第125話 アービス中隊。セルフィナ王都へ
近衛軍団長の執務室への呼び出しを受けたキーンとボルタ曹長は兵隊たちの訓練を分隊長たちに任せて、王宮内の宮殿に急いだ。
「いったい何なんでしょうな?」
「このまえボルタ曹長が言ってた新兵の話じゃないかな」
「小隊長殿と自分が同時に呼び出されたのがどうも異例のような、そうでないような」
「いけば分るよ」
「そうですな」
……。
「アービス少尉ならびにボルタ曹長、入室します!」
『入ってよし!』
近衛兵団長室に入ると、女性の副官とセカール兵団長が迎えてくれた。
「今日きみたちを呼び出したのは、本日をもってアービス小隊は解散し、そのままアービス中隊とすることを伝えるためだ」
キーンは何を言われたか頭の中で考えているあいだに、
「これだ」
そう言って、セカール中将が手に持った2枚の紙切れをキーンとボルタ曹長それぞれに渡した。
キーンが渡された紙を見ると、
『キーン・アービス、中尉とする。アービス小隊小隊長の任を解き、アービス中隊中隊長を命ず』と書いてあった。
ボルタ曹長が渡された紙には、
『サミー・ボルタ、アービス中隊上級曹長を命ず』とあった。
ボルタ曹長がそれを読んで、
「閣下、上級曹長というのは?」
「きみのために作った新しい役職だ。アービス中隊には他の中隊と異なり小隊を作らないつもりだ。ようは、小隊が規模だけ中隊並みになるということだ。小隊長を置かない代わりに中隊長の副官としてボルタ上級曹長に活躍してもらおうと思ってな。俸給はすこしは上る」
「ありがとうございます。頑張らせていただきます!」
「それでだ、中隊になるにあたって兵員を増やさなければならないのだが、どこの部隊も余裕はない。それで、新たに兵を募ったわけだ。募兵担当者が防具などの装備一式を抱えた新兵たちをアービス中隊の駐屯地に来月初に連れていくので面倒を見てやってくれ」
「「はい!」」
「それじゃあ、よろしく」
二人が兵団長室から退出し、訓練場に戻る道すがら、
「まずは中隊長殿、ご昇進おめでとうございます。とはいえ大変なことになりましたな。
あとで、経理より新兵の名簿を貰っておきますが、兵団長閣下の先ほどの話からすると新兵教育もされていない新人が130名ですよ。この春20名配属されただけで大変でしたがどうしましょうか?」
「仕方ないよ。きちゃうものは。前回同様の訓練をしていこう。だけど小隊を置かないとなると、僕の下にボルタ上級曹長がいて、その下が分隊長になるわけかな?」
「中隊長殿、上級曹長というのは面倒でしょうし、自分も上級曹長と言われると調子が狂うので今まで通り曹長でお願いします」
「上級曹長はなかなかいいと思うけどなー」
「お願いします。
それで、中隊に小隊を置かないということは、自分の下がすぐ分隊長たちになるのでしょう。前回と違い、いま駐屯地の武器庫の中に残っているものは自由に使っていいでしょうからその点だけは恵まれてますな」
「勝手に使っていいのかな?」
「後で経理に何か言われたところで、あるものを使っただけですから、問題ないはずです。そこらは大丈夫です。任せてください。とりあえず兵隊が増えることを素直に喜んでおきましょう」
「そうだね。手間はかかると思うけど、200人の歩兵が黒槍を持って突撃すれば壮観だろうしね」
「ごもっともです」
「それで、分隊の編成はどうしようか?」
「新人の訓練は他の兵隊たちと一緒にはできませんから、自分が面倒をみます。130名でしたら、あと2人古参兵を付けていただいた方が良いです」
「じゃあ、今までの70人は?」
「今までの新兵たちを各分隊に4名ずつ配属して変則ですが14名ずつの5分隊として、第1分隊長のケイジ兵曹に全体をみさせましょう。
私の方は、古参兵の中から日替わりで2名選んで助手として使おうかと思います」
「なるほど、日替わりで古参兵の顔を新人に覚えさせることもできるし、それは良いですね」
その日の訓練を終え、自宅に戻ったキーンが風呂に入り、夕食の席に着いた。
夏休み期間中、キーンの自宅に世話になっているソニアの隣の席に座ったキーンが、今日の出来事を二人に話した。
「キーン、大変かもしれませんがキーンなら大丈夫です」とアイヴィー。
「頑張るよ」
「キーンくん、おめでとう。あっという間に中尉殿で中隊長になっちゃったね」
「ソニア、ありがとう。この春新人が20人来ただけで大変だったけど、今度は130人も新人がやってくるようなんだ。何とかしなくちゃいけないけど、かなり大変だと思う」
「前回は、新兵教育も終わっていない新人だったんでしょ? 今回はどうなの?」
「今回も同じみたいだよ」
「ねえ、キーンくん、私が手伝いに行っちゃだめかな?」
「どういうこと?」
「新兵の訓練をするとか」
「ありがたいけれど、もうすぐ休暇が終わるし、新兵たちがやってくるのは休み明けと同時の来月初めだから時間が取れないよ」
「そうか、もうすぐ休みが明けるものね」
キーンたちが王都セントラムで新人を迎える相談をしていたころ、ローム湖畔の別荘から、旅支度をして荷物を抱えたノートン姉妹とセルフィナが馬車駅に向けて歩いていた。
ローム湖畔から幌馬車に乗り、バーロムで駅馬車に乗り換えてセントラムに向かうつもりである。セントラムでは商業ギルドで預金を下ろした後、セルフィナは友達となったクリス・ソーンに会うつもりである。ノートン姉妹は護衛を理由にセルフィナがクリスからキーン・アービスを紹介してもらう時には必ず同行し、セルフィナの未来、モーデルの未来を託せる人物であるか、キーンを見定めるつもりだ。
「お嬢さま、セントラムにはエルシンの密偵も忍んでいるはずです。常に私たちがご一緒します。よろしいですね?」
今まで『姫さま』とセルフィナのことを呼んでいたノートン姉妹だが、いかにもな呼び方であるため、ローム湖畔を離れた時から『お嬢さま』と呼ぶようにしている。
セルフィナには断る理由はないし、クリスもノートン姉妹のことは知っているので、当然、
「ええ、そうして」
簡単に了承している。
駅馬車で3日の旅を終えた一行は、セントラムの駅馬車の駅舎で一泊した後、翌日駅舎から馬車に乗って王都中央部に移動しホテルを取った。
ホテルに荷物を置いたセルフィナはさっそく用意していたクリス・ソーンへの手紙をホテルのフロントからソーン侯爵家に送ってもらっている。
そのあと一行はフロントで商業ギルドの場所を確認し、そちらにまわった。
商業ギルドで預金額を確認したところ預金額が大きすぎたため、金貨1000枚だけ引き出しておいた。もちろんセルフィナたちに対応したのはギルド長のオースである。
「お嬢さま、どうしましょう。あれほどの大金が預金されていたとは」
「お父さまの心遣いだと思っておきましょう」
商業ギルド本部にセルフィナの名まえで預けられていた金額は金貨100万枚を超えていた。3人が生活していくには利息だけでも十分過ぎる額ではあるが、何か事を起こすには十分とは言えない金額でもあった。




