第195話 エルシン戦勝利後、ローエン軍
ローエン軍は昨日の戦いのあと、戦場掃除を速やかに終え、エルシン軍の捕虜をギレア軍に引き渡している。そして、その日はボスニオン前の野営地でそのまま野営し、翌朝、駐留地のあるサルダナのヤーレムに向けて引き上げていった。
その日の正午を過ぎたあたりで、大休止中のローエン軍の軍中でボーゲン将軍たち本営の面々が昼食後寛いでいた。そこに、サルダナ東方軍からの騎兵伝令が到着した。
「サルダナ東方軍の騎兵伝令の方が見えました」
「通せ」
今ではおなじみになった薄黒い革鎧を着て、顔だけ強化の光で輝かした兵士がボーゲン将軍の前に通された。
「サルダナ東方軍本営より伝言を言付かって参りました」
「述べよ」
「サルダナ東方軍は本日10時ごろエルシン軍約5千と会敵しそれを撃破。この戦いで4千の捕虜を得ました。また狂戦士と思われる6体の尋常ならざる兵士を討ち取っております」
「伝令、ご苦労」
「はっ! それでは失礼します」
「少し、待て、茶はないが水でも飲んでいけ」
「ありがとうございます」
ボーゲン将軍自ら、水入れに入った水をコップに注いでやり伝令の兵士に渡してやった。
「それにしても、アービス殿はみごとだな」
伝令は一言もキーンのことなど口にしてはいないが、ローエン軍の斥候もあの戦いを見ていたのだろうと勝手に考えた伝令は、
「本営の目の前まで突っ込んできた狂戦士に向かってアービス少佐が後方から大剣を持って飛び出し、一騎討ちを演じてそのまま斃してしまったのには驚きました。しかも一騎討ちの片手間のように魔術で残りの5体の狂戦士も斃してしまったのにはそれ以上に驚きました。これまでアービス少佐が直接戦うところを見た者はほとんどいないせいで、子どものくせに、とか大賢者の息子は贔屓されている、とか言っていた連中もいましたが、もう誰もそんなことを言う者はいないでしょう」
そう言って、コップの水を飲み干し、
「失礼します」
そう言ってボーゲン将軍の前からさがり、乗ってきた馬に乗り去っていった。
「狂戦士を討ち取ったということは、サルダナ軍はわれらと違って本当に狂戦士を斃したようだな。狂戦士が怖くて逃げ隠れしていたわたしがいうのもおかしいが、やはり、狂戦士ではキーン・アービスに歯が立たなかったということだ。
伝言だけではその辺が分からなかったが、カマをかけたらよくしゃべってくれた」
「口の軽い伝令でよかったですな」
「友軍の前だしな。思った通り、キーン・アービスがサルダナ軍のキモだったわけだ。
おそらくあの強化を施した上での一騎打ちだったのだろうが、それでも成人前の子どもが怖れもせず大剣で狂戦士に向かっていったことだけでも末恐ろしい。キーン・アービスがわが軍の者なら、行く末が楽しみと言えたのだがな」
「なんとかわが国に引き込めればいいのですが」
「うまくいけばいいが、しくじれば、倍返しでサルダナから恨まれる。妙な気は起こさない方がいいぞ」
「閣下のおっしゃる通りです」
「わたしが10も若ければ、色香で篭絡したのだがな。アッハッハッハ。
それはそうと、われらはギレアに侵攻したエルシンを撃退するという使命を一応果たしたわけだが、今後のサルダナ駐留について、本国に帰還するか継続するかどうは今のところ未定だな。
エルシンにとって10万の兵の損失はそれほど痛手ではないだろうし、超大国の威信にかけて再度ギレン北部に侵攻する可能性高い。こんどは、本物の軍事アーティファクトが出てくるかも知れんし、風のうわさに聞くエルシンの3将がお出ましになるやもな。
こういった状況下で、サルダナ王国の意向がわが軍の駐留に対して否定的になることはないだろう。駐留は継続することになるのだろうな」
「閣下、エルシンの3将のうわさは本当なのでしょうか?」
「実物を見なければどんなうわさもうわさにすぎんよ。まあ、話半分と思っていたキーン・アービスを最初に見た時は驚いたがな。もし3将のうち誰かと戦場で相まみえることがあるなら、本物はうわさ以下であることを祈るよ。噂では3人が3人とも金色のフルフェイスのヘルメットをかぶって、一人一人が1軍に匹敵するそうだからな。しかも3人とも私と同じ女だそうだ。
そういえば、『狂戦士の涙』は銀色のフルフェイスのヘルメット。われわれが斃した狂戦士の中に女が一人いたが、まさか銀色から金色に変わったってことはないよな」
「3将というくらいですから、狂ってはいない人間でしょう。狂戦士との関連はないのではないでしょうか?」
「それはそうだよな。ただ、3人が3人とも『サルダナの悪魔』を凌ぐとまで言われているそうだ。
おっと、友軍の人物を悪魔と言っては失礼だったな。アイヴィー殿だ」
「そう言えば大賢者と共にいた時のアイヴィー殿を見たことのある者は、今もその時と全く変わっていないと言っておりましたが、一体どうなっているのでしょう?」
「きみは知らなかったのだな。アイヴィー殿だが実は人形のアーティファクトなのだ。大賢者がとある遺跡で発見したのだそうだ」
「閣下はよくご存じでしたな」
「これは、父から聞いた話だったと思う」
「公爵閣下から」
「あまり世間では知られていない話だったのだな」
「アイヴィー殿は大賢者と共に20年以上も人前に出ていなかったようですから」
「そういうものなのだろうな。
まあ、そういうことなので、間違ってもキーン・アービスにちょっかいをかけない方がいいぞ。きみも知ってるだろ、ダレンの王都にかかる3本の石橋が落ちた話。あれは、ダレンがキーン・アービスにちょっかいをかけた報復にアイヴィー殿が叩き壊したのだぞ」
「それはまことですか?」
「確かな情報だ」
「キーン・アービスにちょっかいは決してかけないよう心します」
「それがいい」




