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第238話 第2次ボスニオン会戦3、会戦前3


 サルダナ東方軍本営でボーア大将から指示を受けたキーンは『黄金の獅子』がやってくれば逃げの一手でも問題ないことが分かり、少し気が楽になった。


 キーンはその日の夜、アイヴィーに向けて、『黄金の獅子』に自分の魔力が通じない事、金剛斬(バジュラスラッシャー)で『黄金の獅子』に向かうため強化の強さを上げたものの違和感があり、今以上に強化できず『黄金の獅子』に対抗する術がないことをキャリーミニオンに持たせた手紙で知らせた。ミニオンを送り出した後は、それまで張りつめていたせいか早めに眠りに就いた。


 夜明けの2時間ほど前にアイヴィーに送り出したキャリーミニオンが手紙を持って帰ってきた。


「ジェーンをソーン侯爵家に預け、午後から私もそちらに参ります。日付の変わる前にはそちらに到着します」返事が書かれていた。


 セントラムからボスニオンまで直線距離で500キロ。時速40キロで駆け通して12時間半。アイヴィーなら可能だろう。感謝しながらキーンはもう一度目を閉じて眠りについた。




 翌日。陣地南面に掘られた穴は堀として完成し、川から水が引き入れられた。堀の陣地側に盛られた土手の上には逆茂木が組まれ、上の方には矢板も張られている。ボスニオンの西側、及び東側には堀を掘る余裕がなかったが逆茂木だけは組まれている。また、逆茂木には数箇所内側から打って出ることができるよう、小丸太を組み合わせて矢板を張っただけの簡単な門が作られている。


 ローエン・サルダナ連合軍の兵員配置は、堀のあるボスニオン南面に2万、東面に3万。サルダナ軍はボスニオン西面に2万4千。騎兵連隊は東西に別れエルシン軍の予想外の動きや、味方の援護に回る。


 いつものように南面のローエン軍陣地にはボーゲン将軍が指揮を執るためのやぐらが中央に組まれている。



 水が空堀からぼりの中に引き入れられると聞いて、キーンとボルタ兵曹長は大隊の訓練から離れて堀に水が貯まる様子を見に来た。堀の北側の土手の上は逆茂木が作られて見にくいので、南側に回り込んで様子を見ている。


 見ていると堀の中に川から引き入れられた水が流れ込んでいくのだが、どんどん水がしみ込んでいきなかなか水が貯まらない。


「大隊長どの、この調子だと堀に水が貯まるのは丸1日かかりそうですな」


「元が畑だった場所だから地面も柔らかいし、堀の下もタダの土だから、水がこれ以上しみ込むと崩れそうだ」


 キーンが心配した通り、堀の下の方に10センチほど水が貯まったところで、小丸太と矢板による側面の補強が不十分だったようで、下の方が崩れ始めた。


「これはちょっとマズいな。勝手に僕が補強していいのか分からないけど、放っておくわけにはいかないぞ」


 工事の責任者がどこかにいないかと思って見まわしたら、ちょうどボーゲン将軍と数名の士官が堀の様子を見ていた。


 キーンはボルタ兵曹長を連れてボーゲン将軍のもとまで駆けていき、


「ボーゲン将軍、ご苦労さまです」


「おう、アービス少佐。走ってわたしのところにきたということは、わたしに用事があるのだろ?」


「はい。いま、堀の様子を見ていたんですが、水で側面が緩んで崩れてきているので、補強したほうがいいと思い、将軍に許可をいただきに来ました」


「わたしも、マズいと思い、水を流すのを止めようと思っていたところだ。アービス少佐が補強するということは魔術で補強できるということか?」


「はい。許可さえいただければ、すぐにでも作業を始めてしまいます」


「よろしく頼む」


「了解しました」


 キーンはボルタ兵曹長をその場に残して、堀の西の端まで駆けていき、そこから東に向かって歩きながら、堀の底と両側面に土や砂の圧縮魔術『コンプレス』をかけていった。かなり強めに『コンプレス』をかけたため、堀の表面はツルツルの石のようになってしまった。その石の上を流れ込んできた水がしみ込むことなく流れていく。


 キーンの歩く速さで堀が変化していく。もちろんキーンは強化しているので、歩く速さも相当なものだ。少し先からその様子を眺めていたボーゲン将軍と副官は、


「すごいものだな」


「魔術の天才の魔術とはこれほどのものなのですね」


「ひょっとして、堀もこの速さで掘れたのかもしれませんな。ボスニオンの西側と東側には時間がなくて堀を作れませんでしたが、アービス少佐にこれからでも作ってもらえばどうでしょう?」


「サルダナ軍の将校をわたしが勝手に使う訳にはいかないし、今回は適当なところで退却すると決めているから今のままで十分だろう。それより、雲が出てきたが明日は雨に降られそうだな。火矢の心配しなくて済むことはありがたいが、やはり雨に降られたくはないな」


 火矢を受けて逆茂木や矢板が燃えるのを防ぐため、土手の北側にはボスニオンで集めた樽が多数置かれておりその中には消火用の水が入っている。樽の周りには桶が数個ずつ積まれている。


 結局、10分ほどで堀は完成し、水もゆっくりと貯まり始めた。


 作業の終わったキーンは、ボーゲン将軍のもとに駆けていき、


「作業終わりました」


 ボーゲン将軍以下のローエン軍軍人たちが驚く中、ボルタ兵曹長だけが当たり前のような顔をしていたが目だけは笑っていた。


「ありがとう。いやー、凄いものだな。因みに、もしアービス少佐が堀を最初から作っていったとしてこの堀だとどれくらいでできる?」


「いまのでだいたい10分ほどかかったので、10分もあれば」


「うん? もう一度言ってくれるか?」


「さきほど堀の底と両側の側面を固めましたが、これに加え地面から土を掘り起こして移動させて土手を作るだけですから作業はほぼ同時にできるので同じ時間で済みます。そうだ、土手の斜面も固めた方がいいでしょうからやってしまいましょうか?」


「できるのならばお願いしよう」


 ここまでくれば、他国の人間を使う使わないの話でもないので、ボーゲン将軍は、簡単にキーンに作業を依頼した。


「それじゃあ、やってきます」


 キーンはまた堀の西の端まで駆けていき、そこから堀の北側に盛られた土手の斜面を固めていった。これも10分ほどで終わった。土手の堀側の斜面は角度もあるし表面がツルツルの石のようになってよじ登るのは結構大変そうである。


「将軍、アービス殿の魔術を見ていると、5万の兵を使ったわれわれの作業は何だったのか? そんな気になりませんか?」


「千年に一人の大天才ということだ。その大天才の魔術をこの目で見ることができて幸運だったと思うしかないだろう」





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