第98話 キーン、兵隊たちの前で2回目のエキシビションをおこなう。
キーンは兵隊たちの前で何を見せようかと考えて、
「それじゃあ、先に大剣を披露してみるかな。古参兵たちには素振りと黒玉からの電撃避けを見せたことがあるから、今度は違うものというと。そうだ! 古参兵で発動体無しでファイヤーアローみたいなアロー系の魔術が撃てる人がいないかな? いれば手を上げてくれる?」
ボルタ曹長と5人の分隊長の他、4人ほどの手が上がった。ちょうど10名だ。思った以上にキーンの小隊には有能な兵が集められていたようだ。
「それじゃあ、今の10人で僕を囲んで、どこからでも僕にアローを撃ちこんでください。僕がこの大剣で打ち落とします。命中しそうにないアローも打ち落とすから周りで見ていても大丈夫。失敗したら黒玉に電撃で撃ち落とさせるから。
黒玉、そういうことだから、周りにアローが逸れていくようなら電撃で撃ち落として」
キーンの言葉を聞いた黒玉がボルタ曹長の頭の上で上下に揺れた。
「失敗したくないので、一応僕も強化をかけておきます」
先ほど手を上げた10人が10メートルほどの距離を置いてキーンを取り囲み、そのほかの者はその輪の外側に移動した。
「失敗はしないと思うけど、もし失敗して制服の上着に孔が開いたら困るから預かっててください」
キーンはボルタ曹長に上着を渡して、自分を取り囲む10人の輪の真ん中に戻っていった。その時には強化を唱えているので体は6色の光で覆われている。
新兵たちがその光を見て騒ぎ出したが、キーンは何も言わず放っておいた。
「小隊長殿、それではいきます! ファイヤーアロー!」
「ファイヤーアロー!」「ファイヤーアロー!」……。
ボルタ曹長が最初にファイヤーアローを放ったあと前後左右から続けさまにキーンに向けてファイヤーアローが放たれた。黒玉の放つ電撃と比べればアロー系の魔術は相当に遅い。キーンは余裕を持ってそれらを大剣で打ち落としていく。視界外からのアローも、強化された聴覚によりその飛翔音から簡単に気づくことができるので、素早く振り向いて打ち落とす。
アローが撃ちだされるタイミングもそれぞれ違うので、さらに難易度が下がりキーンにとっては余裕を持って打ち落とすことができるのだが、アローの動きは電撃と違い目で追えるため前回のエキシビションの時以上に古参兵たちは驚いていた。新兵たちは何もしゃべらずただキーンを見つめている。もちろんキーンの大剣や腕の動きを追えたものは一人もいない。
「大剣の方は、こんなところでいいかな?
それじゃあ、今度は魔術を見せよう。前回は大きな音がして他の部隊に迷惑をかけたから、今度は何がいいかなー? そうだ。ミニオン、定位置で100」
キーンは10メートルほど離れたところにミニオンの殻を100個重ねた銀色に輝く球を兵隊たちから良く見えるように3メートルほどの高さで作りだした。その球はそのままの位置でゆっくりと回転している。
「これは、黒玉の素みたいなもので、結構丈夫なんだけどただ浮いているだけなんだ。これに対して、ファイヤーアローを撃ちこみます。
それでは、全周ファイヤーアロー64!」
一瞬のうちにミニオンから1メートルほど間隔を空けて全周8方向、上下8段、合計64発のファイアーアローが一気にミニオンに着弾した。
ドーン!
