第169話 狂戦士とご褒美
報告会が散会したところで、キーンはランデル大佐に荷馬車の荷車を装備と同じように強化で半変成したところ、高速での走行に問題なく耐えたことを伝えている。
「それはいいことを聞いた。それならうちでも荷馬車を導入しよう。その時は強化を頼む」
「はい。了解しました」
いわゆる報告会も終わり、やっと解放されたキーンとボルタ兵曹長は、訓練場への道すがら、
「大隊長殿、いやー、お偉い方々ばかりで緊張しました」
「ボルタ兵曹長が緊張とは珍しいですね。僕も少しは緊張したけど、そんなに気にはならなかったな」
「大隊長殿はいずれ将官になられるお方ですから」
「今日の会議で聞いたエルシンの『狂戦士の涙』とか狂戦士って何なんだろう? 強化された兵士のことらしいけど、強化されて『狂』はないんじゃないかな。
これまで何度か試しに自分自身にかなり強く強化をかけてみたときには、違和感はかなりあったけど、頭がどうこうということは全くなかったなー」
「自分にも分かりかねますが、強化された戦士があまりに強力なため比喩的に狂戦士と言っているわけではなく、実際狂ってしまっているのではないでしょうか?」
「強化状態の兵士が狂ってしまうと、敵味方の区別もつけることができず、まともな作戦の遂行はまず無理だと思うけれど、どうやってエルシンは狂戦士を使っているのかな? 少なくとも、ギレアでのモーデル連合との戦いでは狂戦士の活躍でエルシンは劣勢を簡単に覆したというし」
「大軍の中に突っ込んでいき、あたりかまわず武器を振り回せば敵に当たるでしょうから、まっすぐ進めというくらいのことは命令を聞くのかもしれません」
「最低限の命令が聞けないようでは連れて歩けないから、そうなんだろうな」
セルフィナやモーデルのことを考えれば、いずれエルシンと戦うことになるだろうし、その時には狂戦士に相まみえるだろうとキーンは思っている。
そのため、いろいろ狂戦士について考えてみたが、軍事的な意味ではあまり当てにできそうもない存在だと結論付けた。
実物の狂戦士を見なければ断定はできないが、強化状態の人であると仮定すれば、それなりに対応可能である。さすがにデクスフェロ同様、魔術を体内にねじ込むことはできないだろうが、キーンなら他人がかけた魔術的強化なら強制的に解除することも可能だ。
魔術ではない何か特殊な強化であっても、前回のデクスフェロと同じように穴を掘って落とすこともできるはずだし、落とした後で埋めて固めてしまえば斃すことはできないにしても、そう簡単には出ることはできないだろう。
狂戦士が思った以上に俊敏で足元に突然空いた穴に落ちないなら、それこそ無数のガードミニオンで1体の狂戦士を取り囲んで電撃により袋叩きしてもいい。ガードミニオンが簡単に壊されるようなら、ガードミニオンに空ミニオン100個くらい被せてしまえば相当頑丈になる。
それでも斃せないなら、ミニオンで足止めした狂戦士の足元10メーター四方の地面の中にファイヤーアローを1000発も作り出してしまえばそこは溶けて溶岩池になるだろう。
キーンはそこまで考えたところで、自分にとって狂戦士はさほど脅威ではないと結論付けた。ただ、狂戦士が出現した時、自分ないし黒玉がその場にいる必要はある。
訓練場に戻った二人は、そのまま5つの中隊の訓練を眺めていた。どこがどうとは言えないのだが、新人といえどもすでに実戦を経験した兵隊たちは、これまでとは違った雰囲気がある。黒玉はキーンが戻ってきたところでソニアの頭上からキーンの頭上に戻っている。
「大隊長殿、新人連中も、なかなか良くなってきましたな。やはり実戦が効いたのでしょうな」
ボルタ兵曹長もキーンと同じ意見のようだ。
先ほど、今回の褒美に金一封が出ると言われているが、ボルタ兵曹長は兵隊たちはもとより中隊長たちにも告げていないので、キーンも黙っている。
そろそろ午前の訓練が終わろうというところで、訓練場に立つキーンのもとに、知らない軍人が訪ねてきた。どうやら近衛兵団の経理の者でボルタ兵曹長と同期の人物らしい。
「アービス少佐殿。軍総長閣下より今回のアービス大隊の活躍に対して報奨金が出ており、お届けに参りました。どうぞ、ご確認ください」
「ありがとうございます」
受け取った布袋はずっしりと重たい。
「私が勘定しましょう」
渡された布袋をキーンはボルタ兵曹長に渡した。
「うーん、この重さは、金貨1000枚と見た」
「ご名答。まあ、数えて確認してくれ」
軍服の上着を脱いだボルタ兵曹長が、その上着を地面に敷いて、その上に10枚ずつ重ねた金貨を置いていく
「10枚の小山が100できっちり金貨1000枚」
「そういうことだ。
それでは、自分は失礼いたします。
ボルタ、今度一杯驕れよ」
「おう、まかせとけ」
「じゃあな」
「じゃあ」
経理の軍人はそのまま帰っていった。
金貨を袋に仕舞ったボルタ兵曹長が上着のほこりを払いながら、
「大隊長殿、この報奨金はどう使いましょうか?」
「兵隊たちで分けてくれればいいよ。ざっくり一人頭金貨1枚。それなり、かな?」
「兵隊たちに分けてしまうとすぐ使ってしまいます。これは大隊として預かって、大隊の行事にでも使いませんか?」
「行事って何かあったっけ?」
「今のところはありませんが、初めての実戦での勝利の日とかですか」
「それなら、次の休みにでも、みんなで食事にでも行こうか?」
「1000人が一緒に飲み食いできるところは王都でもないでしょうし、休日は兵隊たちもそれぞれ予定がありますから、この際休日の前日午後から半日休みを取って、以前騎兵連隊と訓練した時のように、訓練場の隅でバーベキューでもしませんか?」
「それもいいけど、勝手に休みを取っていいのかな?」
「一応届け出はしますが、一昨日はほぼ徹夜で戦ったわけですし、問題ないでしょう。
午前の訓練を早めに切り上げ、それから準備をしてもバーベキューならすぐに準備は終わります。網などの資材は近衛兵団の経理に頼んで用意します。食材や飲み物はここの駐屯地の賄に頼んでおきます」
「家族のいる兵隊は家族を連れてきてもいいことにすればどうかな?」
「そうすると、事前に家族に知らせなくてはなりませんから、バーべキューは次の次の休日の前日ですな」
「それでいこう」
「家族に限らず、恋人のいる者もいるでしょうし、友達など適当に連れてきてもいいことにしませんか?」
「そうすると、2、3千人くらい集まるかな?」
「中隊時の200名はほとんどが王都出身者なので家族や友達が多いでしょうが、この1月に集まった800名はサルダナ各地から集まった連中ですので、そんなには集まらないのではありませんか」
「そういえば、そうか。そうすると、あちこちから集まった800人に悪いから大隊内だけでバーベキューをする方がいいのかな」
「王都の、このアービス大隊に入隊することを前提に募兵に応じた連中ですから、そんなことを気にしないでしょう」
「それもそうか。じゃあ僕の場合はアイヴィーとジェーンがいるから二人増える感じだな。クリスたちも呼びたいけれど、休日じゃないから無理かな」
「大隊長殿の婚約者のソーン殿がいらっしゃるに越したことはありませんが、アイヴィー殿がいらっしゃるなら盛り上がると思います」




