第196話 帰還1
サルダナ東方軍本営は、戻ってきた騎兵伝令から、ローエン軍は既にボスニオンからヤーレムへ撤退中であるとの報告を受けた。
サルダナ東方軍でも捕虜をボスニオンに届け、ローエン軍の後を追うような形で本国に帰還することになる。出発は戦場掃除を終えて、半日置いて翌朝。2日後の夕方にはボスニオンに到着する予定である。
兵隊たちが戦場掃除をしているあいだ、キーンが斃した狂戦士の死体が本営の前に並べられ、本営士官や各部隊長たちによって検分された。
まずキーンが金剛斬で斃した狂戦士だが、仰向けにしたところ、女性だった。仰向けに寝かされた女性兵士の頭は脳天から眉間まで縦に割られており無残な状態で、顔色は青白く、両目は見開いたままで、その両目から赤い血が流れ出ていた。
キーンがミニオンの殻で包み込んでファイヤーボールで斃した5体についてはいずれも男性だったが、金属鎧も着衣もボロボロに破損しているだけでなく金属鎧は一部溶解し、死体の首から下の着衣や体の一部は炭化していた。その5体はヘルメットに守られていたためか首から上は無傷で、一様に、怒りの形相で両目を見開き、その両目から血を流していたのが印象的だった。
女性兵士の両目は見開いてはいたが、表情は決して怒りの形相ではなかった。その辺り、何か理由があるのかも知れない。キーンは最初に金剛斬で切りつけた時、狂戦士らしくなく一歩引いたことに驚いたのだが、そのときこの狂戦士は狂っていなかった可能性が高い。
女性兵士だけでなく、残り5体の死体の近辺からも破片を含めヘルメットがらみのものは何も見つかっていない。
キーンとボルタ兵曹長が並べられた狂戦士の死体を眺めながら、
「おそらくだけど、消えてなくなったヘルメットが狂戦士を作り出した魔道具だったんじゃないかな。『狂戦士の涙』とはそのヘルメットのことで、『狂戦士の涙』を作り出す何かがエルシンにはあって、いくらでも『狂戦士の涙』を作り出せる。そういった感じかもしれない。
狂戦士は召喚された魔物ではなかったけれど、この狂戦士たちの死に顔の両目から流れ出ている血の涙を見ると、とてもまともな魔道具じゃないと思う」
「大隊長殿、『狂戦士の涙』とはこの血の涙からつけられた名まえだったのでしょうな。『狂戦士の涙』がアーティファクトかどうかは分かりませんが、『狂戦士の涙』を作り出すものがあるのなら、それはもう立派な軍事アーティファクトですな」
「超大国のエルシンはそれだけではなく軍事アーティファクトを持っているんだろうけどね。少なくとも、狂戦士に対して20倍強化した騎兵はほぼ無傷だったようだから、むやみに恐れる必要はなくなったんじゃないかな」
「そうですな。大隊長殿が不在であっても黒玉殿で対応できるところが大きいですな」
「黒玉がもう2、3個できればよかったんだけど、あれから何回か試したけれどやっぱり作れなかった」
そういった会話をしていたら、キーンに最も親しいランデル大佐が、キーンに考えを聞いてきた。
「アービス少佐、これを見てどう思う?」
「消えてなくなったヘルメットが狂戦士を作り出した魔道具だったのではないでしょうか。
『狂戦士の涙』とはそのヘルメットのことで、『狂戦士の涙』を作り出す何かがエルシンにはあり、いくらでもこの『狂戦士の涙』が作り出せる。そういった感じかもしれません」
「なるほど。狂戦士の数も各戦場からの報告だけでもかなりの数にのぼるところを考えると、数に限りのあるものではないようだしな」
「狂戦士は召喚魔法使いに召喚された魔物ではないかと疑っていたのですが、そうではなくて最初に考えていた対処法で何とか斃せたことは運が良かったです」
「アービス少佐は召喚された魔物を見たことがあるのか?」
「一度召喚魔法使いが召喚したオオカミに似た魔物に襲われたことがあったんですが、攻撃を繰り出すときだけ実体がある魔物でした」
