第42話 キーン、魔術実技を受ける。
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ゲレード少佐に自分のできることについてキーンが話した日の夕食時間、キーンはソニアとトーマスと寮の食堂で食事しながら明日の実技について尋ねていた。
「そう言えば、明日の魔術の実技はどんなことをするの?」
「あれは魔術の実技という名前のシゴキだな」
「そうね。体だけは鍛えられるわよ」
「えっ? どういうこと?」
「キーンの場合は俺たちと違ってちゃんと魔術の訓練になるかもな。要は強化魔術をかけたうえで筋力や正確さや速さを鍛えていくわけだ。建前はな。
訓練中は発動体を使ってもいいんだけど邪魔なので、誰も発動体を使わない。だから俺たちじゃあ強化魔術自体もまずかからない。結局素の能力だけが鍛えられるってこと。それなのに何で魔術の実技なのかというと、教官の話だと、あの訓練を続けていると無駄な力や意気込みが抜けて、自然と発動体無しで強化魔術が使えるようになるんだそうだ」
「そういうこと」
「そうなんだ」
食事中、キーンが魔術訓練の詳しい内容を二人に確かめたところ、
1、30キロまたは体重の5割の重さのどちらか重い方に相当する重さの砂の入った背嚢を背負う。
2、幅10センチ、長さ30メートル、高さ50センチの梁の上を走り抜ける。梁の上を移動中、砂袋を錘にした振り子が10カ所ぶら下がっていてそれが腰の高さ辺りをランダムに揺れている。砂袋にぶつかると普通は梁から落ちるのでもう一度梁の端まで戻ることになる。振り子を揺らすのは、助手が人力で行っている。
3、次に上から垂らされた10メートルの長さの綱をよじ登り、下りてくる。下り方は、滑り下りても、跳び下りても良い。綱上りに限りリュックを降ろしても良い。
4、訓練場の外に走り出て、一周してくる。
5、20メートル先に置かれた的に何かを命中させる。用意されているのは、クロスボウと4センチほどの鉄球で、クロスボウからボルトを発射するか鉄球を投げるかどちらでも良い。もちろん適当な攻撃魔術を使ってもよい。命中するまで続ける。
6、以上の2から5を10分間隔で周回する。10分のうち余った時間は休憩しても良い。
軍学校の魔術実技の訓練場は、四角い倉庫のような建物で、建物の中には床はなくむき出しの地面で、その上に幅3メートル、所によっては高低差もあるコースが描かれていて、訓練内容はコース上の3つの課題をこなしつつなるべく短時間で走り切るというものだった。コースは建物内に2コースあるそうで、各コース4名ずつ。1分間隔でスタートする。
もちろんただ走りきるというものではなく、状況にあった強化魔術を自分にかけることで途中に設けられている障害をクリアしていくことになる。
また、進級すると、スタート間隔、背嚢の重さ、ロープの長さ、的までの距離などがよりきびしいものに変更される。
キーンはこれを聞いて、面白そうと思ったのだが、あまりそういったことを二人の前で自慢げに話さない方が良さそうだと思い黙っていた。キーンも成長しているのである。
そして翌日。
キーンはいつも通り午前中の座学の授業を真面目に受けた。
昼食を食べ終わって、更衣室で着替えた後の生徒たちは、動き易い普段着に革ヘルメットをかぶった格好だ。足は短めの革靴をみんなはいている。なかには薄い革手袋をしている者もいたが、していない者の方が多い。
キーンもみんなと同じような格好をして訓練場の中に入ると、昨日確かにソニアとトーマスが言っていたようにいろいろな意味で追い込む訓練のようだ。魔術を専門に習っている建前の付属校の1年生ではこのコースを1周もできないだろうとキーンは思った。キーンの知っている範囲ではクリス・ソーンだけは各種の強化魔術を要所要所で発動できると思うが、それでも基礎体力が圧倒的に不足しているため30キロのリュックを背負うと常時身体強化が必要となり、すぐにギブアップしてしまうことが予想される。
