第185話 キーンの対狂戦士対策
従軍中のキーンは東方軍本営の中にあって基本的にはお客さまなので、ブラックビューティーに揺られながら本営集団の一番後方を進んでいる。ブラックビューティーの隣りを進むボルタ兵曹長ともそんなに話があるわけでもないので、狂戦士を斃す方法を馬上で考えていた。正確に言えば狂戦士に限らず圧倒的な魔術耐性を持つ個体をどうやって斃せばいいか考えていた。
軍事アーティファクトであるデクスフェロには全く魔術では歯が立たなかったが、強化の延長線上で魔術耐性を得た個人や単体なら、魔術でダメージを与えることができるのではと思っている。ファイヤーボールのような単純な魔術でも至近から高威力のものをぶつければ、ある程度の効果は期待できる。ただ、決め手となると不安がある。
以前ローエンのボーゲン将軍に、自分の魔術を説明した時、ミニオンの殻の中でファイヤーボールを爆発させてミニオンの殻を中から破裂させたことがあったが、キーンは今そのときのことを思い出していた。
外側からファイヤーボールをぶつけた場合何ともなかったミニオンの殻が内側からファイヤーボールを爆発させたら簡単に弾け飛んだ。よく考えると、外側が内側に比べて爆発などの力に対して耐性があると考えていたが、それ以外に、閉ざされた場所での爆発は開けた場所での爆発より威力があるためではないか、と思い至ってしまった。ただ、ミニオンの中の状況を知る術はないし、自分が中に入って確かめるわけにはいかないので、それ以上考えが進まなかった。
どうしたらそのことを確認できるか考えたところ、ミニオンの殻で小石を囲んでしまい、その中でファイヤーボールを爆発させることを思いついた。小石の壊れ具合でファイターボールの威力が強まったかどうか確かめようというわけだ。
キーンは昼食のための大休止で携帯食をかじり、水で流し込んで簡単に食事を終え、ボルタ兵曹長に「魔術で思いついたことがあるので試してみる」と言って、周りの兵士たちから少し離れた場所にいき、さっそく試し始めた。ボルタ兵曹長は食事もそこそこにキーンに同行している。
「大隊長殿、試されるのは、どういった魔術ですか?」
ボルタ兵曹長は、キーンがあまり派手な魔術を試してしまうと小休止中の兵隊たちに迷惑が掛かるかもしれないと思い内容次第ではキーンを止めようと思っていた。
「デクスフェロと違って、狂戦士には魔術攻撃がある程度効くと思うんだ。デクスフェロは目立ったから遠くにいるところで強力な魔術を仕掛けられたけど、味方に近づいた状態の『狂戦士』に強力な魔術攻撃を仕掛けてしまうと、周りの味方に被害が出るから、何かいい手はないかと考えたんだ。
それで、周囲に被害を及ぼさず、単体で魔術に対して強い耐性を持った敵に効果のある魔術というか、魔術の使い方を思いついたんだよ。派手ではないけれど、いい線いくんじゃないかな」
ボルタ兵曹長はキーンの『派手ではない』という言葉に安心したようで、あからさまにホッとしている。
「この石でいいな。ミニオンの殻100!」
ミニオンの殻を100個重ねたものを、足元にころがっていたこぶし大の硬そうな石を包むように作り出した。
「まずは普通の強さのファイヤーボールでやってみよう。ファイヤーボール!」
ボン!
くぐもった音と共にミニオンの殻が吹き飛んだ。先ほどの石は砕けて砂利になったようだ。
「大隊長殿、どういうことでありますか?」
「ミニオンの殻で敵を覆ってしまって、その中でファイヤーボールを爆発させると威力が増すんじゃないかと思ったんだよ。今は小石を使って威力を調べているところ」
「ほう」
次の石を見つけたキーンは、
「ミニオンは破裂してしまったし、今のでは威力が増したかどうかはわからないから、今度はミニオンの殻が破裂しないよう強くしたうえで同じ強さのファイヤーボールを爆発させてみる。小石の壊れ方から、威力が増したかどうかわかると思うんだ。
これならいけるんじゃないかな。
今度は、ミニオンの殻1000だ!」
先ほどのミニオンの殻は銀色だったが、今度は黒みを帯びたミニオンの殻が小石を覆った。
「これにさっきと同じファイヤーボール」
ボッ!
先ほどよりもくぐもった音がしただけで、ミニオンの殻は弾けなかった。
「さーて、中はどうなっているかな?」
キーンがミニオンの殻を消したところ、中に入っていた小石は粉々になった上、一部が溶けてくっ付いていた。
「これは、何だか怖いほどだな」
「最初のファイヤーボールと同じファイヤーボールだったとはとても思えませんな。石の砕け方から言って威力は10倍以上はありそうです」
「あとは、ミニオンの殻1000が吹き飛ばないギリギリの強さのファイヤーボールを調べればいいわけだ」
……。
「ミニオンの殻1000を基準にして、ギリギリのファイヤーボールの強さは20倍だ」
ミニオンを消した後にはちょっと前まで小石だったものの粉が舞っていた。
「中の小石が粉々どころか、本当に粉になったうえ残ったところは溶けてしまいましたな。ミニオンの殻の中に閉じ込められた敵が可哀想になるほどです。
大隊長殿のことですから、ミニオンの殻の大きさは敵の大きさに応じて自由に変えられるのですよね」
「いくらでもとは言えないけれど、4、5メートルくらいは大丈夫と思う。あっ! 大きくするとミニオンも脆くなりそうだし、爆発の威力も落ちそうだ。
となると、そこらも確かめておきたいところだな」
「おっと、
大隊長殿、そろそろ大休止も終わりますから、出発の準備をしましょう」
「忘れてた。ボルタ兵曹長、ありがとう。急ごう」
キーンたちは繋いでいたブラックビューティーの元に駆足で帰っていった。
その後も時間があればキーンは研究を続け、狂戦士を覆うことができる直径2メートルのほどのミニオンの殻の場合、30センチほどの通常のミニオンと比べ、大きくなった分内部で爆発するファイヤーボールの威力も弱まるようだ。
実用的な時間で形成できる最大数の1000枚重ねた直径2メートルのミニオンの殻の場合、ファイヤーボールの威力を100倍まで高めてみたが殻は破れなかった。どこまで耐えることができるのか確かめたかったが、キーンの今の実力では1度のファイヤーボールでは、100倍のファイヤーボールが精いっぱいだった。威力は30センチほどのミニオンの殻の中で5倍強度のファイヤーボールを爆発させたときと同程度の威力があった。