各ファイヤーアローは着弾しただけで爆発したわけではないので爆風は発生しなかったが、アローの着弾音とはとても思えない轟音と共に、ミニオンが消し飛んだ。
元はシャワーで濡れた頭や体を乾かすための『全周』が、ここにきて体を乾かす以外にも役に立ったとキーンは一人で喜んだ。
「あれ?」
なぜか、周囲が驚くほど静かだ。おかしいと思って見まわすと、ボルタ曹長から新人の最後の一兵まで固まってしまっていた。
「えーと、どうだったかな?」
ボルタ曹長に感想を聞いてみた。
「はっ! はい。小隊長殿。ただただ驚きました。自分は小隊長殿の魔術を過小評価しておりました。申し訳ありません! 今のはファイヤーアロー?のようでしたが他のアロー系の魔術でも可能なんですよね?」
「魔術を区別する必要はないからアローだろうがボールだろうが電撃も何でも一緒だよ。今はみんなによくわかるように周りからファイヤーアローを撃ち込んだけど、相手の内側にファイヤーボールを無理やりねじ込んで爆発させることもできるよ。もちろん相手が見えていなければできないんだけどね。見えていさえすれば、どこからでも、どこにでも魔術を発動できるんだ」
「『どこからでも、どこにでも』ですか。小隊長殿は大国が持つという軍事アーティファクトすら軽く斃してしまいそうですな」
「軍事アーティファクト? そんなのがあるんだ」
「単純な武器や防具のアーティファクトはわが国にもありますが、大国を大国たらしめている強力なアーティファクトがあるそうです。自分が知っているのはダレンが保有しているデクスフェロとローエンの持つ守護の灯台だけです。デクスフェロは大型の人型ゴーレムだと言われています。守護の灯台はローエンの都ローハイム(注1)の絶対的な守り神なのだそうです」
「すごいなー。一度見てみたいなー」
「小隊長殿が成人なされば戦場で見えることがあるかもしれません」
「期待しておこう」
「普通の兵士はそんなものの相手はごめんですから見たくもありませんが、小隊長殿とご一緒なら見てみたいものですな。
おっと、そろそろ小休止を終了しましょう。
よーし、小休止を終えるぞ。古参兵は長槍の訓練。新兵たちは引き続き行進だ」
準備を終えた古参兵たちはすぐに横列を作り、ケイジ兵曹の号令に合わせて長槍の訓練を開始した。
新兵たちも機敏に動いて隊列を作り行進を始めた。先ほどまでの行進は、かなり良くなっていたがまだまだだった。だが、小隊長キーンの本当の姿を知った新兵たちは明らかに先ほどまでと違いやる気のある感じで行進をしている。徐々にではあるが、新兵たちも兵隊らしくなってきたようだ。
「小隊長殿、やはり効果があったようですな」
今回のエキシビションも大成功だったようだ。
キーンが今日作った新しい大剣は、ボルタ曹長に預かってもらうことにした。今後この訓練場で何かあれば、この新しい大剣を使うことができる。
こちらは、王宮内にある軍本営。
軍総長トーマ大将の執務室に赴いたコネリー対外部部長が、セロトから戻った連絡員がもたらした情報を伝えた。
「セロトに軍を催す兆候があるようです」
「昨年のことも有る。ダレンの動向も気になるな。ダレンの方はその後、何も情報はないのかね?」
「今のところありませんがダレン軍の動向には特に注意するよう連絡員を送っています」
「ダレンが動くとすると、デクスフェロも出てくるかも知れん。デクスフェロの情報もできれば欲しいな」
「了解しました」
――セロトもさすがにクジーを力攻めはしないだろうから、わが国以外へ兵を向ける公算が高そうだ。とはいえ、クジー要塞は臨戦態勢のまま定員の3000名が詰めている。念のためしばらくそのままにしておくよう指示しよう。セロトがダレンと連動するならお互いの国に挟まれたローエンか? ローエンとの国境に近いクバツに警戒するよう第3兵団に指示を出した方がいいな。
――この1年を乗り切れば新兵も使えるようになる。そうしたら、こちらも積極的に打って出ることができる。ここはとにかく兵を失わないよう辛抱だ。
注1:ローエンの都ローハイム
第39部分『ロドネア大陸地図』https://ncode.syosetu.com/n1501hd/39/
r:ローエンの都ローハイム(上16、右5)
ここまでで『第7章 アービス小隊』は終了し、次話から『第8章 クバツ戦、メリカ会戦』となります。