生徒たちが訓練場の空いた場所でしばらく担当教官を待っていたら、学舎の方から鐘の音がしてそれと同時に背が高くやや痩せ気味の女性の教官が現れた。彼女の後ろに4人ほど続いていたので、その人たちが助手だろう。
「それでは、みんな整列! 間隔をとって体操始め!」
キーンがみんなに合わせて体操をしていたら教官がキーンの前にまわってきた。
「きみがアービス生徒か。私の名前はオードリー・マルスだ。魔術師団から派遣されて、きみたちの魔術実技を担当している。私の母校の付属校を首になったというから最初はどんな生徒なのかと思っていたが、大賢者の養子は看板だけではなかったようで、他の教官がたが大絶賛しておられた。ふーん、なるほど。
アービス生徒は、これからやることは聞いているか?」
「はい。聞いています。問題ないと思います」
「分かった。一応アービス生徒は一番最後の組だから、分からなくとも前の連中を見ていればなんとなくわかるだろう」
「はい」
「よし、期待してるぞ」
マルス教官は最後にそう言って最初に立っていた場所に戻っていった。
準備体操が終わったところで、みんなは用具置き場に駆けていき、30とか35とか重さの書かれたリュックを選んでそれを背負って帰ってきた。キーンは体重が60キロもないので30キロと書かれたリュックを背負っている。
「それじゃあ、各コース4人ずついつものように始めるぞ。最初の8名は位置について」
スタート地点に据えられていた機械式時計の秒針が0を指したところで、
「最初の組、スタート!」
それから、8人ずつ1分ごとにスタートしていく。キーンのいる7番目のグループは4人なので、二人ずつ別々のコースを走る。キーンはソニアと一緒のコースだった。
自分の順番を待っていたら5分ほど経過したところで、最初の生徒たちが戻ってきた。その生徒たちは、スタート地点の脇で休んでいる。スタートして10分経つと2周目を始めるそうで、彼らはあと5分弱休むことができる勘定だ。
背負った30キロのリュックはずっしりと重たかったが、キーンの隣に立つ小柄なソニアも同じ30キロのリュックを背負っている。
おそらく『強化』をかけてしまえばキーンは背中の重さを感じることはないだろう。キーンはなんか一人だけ楽をしているようで気が引けたが、一応『魔術』の実技の時間だし、実際『強化』を使わず完走できそうもなかったので素直にキーンは『強化』を自分にかけた。
6色の光の帯がキーンの体の表面を波打ち始めた。マルス教官は驚いた顔をしていたが、時間になったので、
「最後の組、スタート!」
キーンはすぐに最初の梁にたどり着いた。ソニアもすぐに追いついてきている。
梁の上に上がって前を向くと、砂袋がブランブランと右左にゆっくり揺れている。見ていても仕方がないので、駆足で梁の上を進んでいく。強化状態のキーンからすると砂袋の揺れがかなり遅いので、難なく全部の砂袋を躱して渡り終えた。振り返るとソニアも梁を進み始めたようだが、かなり慎重に進んでいた。
次は綱登りだ。これは簡単に上まで登って、そこからすぐに跳び下りた。もちろん30キロのリュックは背負ったままだ。
そこから正面に見えた裏口から飛び出して、訓練場の周りを駆けていく。前を走っていた生徒たちを軽く追い越して一周し、また裏口から入って、最後の的当てだ。
4人が並んで的を射ていたので、キーンは少し待ってから的をファイヤーアローで撃ち抜こうと思ったがなかなか前の4人が終わらない。仕方ないので横からファイヤーアローを撃って難なくクリアし、スタート地点まで戻ってきた。
時間的には3分ほどで戻って来たことになる。もちろん全く疲れてはいない。
「アービス、もう戻ってきたのか? しかも汗一つかいてないし、息も切らせていない。そもそもその6色の光だものな。はっきり言って、お前には必要のない実技だが、我慢して付き合ってくれ」
また、実技免除されるとマズいと思ったが、それはないようなのでキーンは一安心した。




