第38話 ゲレード少佐、キーンと立ち合い訓練をして冷や汗をかく。
武術の実技時間、調子に乗ったキーンは『龍のアギト』でいつものように突きの素振りから今度は八方向への斬撃の素振りを始めた。
周りで見ていた生徒たちは別の意味で諦めて、自分たちの素振りを再開した。
ゲレード少佐もキーンには指導することはないと見切りをつけたようで、他の生徒たちの素振りを見ながら適宜悪いところを指摘し、前回よりも良くなったところを褒めて回っていった。
10分ほど素振りを続けたところで、
「よーし、次は打ち込みの練習だ。
道具置き場から、打ち込み用のダミーを持ってきて配置してくれ。いつもは10体だが今日は11体用意してくれ」
一体当たり二人で運ばれてきた打ち込み用ダミーは、木で作られた頑丈そうなマネキンだった。それが訓練場の真ん中あたりに並べられた。
「アービスはその大剣で、一番端のダミーを切り飛ばせるかやって見せてくれ。
他の者は注目」
「はい。ダミーを壊してしまっていいんですか?」
「問題ない。思いっきりやってくれ」
「それじゃあ、行きます」
キーンは一番端のダミーの3メートルほど前に立ち『龍のアギト』を軽く中段に構えた。
そして、もう一度、
「行きます!」
その言葉と同時に、キーンの体が視界から消え「ビシッ!」と一度だけ大きな音が聞こえてきた。その時には、キーンはまた元の位置で大剣を軽く構えて立っていた。最初ダミーに変化は見えなかったが、数秒後、ダミーはバラバラに崩れて訓練場の床に転がった。数えてみるとダミーは6分割されており、切り口はいずれも水平だった。
もちろんゲレード少佐を含めて、今のキーンの技に息を飲み誰も声を出せなかった。
「……。
アービス。よくやった。ありがとう。
それじゃあ、他の者はいつものように10組に分かれて打ち込みだ。
アービス、悪いがダミーの残骸を拾って脇にあるごみ箱に捨てておいてくれ」
「はい」
6等分にされたダミーは一度に運べなかったため、キャリーミニオンに持たせて運ばせようかと思ったキーンだが、あまり派手なことはしない方が良いような気がして、1つずつ手に持ってゴミ箱に運んで、最後の土台はゴミ箱に入りきらなかったのでその横に置いておいた。
その後なにも指示されていないキーンは次に何をしていいのか分からないので、ゲレード少佐を見つめるしかなかった。
キーンの視線に気づいたゲレード少佐が、
「アービス、その大剣の威力とお前の実力は十分わかった。それでは、私と立ち会い訓練をしてみよう。私の実力では到底お前の動きについていくことはできないので、アービスは受けだけで私の攻撃を凌いでみてくれ」
「ゲレード少佐、少佐の武器をこの大剣で受けてしまうとおそらく少佐の武器は一撃で壊れてしまうと思います」
「そうだったな。それでは、アービスは道具置き場で訓練用の大剣を選んでくれ。私は一番頑丈そうな訓練用の両手ハンマーを使おう」
二人は訓練場の出入り口の脇にある道具置き場に向かった。
置いてあったどの大剣もキーンの今の『強化』状態では軽すぎたが、ないものは仕方ないので適当な1本を持った。ゲレード少佐は大型のハンマーを選んだが、確かに丈夫そうなハンマーで、キーンの木の大剣では壊れそうにない。
生徒たちが、打ち込み練習をしているところから少し離れた場所で二人は向き合った。ゲレード少佐も当然発動体なしで身体強化は可能だが、キーン相手では意味がないと身体強化はかけていない。一方キーンの方は、相変わらず6色の光が体を包んで波打っている。
突然始まった立ち合い訓練にダミーに向かって順番に打ち込みをしていた生徒たちが手と足を止めて、その様子に注目する。
ゲレード少佐自身は、今回の立ち合い訓練はあまり格好の良いものではないので、みんなに見せたくは無かったが、さすがにここで生徒たちに向かって手を止めずに打ち込みを続けるようにとは言えなかったし今さらなので、そのまま観戦させることにした。
「それでは、アービス、いくぞ!」
大型ハンマーを両手で振りかぶったゲレード少佐がまっすぐキーンに向かって降り下ろす。
キーンはゲレード少佐の一撃を余裕で受けることはできたが、ハンマーの柄に対して手に持つ大剣を合わせた場合、やはり柄が折れてしまいそうな気がしたため、ハンマーの打撃面に手にした木製の大剣の刃を合わせるように受けた。
キーンからすれば、叩いたわけではなく軽く受けただけだが、ハンマーはいい音を立てて大きく弾かれてしまった。
「アービス、やはり私では相手にならんな。ここらで止めておこう。ありがとう。
しかし、困ったな。アービス一人対多人数でもおそらく無駄そうだし、アービスの訓練ができる相手がいない。強化が尋常でないせいで疲れそうにもないしな」
――マズい。このままいくとまた付属校の時のように見学だけの実技になってしまう。そうだ! 強化を解除すれば今ほど体が動くわけでも知覚力が上がるわけでもないから大丈夫じゃないか?
「ゲレード少佐、強化を解除すれば、体の動きは遅くなり、力も弱くなるので、それで訓練すればいいような気がします」
「確かにアービスの言う通りだが、一応ここでは戦場を想定しているので『何でもアリ』が建前なんだ。ただ、このままではお前の訓練にならないのはも確かだから、そうするか」
「はい。『解除』」
すぐにキーンの体を覆っていた6色の光が消えた。
「よし、それなら、もう一度立ち合い訓練を再開してみるか。今度はアービスも切りかかって来てもいいぞ。いや、その前にちょっとそこで素振りをして見せてくれないか?」
強化前のキーンの実力を知らない状態で普通の立ち合い訓練を始めそうになったが、強化せずともどう見てもかなりの腕前がありそうなキーンの実力を計るため、ゲレード少佐はキーンに素振りをしてみろと言った。
「いきます」
木製の大剣を持ったキーンが、その場で、突きから、八方向への斬撃の素振りを見せた。確かに先ほどと違い体が見えなくなるわけではないが、剣先はやはり視認できない。
ゲレード少佐は背中に冷や汗が出てきてしまった。この状態でも、自分がキーンに対して一撃を加える筋が全く見えない。
どうしようか迷っていたところ、訓練場の出入り口の扉が開いて、軍学校の事務員が入ってきた。
「ゲレード少佐、校長がお呼びです。会議室です」
授業中に呼び出しとはよほどのことだろうと思ったゲレード少佐は生徒たちに向かい、
「しばらく外すから、悪いが打ち込み練習に戻って訓練を続けていてくれ。
アービスは素振りだ。そのまえに、このハンマーを道具置き場に返しておいてくれ」
ゲレード少佐は、手にしたハンマーを道具置き場に返しておくようキーンに頼み、足早に訓練場を出て行った。
ブクマ、☆、応援、感想等ありがとうございます。
ここまでで第3章は終了し、そろそろ風雲が始まらないとマズいので次話から『第4章 9月危機、光の騎兵隊』となります。
次話は『第39話 軍学校臨時会議』ですが、国名が今後それなりに出てくるため、39話を投稿する前に各国の位置だけ分かるような『ロドネア大陸地図』を投稿しておきます。




