第165話 帰還
キーンはいい気分で南門から北門まで部隊を引き連れて行進した。かなりゆっくり行進したつもりだったが、途中、ソニアたちに追いついてしまった。仕方ないので、ソニアとジェーンもキーンの後ろについて行進してしまった。
北門を出てすぐ先に駅馬車の駅舎があったので、駅舎の係りの人に駅馬車を強化すれば今日中にバーロムに着けるがどうだろう? と交渉したところ今日は駅馬車の出発を見合わせていたがダレン軍が撃退されたことで出発できるようになったとかで、あっさり了承された。ついでにソニアとジェーンの料金は無用ということになった。
「それじゃあ、まずは馬の方から。強化!」
2頭の馬が強化された。今は1倍の強化に留めている。
1倍の強化では目立ちはしないがそれでもはっきりと2頭の馬から6色の光の帯が波打っているのが分かる。馬たちも体が急に軽くなったことで、その場で地面を踏んだり首をブルブル振ったりしている。
ソニアたちが駅馬車に乗っていくので、キーンとボルタ曹長の後ろに駅馬車を走らせ、その後ろを大隊が付いていくことにした。
キーンはある程度馬が慣れてきたころ合いを見て、後ろを振り向き少しずつ馬に対する強化を強めていくつもりだ。
「次は、馬車を半変成して速度に耐えることができるようにしてしまいます。
強化600!」
馬車そのものはやはり若干黒ずんだが、ほとんど目立たない変化だ。
「よし、それじゃあ、他のお客さんとソニアたちが駅馬車に乗ったら、出発しよう。
今から出発すれば、昼過ぎにはバーロムに到着できそうだ」
駅馬車が今までの最高速度程度でいつまでも走り続けることになるので、念のために御者にも強化1倍をかけておいた。
「速さに負けないよう強化をかけておいたので、少々馬車が速く走っても大丈夫だと思います。僕とボルタ兵曹長が先頭を進むので、その後を遅れないようについて来て下さい。途中何度か小休止を取りますが昼過ぎにはバーロムに到着すると思います。大隊は馬車の後ろをついていきます」
「次は、大隊のみんなへの強化だ。強化10倍!」
30秒ほどでキーンやボルタ兵曹長を含め大隊の兵隊たち全員に10倍の強化がかかった。
横でその様子を見ていた御者はもちろん、駅舎の人や目の前の駅馬車に乗り込むソニアたち以外の客も驚いていた。
「それじゃあ、ソニア、その子のことをよろしく」
「了解」
ソニアたち全員が駅馬車に乗ったことを確認して、ボルタ兵曹長が号令をかけた。
「各中隊4列縦隊! ……。
アービス大隊、駅馬車を挟んで速歩で行軍。
出発!」
キーンとボルタ兵曹長が先頭を速歩で前進し、その後を駅馬車2台が続き、そして第1中隊から順に4列縦隊で進んでいった。
街道をバーロムまで北上していくのだが、キーンは1時間ごとに10分ほど休憩して、午後1時頃までにバーロムに到着するつもりでいる。
駅馬車の2頭の馬は、最初の30分ほどで10倍まで強化してやったので、駅馬車はかなり余裕をもってキーンたちについてきている。御者も最初は戸惑っていたがすぐに慣れたようだ。
1時間ほど走ったところで、駅場所の休憩所があったのでそこで休憩した。駅馬車の中にはソニアたち以外に6人ほど乗客がいたのだが、馬車から全員下りてきて、ソニアとジェーン以外の全員が蒼い顔をしていた。
「大隊長。馬車が揺れるので乗っている人たちが気持ち悪くなったみたい」
「そんなことがあるんだ。どうしたらいいかな? 振動するから気持ちが悪くなったんなら、ダメージを受けたようなものだから、乗客みんなも強化してみようか。試して見てダメなら解除するだけだし」
「乗客に聞いて来るから待ってて」
ソニアがジェーンを残して他の乗客のところに行って、うまくいくかどうか試したいと言ったところ、うまくいくかもしれないならぜひ試してくれと言われたようだ。ジェーンはなんともなかったのは軽くでも強化していたからかもしれない。
「それじゃあ、強化しまーす。強化!」
ジェーンと同じ、強化0.5倍をみんなにかけてみた。
「どうです?」
「うそ。さっきまでの気持ち悪さが無くなったわ」
「ほんとだ」……。
うまくいったようだ。ケガにも強化は効いたが、何でも効く万能薬の代わりになるのではと思い始めたキーンだった。
「これなら大丈夫そうだね。よかった。
もうすぐ出発するので、みんな馬車に戻ってくださーい」
一行は途中の宿場町では速度を緩めたが、その以外には順調で、正午少し過ぎたあたりでバーロムの中央通りを縦断し、北にある駅馬車駅に到着した。
キーンは駅舎に預けていた馬車を礼を言って引き出してもらい、昨日野宿をしようとしていた駅馬車の駅舎の裏の草原で大休止に入った。
携帯食で昼食を取り、しばらく休んでから出発だ。
1時間ほどの大休止の後、
「アブリル少尉はジェーンと一緒に荷馬車に乗ってくれ。座りやすいように荷物は片付けた方がいいよ。それと馬車がひっくり返っても大丈夫なように念のために二人にも10倍で強化かけておくから」
「大隊長、ケガはしないかもしれないけれど、馬車がひっくり返るなんて、嫌なこと言わないでよ。ジェーンが怖がるじゃない」
「冗談だよ。ジェーン、御者も慣れているうえ強化した感覚で馬を操るから、そんなことは絶対にないよ。だから安心していいよ。
そろそろ出発するか」
往路は朝7時に出発して王都からバーロムまで10時間近くかかったが、馬車の速度が時速20キロでも平気なので、途中小休止を取っても7時間で王都にたどり着ける。
行軍訓練の予定では夕方までに駐屯地に戻るつもりであったため、今日の兵隊たちの夕食は兵舎で用意されている。キーンは大隊の帰還が午後8時頃になると、キャリーミニオンに伝言を持たせて大隊の賄と自宅でキーンたちの帰りを待つアイヴィーに送っておいた。アイヴィーには、10歳くらいの女の子を連れ帰ると伝えている。
結局アービス大隊の駐屯地への帰還は、途中2度の小休止を挟んで午後8時前になり、キーンが今回の行軍訓練と初めての実戦について簡単な講評を大隊員の前で行った後、訓練終了を告げて解散した。
今日の帰還がかなり遅くなったところで、キーンは明日の訓練開始時刻を9時からにしようと思ったが、ボルタ兵曹長から、
「戦争中に兵隊が前の日長く働いたので、次の日は遅くまで寝ていていい。ということはあり得ませんから、通常通りでいいと思います」
と言われて、なるほどと思ったキーンは、通常通り翌日の訓練を実施することにした。
駐屯地の訓練場で解散後、兵隊たちはそのまま兵舎に戻っていったが、キーンたちはそこから各自の自宅へ帰った。全員強化中だったこともあり、遅くても8時半ごろまでには自宅に着いている。もちろんキーンとソニアはジェーンを連れてキーンの自宅に一緒に帰っている。