「いまアービス少佐が生きているところを見ると、その魔物を斃したんだろ?」
「こちらからの攻撃を受け付けなかったので仕方なく、近くに潜んでいた召喚魔法使いを倒しました。そういうことなので、もし狂戦士がそういった魔物だった場合は、敵の本営付近に召喚魔法使いがいると思い、そこに魔術攻撃を仕掛けるつもりでした。ただ、ミニオンでそれらしい場所を探ってみても召喚魔法使いらしき人物は見当たらなかったため敵の本営自体を吹き飛ばす気でいました」
「それはまた、凄いことを考えていたものだな」
「ためらって自軍に犠牲者がでれば私の責任ですから」
「アービス少佐は全くためらいなく狂戦士に挑んでいったと聞いたが、そういう考え方だったのか。その若さで軍人として正しい物の考え方、判断ができているとは恐れ入る。
アービス少佐、それじゃあ」
そう言って、ランデル大佐は自分の連隊の方に帰っていった。
キーンは自らの手で斃した6人について可哀想だとは思うが、後悔は全くしていない。今の話を聞いていたボルタ兵曹長がキーンに向かい、
「大隊長殿。私は、王宮警備を外され新前隊長の新しい部隊に異動と聞いたとき、どうなることかと不安な気持ちが正直なところありましたが、大隊長殿の下につくことができ実に幸運でした」
そう言って嬉しそうにしていた。
「ありがとう。
この6人も元は普通の人間だったと思うんだ。戦えば必ず犠牲者は出るけれど、勝つために兵士を狂わせるほど強化していいわけがない」
キーンも頭の中では、100人の犠牲が出る戦いの中で6人が生贄となって廃人となるだけで、犠牲が50人で済むなら狂戦士の意味はあると理解している。そういったある種の合理的な判断が戦いに必要なことも分かっていたが、キーンはそういった選択は自分にはできないと思った。結論として、キーンはギリギリの選択をしなくて済む戦いをしていこうと心に誓った。
翌朝。捕虜たちも十分な食事を与えられ睡眠をとったことでだいぶ体調が戻ってきた。捕虜を隊列の中央あたりに置き、東方軍はボスニオンを目指して北上を開始した。
街道を騎乗して北上中の東方軍の先頭を進む総大将ボーア大将に呼ばれたキーンはブラックビューティーをボーア大将の乗る軍馬に並べて会話していた。
「アービス少佐、きみが魔術の天才であることは十分承知していたつもりだったが、あの球には驚いた。聞けば狂戦士をくるんで中でファイヤーボールを爆発させて仕留めたとか。閉じた中での爆発は開いた場所での爆発と比べ威力が何倍にもなっているとはな。魔術の天才であるばかりか、工夫も素晴らしい。
それ以上に大剣で狂戦士を仕留めてしまったことにも驚かされたぞ、実際のところ大剣の腕前も一流を越えたものがあるのだな」
「6歳から大剣を振り回していましたから、ただ慣れているだけです」
「普通、6歳で大剣は振り回さないし、そもそも振り回せないぞ」
「あのころは、うちの者に作ってもらった子ども用のものでしたし、強化もかけてましたから」
「6歳で強化が使えたのか!? アービス少佐のことだから驚くだけ無駄だったな。
この前のギュネン戦といい、今回のエルシン戦もアービス少佐は大活躍だ。私からも軍総長にちゃんと話しておくから期待しててくれ」
「はい。ありがとうございます」
キーンは何を期待していればいいのわからなかったが、お礼だけはきちんと言っておいた。
後日キーンは、ボーゲン将軍からサルダナ軍に送られた正式なボスニオン会戦での報告書をサルダナ軍本営で見せてもらった。その中で、狂戦士はほとんど同時に動きが止まり、そのまま死んでしまったことを知った。その後かぶっていたヘルメットが砂のように崩れてしまったとあり、考察で、ヘルメットにより命が燃え尽きるまで無理やり強化されたのだろう、とあった。




