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第55話 キーン、青春する4。食事


 キーンとクリスが芝居を見終わり、空になったコップを売店に返して劇場から出て時計台を見ると昼の時間をだいぶ過ぎていた。


「面白かったー。いい時間になったから、どこかにいって食事しよう」


「お昼をだいぶ過ぎているから、逆にお店がいてるかもね」


「そうだね。どこに行こう? どこかいいところ知ってる?」


「ついてきて」



 クリスについて繁華街の中を歩いていくと、通りに面して小物屋や衣装屋が軒を連ねている一角を通った。やはりクリスはそういったものに興味があるらしく、店先に並べられたものを眺めながら歩いていたが、さすがに立ち止まることは無かった。


 そんな様子のクリスを見て、キーンは昨日ソニアの言っていた通りだと妙に感心してしまった。



「このお店は家族で何度も来たことのあるお店なんだけど、どうかしら?」


 クリスがキーンを連れてきたのは、ちょっと高級そうなお店だった。学生が普通入れるような店ではないのかもしれないが、キーンは実際お金持ちだし、クリスも侯爵家の令嬢なのであまり料金のことは気にならない二人だった。


「もちろんここでいいよ。でも、僕はこういった店にも初めて入るから、クリスに注文なんかを任せてもいいかな?」


「いいわよ、任せて。それじゃあ入りましょう」


 扉を開けて店の中に入ると、明るい雰囲気の落ち着いた感じの店で、すぐに係りの女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、お嬢さま。お連れ様とお二人ですね?」


「そう」


「それでは、クリス(・・・)お嬢さま、個室にご案内します。どうぞ」



 係りの女性に二人が案内された部屋は、内装などかなり豪華な個室だった。部屋の中にはすでに給仕の格好をした男性と女性が一人ずつ控えていた。


 バーロムから王都セントラムまでの駅馬車での旅の時以外、外食などほとんどしたことのないキーンだったので、逆に内装に気圧されることもなく普通でいられたようだ。


 クリスが白いクロスのかかったテーブルの前に立つと係りの人が椅子を引いた。クリスの向かいのキーンも同様である。


「クリス、何だかすごいサービスされているんだけど」


「キーン、このお店はうちの持ち物だから、気にすることないわ」


 店の人がクリスの名前を知っていたのは、この店を利用する回数だけでなくオーナーの家族だったからのようだ。


「そうなんだ。クリスの住んでいるお屋敷も立派だったけれど、こんなお店を持っているなんてすごいね」


「まあね。お金に苦労しなくて済むのはありがたいわ。

 それじゃあ、わたしがキーンの料理も注文するわね。何か嫌いなものとか食べられないものってある?」


「大丈夫。何でも食べることができるから、よろしく」



 クリスがテーブルの上に置いてあったメニューを見ながら係りの女性に注文を告げた。


「キーンもわたしと同じコースにしたけれど、足りなかったら言ってね。同じものでも別のものでも注文すればいいだけだから」


「うん」


 すぐに二人の前に置かれていたグラスに冷たい水が注がれた。クリスが濡れタオルで手を拭いた後ナプキンを膝に掛けたのでキーンもまねをして手を拭きナプキンを膝に駆けておいた。


 クリスが水の入ったグラスを手にして、


「それで、軍学校の方はどんな感じ?」


「手紙にも書いたけど、座学も結構面白いよ」


「いいなー。わたしはそんなに体が丈夫じゃないから軍学校には行けないけれど体が丈夫だったらわたしも編入したかったわ。あとは何か変わったことはない?」


「クリスは、セロト軍が北の要塞に攻め寄せていることは聞いている?」


「その話は聞いているわ。クジー要塞でにらみ合っているってお父さまが少し前に言っていたわ」


「それでね、実は、セロト軍が攻めてきたのと同じタイミングでダレン軍が西のバツーって街に攻め寄せたんだよ」


「そっちの話は聞いていなかったわ。それって大ごとなんじゃない?」


「うん。そうなんだけど、近衛の騎兵中隊が突撃してダレン軍の総大将や将軍たちを討ち取ったことで、ダレン軍はそのまま引き上げたそうなんだ」


「すごい。騎兵中隊だけでそんなことができたんだ」


「そうなんだけど、その騎兵中隊の人馬全部に僕が強化をかけたんだよ」


「自分以外の人や生き物に強化魔術をかけたってこと? そんなこともできたんだ」


「今まで気にしたこともなかったんだけど、普通にできたんだよ。しかもその時は普段の強化の10倍の強さで強化しちゃった。それ以上強く強化すると、着ている服や装備が体の動きについていけなくなって壊れるかも知れないと思ったから強化はその10倍でめておいたんだ」


「それがキーンが走ってやって来た時の強化?」


「そう言えば、あれも強化を10倍したものだった」


「すごく光ってたけど、騎兵隊の兵隊さんや馬なんかもあんなに光ってたの?」


「うん。あの光は目立つから何とかしたかったんだけど、できなかったんだ」


「それは仕方ないわ。結局キーンの強化で騎兵中隊が大活躍したってことでいいの?」


「そうみたい。そのおかげで、この前の休み明けに軍総長に報奨金を貰った上に少尉にされちゃった」


「まあ。少尉さま。軍学校の生徒は卒業して3カ月くらい軍にいると少尉になるって聞いたことがあるけれど、キーンはもう軍学校を卒業しちゃうの?」


「それは学校のみんなにも聞かれたけれど、軍総長が僕の仕事は軍学校で一生懸命勉強することだって」


「それはそうよね。ごめんなさい。少尉任官おめでとうございます」


「クリス、ありがとう。それでまだ続きがあるんだ」


「何が?」


「昨日アイヴィーから初めて聞いたことなんだけど、実は、次の休日に王宮に行って、男爵になるみたいなんだよ」


「キーンが男爵に?」


「うん」


「本当に驚きね。でも、キーンはお義父とうさま同様、この国の危機を救った立役者なわけでしょうから当たり前なのかも。そうすると、侯爵家の娘と言っても三女のわたしなんかよりよほど偉くなっちゃうわね」


「そんなことないよ。クリスはいつも僕の友達だもの」


「あら、キーン、ありがとう。キーン以外の人が今の言葉を言ったとしてもただの挨拶あいさつ程度にしか思わないけれど、キーンに言われると心からそういってくれていることがわかるから、とても嬉しいわ」


「そう言ってくれて僕も嬉しいよ」


「料理が来たみたい」


 給仕の二人がワゴンを運んできて、料理を順次キーンとクリスの前のテーブルに並べていく。数種類のナイフやフォークはテーブルの上に最初から置いてあったのでそれを順に使って二人は談笑しながら食事をしていく。一応キーンはアイヴィーからテーブルマナーは教えられているのでマナーなどで困るようなことはない。



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