食の始まる午後6時の鐘が鳴ったので、1階の食堂に下りていったところ、10人ほど食堂に人がいた。今回キーンは黒玉を連れている。
食堂に入ってきたキーンの頭の上でフワフワ漂っている黒玉を見た生徒は、最初チラ見して、それから半分口を開けて黒玉をマジマジと凝視する。それが周囲に伝わって全員が黒玉をじっと見ている状況になってしまった。
「みんな、久しぶりー!」
キーンが気軽に声をかけたところで、呪縛が解けたようで、
「キーン、久しぶり」などとパラパラと返事が返ってきた。結局キーンだからでみんな納得したようだ。
夕食の乗ったトレイを持って空いた席に座っていたら、すぐにソニアがやって来て向かいに座った。
「黒玉、連れてきてるけど大丈夫?」
「それは大丈夫だよ。それより、着ている衣服を纏めて強化できるようになったんだ。600回ほど強化したら、衣服がこわばることもなく、強化が軽く残留したんだよ。しかも強化を残留させた服を着ていると体を強化してもその光が漏れないんだ」
「あの光が外に漏れないならすごいことよ」
「ただ、手先は強化した手袋をすれば何とかなるだろうけれど、顔はどうしても覆えないからね」
「強化した覆面を頭からすっぽりかぶるのかしら」
そんな話をしていたら、トーマスがトレイを持ってキーンの隣に座った。
「キーン、お前の頭の上に浮かんでるその黒いのは一体何なんだ?」
「黒玉って名付けた僕の分身のようなもの」
「分身? 黒くて丸いけど、これがキーンの分身?」
「見た目は確かにこの通りだけど、黒玉は僕の使える魔術はおそらく全て使えると思う」
「ほんとかよ? ってキーンが言ってるんだから本当なんだよな。ということは、あの強化も使えるってことだよな?」
「もちろん使える」
「キーン、その黒玉、何個でも作れるのか?」
「いや、残念だけど、偶然できたんだ。だから黒玉はこの一個だけ」
「そりゃあ、キーンが何十人もいたら、大ごとだものな。
あれ? 何だか、今日はソニアはおとなしいな」
「そう? いつもと変わらないわよ」
「ソニアは黒玉のことどう思う?」
「すごいと思うわよ」
「それだけ?」
「キーンくんだから、いろいろ出てくるのに慣れたみたい」
「それは言えてるかも。そういえばさっきの、着てる服に強化を軽く残留させたってどういうこと?」
「今のところ、他人に対して強化を10倍の強さでかけているんだけど、実際どれくらい強くかけることができるか考えたんだよ」
「ふむ、ふむ。それで?」
「魔術的には100倍くらいは簡単なんだけど、いきなり100倍強化されて果たしてちゃんと能力を生かし切れるか分からなかったんだ。それで、試しに20倍の強化を自分にかけたところ、かなり違和感があって、僕自身ならいずれ慣れると思うけど、他の人がいきなり20倍の強化をかけられたら、まともな動きはできないと思う。当面は10倍が限度かな」
「10倍は分かったけれど、それと衣服はどうつながるんだ?」
「ごめん、話がそれちゃった。それで話を戻すと、強化も10倍くらいまでなら着ている衣服もなんともないけれど、これが100倍ともなると、裂けたりちぎれたりするかもしれないと思って、何とか着ている服の強度を上げようと、600回ほど通常強度で着ている服に強化をかけたんだ。そしたら、わずかに強化が残ってくれて、衣服が僕の大剣のように硬くもならず強化されたという訳」
「なるほど。キーンのあの真っ黒い大剣も強化を重ねがけて作ったって話だったものな」
「そう。あれは3000回ほどかけたんだよ。そしたらあんなになっちゃった」
「キーンの頭の上の黒玉?も真っ黒いけれど、これも強化を重ねてかけた?」
「いいところに気が付いたね。強化ではないけれど、いつか見せたと思うけどミニオンを同じ場所に指定して沢山作ったんだよ。黒玉の時は『龍のアギト』と一緒で3000個」
「ミニオンってなんだっけ?」
「トーマスには見せてなかったかな? 一言でいえば魔法で作り出した銀色のボール。黒玉を作るときには少し工夫したんだけど、同じことをしてももう黒玉はデキなかった」
「それで、銀色のボールを3000個重ねたら黒くなってキーンの使える魔術が何でも使えるその黒玉になったと」
「そういうこと」
「分かったような、分からないような。ソニアは今の話分かったか?」
「まあね」
「ソニアにはもう何度も話しているし何度も見ているから」
ソニアが何だか言いたそうな顔でキーンを見ていたが、キーンはソニアがなにを言いたいのかよくわからなかったので、
「ソニア、どうしかした?」
「なんでもないわ」
「キーンはソニアには何度も黒玉を見せてたのか。そうなんだ。なーるほど」
「トーマス。変な勘違いしないでよ」
「俺は、勘違いはしない」
「キーンくん、トーマスのことは放っておいて早く食事を終えましょ」
何だかわからないがソニアが急かすので、キーンも急いで残っていた食事を口に詰め込んだ。
「それじゃあ、トーマス、お先に」
「キーン、頑張れよ」
「? 頑張る? うん、よくわからないけど頑張るよ」
「アハハハ、やっぱりキーンは最高だ。アハハハ」
「キーンくん、行くわよ」
「う、うん」
ソニアに急かされてキーンはトレイを下膳口に返し、二人で食堂を後にした。
食堂を出たところで、少し顔を赤らめたソニアがキーンに向かい、
「キーンくん、言い忘れていたけれど、私が今回の休日でキーンくんのところにお世話になっていたことはみんなには言わないでね」
ソニアが何を言いたいのか分からなかったが、そんなことは別にみんなに言いふらさなければならないようなことでもないので、気安く、
「いいよ」
そうキーンは答えておいた。
その言葉を聞いたソニアは、なぜかあからさまにホッとしていたようだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
『第6章 キーンの冬期休暇』はここまでです。次回から『第7章 3学期、アービス小隊』が始まります。これまでキーンは名まえだけの少尉でしたが次章では小隊長になります。




