第154話 アービス大隊本格始動。
アービス大隊に新人800名が配属され2カ月半が経っていた。キーンたちは週が明ければ軍学校の期末試験が始まる。
セルフィナはセントラム大学の付属校に徒歩で通っているが通学中特に危険な目に遭ってはいない。休みの日には、セルフィナ、クリス、キーン、ノートン姉妹の5人で芝居を見たり王都近郊にハイキングに出かけたりしていた。傍から見てもかなり優雅な生活を送っている。
セントラム大学の付属校もクリスの通う魔術大学付属校もキーンの軍学校と同じ時期期末試験がある。キーンは試験前だろうと普段と変わらず勉強などしないが、試験前の休日はセルフィナ、クリス共試験勉強するそうだ。何もすることのないキーンは、自宅でアイヴィーの手伝いをしても良かったが、最近はいつも手伝いは不要とアイヴィーから言われているので、新しい冒険小説が入っていないか久しぶりに図書館に行こうと思っている。
休日の前日、午後からの訓練も終わりに差し掛かったところで、新兵の訓練を古参兵に任せたボルタ兵曹長が訓練を見守るキーンたちのもとにやってきた。
「大隊長殿、4月に入れば、中隊長のみなさんの下に本格的に中隊を編制するとなると、その下の小隊、分隊はどうしますか?」
「新人がそれらしくはなってきたけれど、まだまだの部分も多いので、当面は小隊、分隊は置かないでおきましょう。小隊長、分隊長を任せるには古参兵しか任せられないし、各中隊に先任曹長で5人出しているため、古参兵の数は45名。各中隊に9名では小隊を置いたうえ分隊を作るには全く足らないですから」
「了解です。
それとは別ですが、月が明けて中隊編制が終わったら、大隊長殿や中隊長のみなさんが軍学校の休み中に一度行軍訓練をしませんか?」
「行軍訓練というと、長距離を移動する訓練ですよね?」
「実戦想定で大隊長殿の強化のもと、完全装備で、ここセントラムから南のバーロムまで130キロ。日暮れ前までにどこまで行けるか、行けるところまで行軍し、野営の後、翌日帰営でどうでしょうか? 大隊長殿の強化下での行軍が1日でどの程度移動可能なのか知っておくことは大切と思います」
「なるほど。それはいいですね。さすがに1日で130キロ先のバーロムまではたどり着けないでしょうが、かなり進めそうですね。ところで、大隊が勝手にここの駐屯地から離れてしまっていいんですか?」
「アービス大隊は軍直轄大隊ですので、軍総長閣下への外出訓練許可をもらっておく方が無難でしょう。申請は自分がやっておきます」
「よろしくお願いします。僕がいない間に騎兵隊が出動するようなことが起こると強化が間に合わなくなるから黒玉を置いておきましょう。ソニアたちもそういうことでいいかな?」
「もちろん問題ないわ」
「大隊長、俺たちも強化してくれるんだよね?」
「それはもちろんだよ。実戦では20倍強化を考えているけれど、今回は1回目ということで、10倍強化でいこう」
「私たちの装備は、革鎧と背嚢は分かるけど武器はどうする?」
「中隊長のみなさんは、直接戦闘に加わることはまずありませんから、指揮用にサーベルか適当な剣でいいと思います。武器庫は大隊専用ですから、適当な刀剣を探してみてはどうでしょう?」
「そうね。いままで訓練用の武器しか扱ったことはないけれど、この際だからちゃんとした武器を探してみる」
ソニアたちは、武器庫の方に駆けていった。
「大隊長殿は、いつのも大剣ですか?」
「そうだね。指揮を執るのは大剣を振り回すのはどうなんだろうと思うけれど、良く見えるからいいんじゃないかとも思うんだ」
「大隊長殿の大剣は特徴があり目立ちますから、指揮を執るうえでいいかもしれませんな。馬の方はどうされます?」
「ブラックビューティーには可哀想だけど、僕も自分の足で一緒に行軍するよ」
ブラックビューティーは今回大隊の形が整いキーンが少佐に昇進したことを機に、正式にキーンが所有することになった。とはいっても駐屯地には厩舎も厩務員も今のところいないので、これまで通り軍学校で預かってもらうことになっている。
「分かりました。そういえば、騎兵連隊では荷物運び用に駄馬を導入しているそうです。本来は荷馬車を導入したかったようですが、荷車が強化後の高速騎馬行軍には耐えないという理由だそうです。わが大隊は、背嚢にかなりの物を詰め込むことができますから、荷駄を連れなくても、1週間程度の作戦行動は可能と思います」
「自分用の荷物なら十分だと思うけど、なにか資材を運ぶ必要がある時、荷馬車があればかなり便利でしょう。われわれは騎兵ほどのスピードで移動するわけではないので、荷馬車を導入してもいいかもしれませんね」
「試しに荷馬車を1台、用意してみましょうか? 近衛兵団から借り受けてみます」
「うまく荷馬車が運用できたら、正式にうちで採用しましょう。ところで荷馬車の御者は何とかなるんですか?」
「大隊に1000人もいれば、そこそこの数の兵隊が荷馬車の御者が務まると思います」
大隊員1000名の5個中隊への割り振りも完了し、月がかわり4月になった。
各中隊は号令に合わせた隊列の組み換え訓練を行軍訓練前の数日だけだがみっちり行っている。
行軍訓練の準備も整っており、荷馬車も1台大隊駐屯地にやってきている。大隊の駐屯地には厩舎はあるが現在厩務員などもいないため、長時間馬の面倒をみられないので、行軍訓練出発当日、近衛兵団から訓練場に寄こしてくれることになっている。ボルタ兵曹長が軍総長の副官に訓練予定表を提出して、外出訓練許可をもらっている。
新人たち100人に対して古参兵6名を割り当てたことがよかったのか、この3カ月で新人たちもキーンの目論見通り新兵と呼べるように成長している。中隊時の200名についてボルタ兵曹長および5人の先任曹長たちが考課表をつけたものをキーンがめくらサインをし、キーン自身はソニアたち5人とボルタ兵曹長と5人の先任曹長の考課をつけた。次回からソニアたちは自分の中隊の考課を付けることになる。
アービス大隊は軍総長直轄の部隊であるという建前の元、装備など必要と思われるものは近衛兵団の経理に簡単に認められるようで、すでに全員分の訓練用の槍の他、強化を定着させ変性させた実戦用の黒槍、強化で半変成させたやや黒みがかった装備もそろえている。さらに、半変成させた覆面も人数分揃っている。
その覆面には目の部分と口の部分が開いており、試しに被ったところ、目の部分と口の部分からは思ったほど光は漏れず、夜空の下でも星空が明るければ強化の光はそれほど目立たなかった。問題はソニアを筆頭に女性たちの覆面姿、特に覆面から口元がのぞいているところがキーン的には笑いを堪えなければならないほどおかしかったことだった。
キーン以下6名の士官は軍学校と掛け持ちで大隊をみているが3学期も問題なく乗りきることができ、月がかわり行軍訓練が終われば1号生徒となる。ソニアは予想通り1号生徒代表となったため、入学式には新入生に対して祝辞を述べる必要がある。




