第174話 バーベキュー大会2、クリスの護衛
キーンからの手紙に、家族や友人を招待してバーベキュー大会を大隊で行うのでクリスも出ないかと誘われたのだが、魔術大学の付属校は当然当日は休みでないので、残念だが出席できないとクリスは手紙の返事で断っている。もちろん手紙にはセルフィナたちにも声をかけてくれとあったので、聞いてはみたが、やはり学校は休めないと断られている。
それを知ったクリスの祖父ウィンストンが、
「学校は1日くらい休んでも問題ないじゃろ。大事な婚約者の招待じゃ、顔を出せば喜ばれるぞ」
「おじいさま。わたしは無理を言って今の学校に入学したのに、勝手に休めないわ」
「フォフォフォ。あの程度の願いなど無理とは言わんわい。儂が許す。気にせず学校を休んでかまわん」
「本当にいいの?」
「もちろんじゃ」
そんな会話がクリスと祖父の間で昨夜あった。
バーベキュー当日の朝、クリスは侯爵家の者を付属校にやり、今日は急用のため休むと言づてた。そのかわりキーンにはバーベキューに顔を出すとは伝えていない。心の中で、キーンを驚かせてやりたいという気持ちもあったようだ。
キーンが軍学校の午前中の座学を終えて訓練場に到着してからバーベキュー大会は始まる。と手紙に書いてあったので、クリスは昼食を取らず、昼少し前に屋敷を出ている。当然ソーン家の護衛もクリスについているが、以前のように男性2名の護衛がクリスに見つからないように離れているわけではなく、クリスのすぐ後ろを30歳くらいの赤毛で髪を短く刈り込んだ女性の護衛が一人付いて歩いている。彼女の名まえはスザンナ・ローレル。近衛兵団で王宮警備を担当していた中隊の曹長だったが、セルフィナの二人の女性の護衛を見たクリスのおじいさまが伝手を頼って見つけ出した人物だ。
スザンナ・ローレルは父親を早くに亡くし母親一人で育てられたが、その母親が病気を患い寝たきりとなり、看病するため2年ほど前に軍を除隊している。以来母親の看病を続けたが、半年ほど前に母親は亡くなった。その後、軍に戻ってはどうかと元同僚に勧められたが、軍には帰らず近所の商店の手伝いなどをして暮らしていたところ、とある貴族家で子弟の護衛を探しているので、護衛になってみてはどうかと勧められ、面接を受けたところ採用された。その時の面接は、クリスのおじいさま、ウィンストン・ソーン前侯爵が行っている。もちろん採用決定については、最終的にはクリスの意向も確認した上のことである。
最初クリスはスザンナことをローレルさんと呼んでいたのだが、スザンナと呼び捨てにしてくれとスザンナがいうので、今はそのように呼んでいる。彼女を護衛として連れていることはキーンにもまだ話していなかったので、クリスは今回バーベキュー大会に顔を出したらキーンに紹介するつもりだ。
クリスは後ろを歩くスザンナを振り返り、
「キーンは王都で有名だし、いつも光ってるからスザンナも街でキーンを見かけたことはあるでしょう? でも話したことはないでしょうから、今日紹介するわね」
「はい、お嬢さま。アービス殿とは面識ありませんが、私の元同僚が、現在アービス大隊で兵曹長をしています」
「そうなんだ。たしかボルタさんって名前だったと思うけれど、違った?」
「はいボルタです。私がまだ近衛兵団で王宮警備をしていた時の同僚です。私が軍を辞めた半年ほどあと、王宮警備から、アービス殿の小隊ができるということで、その小隊の曹長として異動したと聞いています。軍を辞めて以来会ったことはありませんので、久しぶりです」
「それは良かったわね。ボルタさんのことは、キーンもことあるごとに褒めていたわ」
「そうですか。任務については異常に厳しい人物でしたが信頼できる人物でもありました。私が王宮警備から抜け、半年後に彼が抜けたわけですから、王宮警備も今ではかなり変わっているのかもしれません」
クリスもスザンナがボルタ兵曹長の元同僚とは知らなかったが、偶然とはいえ、スザンナを身近に感じてしまった。
そんな話を2人でしながら王宮近くをアービス大隊の駐屯地に向かって歩いていたら、何やらいい匂いが漂ってきた。
「バーベキュー大会は始まってるようだけど、こんなところまでいい匂いがするとなると、王宮内でもかなり匂うわよね。
今年の初めには王宮に向かって雲を吹き付けてしまったって、キーンが言っていたけれど、今回は匂いみたい。昼食時にこんな匂いがすると、みんなお肉が食べたくなると思うわ。何だか私も凄くお腹が空いてきた。急ぎましょう」
スザンナはクリスの言った『王宮に雲を吹き付けた』という言葉は何かの聞き間違いだろうと思って聞き流してしまった。
訓練場に到着すると、大勢の人が訓練場に集まっていた。同い年程度の新兵が年の初めに大勢配属されたとキーンが言っていたが確かにそんな感じだ。あとは、一世代上の年齢の人が半分ちょっといる感じに見える。
「これだと、キーンがどこか分からないわ」
「お嬢さま、とりあえず中に入って探してみましょう」
「そうね」
焼き上がった肉や野菜を乗せた小皿を手にして、談笑している人たちの間を縫ってクリスたちが人の多そうなところに歩いていくと、キーンがボルタ兵曹長と話をしながら皿の上のものを食べていた。
「キーン!」
「あれ? クリス。今日は学校だから来られなかったんじゃなかった? でも来てくれてうれしいよ」
「おじいさまが、学校を休んでも良いって言ってくれたから、来ることができたの」
「そうなんだ」
「そう。
さっそくだけど、わたしも出歩くときは護衛をつけるようになったの。キーンに紹介するわね。
わたしの専属護衛のスザンナ・ローレルさん」
右腰に長剣を、左腰に短剣を下げたスザンナ・ローレルがキーンに向かって一歩前に出た。長剣を右腰に下げているところを見るとスザンナは左利きのようだ。そのスザンナが、
「クリスお嬢さまの専属護衛になりましたスザンナ・ローレルです。アービス殿、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「スザンナは、以前、ボルタさんの同僚だったそうよ。
ボルタさん、そうよね?」
「はい、私が王宮警備をしていた時の同僚です」
「スザンナ、二人とも久しぶりに会ったんだし、ボルタさんと話をしてていいわよ。わたしの護衛はキーンがいるから大丈夫だから。ねえ、キーン?」
「そうだね。ボルタ兵曹長もローレルさんと二人でゆっくり話をしてくればいいよ」
キーンのやや後ろに控えていたボルタ兵曹長が、
「スザンナ、久しぶりだな。元気にしていたようで何よりだ。ソーン家の護衛になったんだな」
「ボルタ兵曹長、お久しぶりです」
再会した二人を見てキーンがクリスに向かって、
「こういうのを、奇遇というのだろうね」
キーンはしたり顔をして以前図書館の冒険小説を読んで憶えた『奇遇』なる言葉を使ってみた。




